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第三十三話

 宰相閣下の提案により、颯爽と城へと帰られたお二方に一言モノ申したい。「なんてことをしてくれたのだ」と。

 交渉後にひたすら俺を睨み続ける師匠に、ジリジリと席を寄せてくるミラさん。この二人を何とかしてほしい、と思っても罰は当たらないだろう。


「カットス、買い物に行くわよ。

 ドラゴンの素材が山ほどあったというのに、その安物の皮鎧のままなんて何を考えているのよ」


「それほど重要度が高くなかったとでも言いましょうか。相棒に守ってもらえるので、そこまでの品質は必要としなかったと……」


「国のお偉いさんたちの相手をするのには、見栄えが悪すぎだわ。

 あなたはこれから貴族の当主となるの。買い換えるのよ、いいわね?

 それと私のことは、ミラと呼び捨てになさい」


「いや、あの、突然呼び捨てにというのは色々と無理があるかと、少しずつ慣らして」


「ダメよ、そんなんじゃ舐められるわ。今すぐに直すのよ」


「はい、ミラ?」


「……まあ、良いわ。早く慣れるのよ」


 師匠の葛藤を置き去りにしたまま、ミラさんは俺の妻になりきるつもりらしい。

 そも、婚約だったはずなのだが、何故にこうなるのか? 師匠はダメか、誰か……タスケテ。

 それにしてもこの娘、本当に13歳なのだろうか? この世界の貴族の教育って、何かおかしいのではないだろうか?


「早く、支度なさい。街に出るわよ」


「……は、はい」


 あぁ、文字を習っていた頃を彷彿とさせる、このやり取り。

 ある意味で懐かしく、そしてある意味では非常に情けない。


「もう尻に敷かれているのかい? そんなところも僕と同じだね。ハハハハ」


「笑い事じゃないです」


「何してるの? 行くわよ!」


「今行きます」


 その後、俺は帝都の繁華街へと連れ出された。

 観光として、その外縁部分をウロついたのは数日前のこと。しかし、こうして繁華街をじっくりと眺めながら歩くのは初めてだった。


「資金はあるのよね? 渡しなさい」


「えっ? 俺のお金なのに」


「これからは私たちのお金よ。ちゃんと管理してあげるから寄こしなさいよ」


 有無を言わせないその態度に戦きつつも、財布代わりの革袋をミラさんへと渡した。俺が日本で使っていた財布はヘルドの王宮で着替えた際に、ズボンのポケットに入ったままで、今現在も無事かわからなかった。

 その後、冒険者として働くようになった際に、財布を購入しようとしたのだが売ってないどころか存在が危ぶまれたため、革袋を代用品として使っていたのだ。


「金貨がこんなにたくさん。あんた、どれだけ稼いでるのよ?」


「どれだけって、この世界の一般的な稼ぎを俺は知らないし……」


「ごめんなさい、そうよね、そうだったわ。

 余りにも身近に居たから忘れていたわ、カットスは異界人だったのよね。

 これだけあれば鎧だけでなく、正装を整えても十分に足りるわよ」


「正装って、どういう」


「陛下との謁見があるのよ?

 冒険者だからそのままでも問題はないかもしれないけど、礼装なり正装なりは持っておいても損はないわ。だって、あなたは今代勇者なのだから、ね」


 正装というとタキシードみたいなヤツ? それともモーニング? いまいちよくわからないな。とりあえす、スーツ状の何かだろう。俺にはちっともわからないので、ミラさんに任せることにしよう。


「まずはそうね。防具屋に行きましょうか。ドラゴンの皮革は余ってないのかしら?」


「あるにはあると思いますけど、この場では取り出せませんよ。どこか物陰にでも隠れないと」


 ノルデで武具屋に卸した物以外にもある程度は残してある。ただこんな人目に付くところで相棒を出すわけにはいかない。

 取り出すとしても路地裏なり、人目のつかない場所で行う必要がある。


「透明な触手じゃダメなの?」


「あれも完全には透明ではありませんし、いきなり物が出てきたら驚かれるでしょうに。それに誰が見ているかわかりませんから、注意しておかないと」


 スライム製の触手もじっくりと見れば、その輪郭を目で捉えることは出来る。周囲の景色との境が歪むからな。


「そうね、エルフのお姫様があなたを付け狙っているのだったわね。

 安心なさい。カットスは私のなんだから、誰にも渡さないわ」


 その言い方自体が最も安心できないのですが……。ミラさんの目がヤバい。

 武具屋などの商店が立ち並ぶ一角の、その裏路地にて相棒から地竜の皮を受け取ると、そのまま裏口から防具屋っぽい店へと入る。


「ちょっと、この皮で鎧を発注したのだけど」


「これは、いらっしゃいませ。こちらの皮革ですか、少々拝見しても?」


「ええ、そう派手でなくとも良いの。落ち着いた感じでしっかりと仕立てて欲しいわね」


「……ドラゴン種の皮革ですな。名のある冒険者様とお見受けしますが」


「そんなことはどうでも良いのよ。出来るの? 出来ないの?」


「勿論、問題なく、承らせていただきます。ささ、奥へどうぞ。

 すぐに職人を連れて参りますので、機能やデザインの指定をお願いできますでしょうか?」


 俺はノルデで毎回ロワンの爺さんに任せっきりで、この店のようなやり取りは初めてだ。まあ、今回は俺が口を挟む暇はないだろうから、問題はないかな。

 応接間らしき場所でお茶を飲みつつ待っていると、受付をした店員が職人らしきドワーフを二人連れて戻ってきた。ドワーフだとわかった理由は髭とその体型によるものだ。


「こちらのお客様の要望に応えるように。仕上がりの打ち合わせは、この二人とお願いいたします。私はなめし職人を手配しますので」


「これはランドドラゴンの皮か?」


「違う、グランドドラゴンの物だろう。少し前にバイデルの麓でつがいの地竜が仕留められたいう話を聞いている」


 番、そんな話しらないぞ? 冒険者ギルドからは地竜が暴れているという話で討伐を渋々引き受けただけだしな。


「で、そちらのお嬢様に合わせるのか?」


「いえ、こっちの冒険者用に仕立ててほしいのよ。機能なんかは任せるわ。見た目が派手になりすぎなければ、それでいいから」


「俺としても、あまりゴテゴテしてなければ問題ないです」


「ほぅ、私たちに全て任せてもらえると?」


「ええ、そうよ。お願いできるかしら?」


「ああ、任せてくれ。派手にならなければ良いと、了解した。直ちに取り掛かろう。

 ゴワーヌ、店長がなめし職人の手配をしているはずだ。これを直ぐに届けて、なめしてもらえ」


 俺の意見は聞き流されたようだが、ミラさんの適当な指示を汲み、職人たちは動き出した。数日もすれば完成するだろう、幸いにも謁見が執り行われる日取りまではまだ余裕もある。

 俺はもう、この注文した皮鎧を正装としても良いのではないだろうか、と思うのだけど。ミラさんを見れば、次の店に向かう気が満々なようなので諦めることにした。

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