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第三百三十八話

 階段を上がってすぐの所にある部屋が、交渉相手に割り当てられた部屋であった。

 元から備え付けられているベッドの他にエキストラベッドが持ち込まれているのは、常に護衛を傍に置くためだろう。

 拠点内の治安維持は憲兵団に任されてはいるが、宿の一室まで警備することはないからな。そこは自前で賄ってもらうしかないため、宿にはエキストラベッドも用意してあるのだ。


「どうぞ、お掛けください」


「魔王殿、小僧を頼む」


「ウィン」


「ァィ」


 二人掛けのソファがふたつ、中央のローテーブルを挟んで向かい合う。

 そこに腰掛けるのは、アグニの爺さんとミモザさんだ。俺はソファと壁の間に立ち、ウィンが右触手の一本でライアンの椅子代わりとなった。

 冗談通りに爺さんの肩車というわけにもいかなかった。何よりライアンが嫌がったので。


「それでどのようなご用向きかの?」


「それは……」


「ミモザさんでしたか、お気遣いは感謝いたします。ですが、交渉相手が変わるのでしたら私から説明するべき事柄でしょう。

 私は名はミア・ファドと申しまして、巡回娼館を商う者です。

 これらは帝国発行の許可証、娼婦全員の検診証明書です。それと帝都にある実家を御贔屓になさっておいででしたさる御方からのご紹介状を持参いたしております」


「なるほど、のぅ。これはミラ殿には荷が重いの」


 娼館。

 それも巡回娼館という、初めて耳にする形態の商売。

 以前、娼館誘致をお願いしたいと、リグダールさんをはじめとした若い男性からの要望を聞いたことがある。

 しかし、当時の俺には実現できるだけの権限は与えられておらず、今もそれは大して変わらない。


「……して、この紹介状じゃが」


「はい。私の実家はラングレシア王国時代から娼館を商っている老舗なのですが、先日帝都へと帰った折に私の商売の役に立つだろうと、父から手渡されたものです」  


「拝見してもよろしいかの?」


「どうぞ」


 アグニの爺さんは紹介状を手元へと持ってきては、俺にも見えるように広げた。

 だが、次の瞬間にはライアンが困っていた理由を理解してしまった。ついでに言えば、これこそがミラさんを固まらせていた理由でもあるのだろう。

 何故なら、その理由とは――


「魔王殿、この筆跡に見覚えはござらぬかの?」


「……師匠の字に間違いないですね」


 紹介状の文末にある署名と、その筆跡から紹介状を書いた人物が特定できてしまったのだ。

 しかも、だ。

 師匠は宰相閣下の紹介で帝都の高級娼館に通っていた過去があることを、俺は知っている。ライアンもそこに思い至ったのだろう。

 ライアンの場合は、それ向けの薬を手渡してすらいるのだから、必然か。


「ミモザ、ミラ殿の反応はどうじゃった?」


「ミラ様は巡回娼館の営業そのものは認めていらっしゃいます。キャラバンに同行してテスモーラの娼館に通う男性らのことを考えれば、効率は良いとお考えですね」


「往復だけでも休暇の日数を越えるでの。妻帯者が少ないのは開墾組かの?」


「はい、開墾組と職人組です。職人組は親方の管理が厳しいのでそうでもないようですが、開墾組は畑仕事を放り出して向かう者が僅かですが存在するようです」


 独身男性には色々と溜まるものがある。

 しかし、独身者は数人での共同生活を送っている。

 特に独身男性は独身女性に比べると、一軒の小屋にしては多めの人数が振り分けられており、個人で確保できるスペースなど無いに等しい。

 唯一隠れることが可能な焼却式のトイレもまた混み合うため、発散するにはそういったお店へ向かうしかない。テスモーラまで……。

 

「ミラ殿が認めておるのであれば、儂がとやかく言うまでもないの」


「村長様は紹介状の主に思うところがある様子でしたが、御許可はいただけております」

 

「すると営業場所の確保じゃな?」


「当方の大型馬車内でも営業は出来ますが、宿を一件お借りするのが一般的ではあります。たた、こちらの開拓村ですと宿は一軒だけの御様子。ましてや勇者様の宿を私の仕事でお借りするなど畏れ多く、代わりに土地をお貸し願えないかと先程お願いしていたところなのです」


 どうやら俺とアグニの爺さんは勘違いをしていたようだ。

 交渉相手が持参した紹介状を書いた人物が師匠であったために、ミラさんは驚きを隠せず、ライアンはミラさんの手前居心地が悪かっただけのようなのだ。

 ミモザさん曰く、ミラさんは巡回娼館の営業に関しては許可しているという。


「居住区や畑とは違い、南口周辺は勇者様の管理領域ですのでミラ様は口を出せないと仰いまして」


 あぁ、確か、暫定的に俺の管理下に置かれたという記憶はある。

 ただそれは養蜂倉庫がまだ養蜂小屋だった時のことで、そこまで律儀に考えなくてもいいだろうに。


「カツトシ殿、如何致す?」


「倉庫から向こうに近付かないことを約束してもらえますか?」


「ロック鳥とレッドハニービーの監視を抜けられるとは思わねえことだ。近寄るだけで死ぬぞ」


「憲兵の巡回も増やしてもらいましょう」


 養蜂倉庫から向こうは、開拓団の金に絡む心臓部だ。

 養蜂倉庫そのものに、鍛冶場に、すっぽんの養殖場がある。

 夜目はほぼ利かないが広域を俯瞰できるシギュルーと、夜目はそこそこ利くものの意思疎通に難がある蜂たちの監視の目は実に厳しい。

 実際に開拓団員以外の侵入者への攻撃許可がライアンから出されてもいる。


「そういった場所には一切近付きません。姐さんたちにも厳命しておきます」


「しかし、どうするかの?」


「隣の酒場を一度更地に戻すとか」


「魔王様、あれは私の出張所ですよ!」


「あれ、冒険者ギルドだったのか。前にお願いした酒場じゃないの?」


「酒場を併設してますけど……してますけど、更地は勘弁してください」


 俺は、てっきり酒場だと思っていた宿の隣にある建設現場。

 材料が足りないのか、鍛冶師たちが建設作業をしている所を見ていない。

 すっぽん池を掘っているくらいだし。


「冒険者ギルドの出張所って必要か? こいつ、もう冒険者なんてやる気ねえぞ」


「必要なんです! 便宜上建物くらいないと、この開拓地に留まれないのですよ!」


「良し、更地にしよう。ロギンさんに話を通しておきますよ」


「魔王様! 私の話、ちゃんと聞いてました!?」


「俺、冒険者やらなくても稼ぎは十分あるし。更地にして、また建てるってことで」


 傘とベッドのロイヤリティだけでなく、ネジのロイヤリティもある。

 そして忘れてはならないのは、宿屋の営業利益の一割が俺の取り分となっていることだ。

 今後、俺は冒険者という危ない橋を渡る必要はもうない。


「そんなぁ、私のお家がぁぁぁぁ。お風呂も作ってもらう約束だったのにぃぃ」


「ミモザ、家なら居住区に建ててもらえよな」


「魔王様が、酒場を欲しいと言うから併設することにしたんですよ! 宿の隣にぃ!」


「決まりじゃの。貸し出す土地は隣の建設現場じゃ、更地に戻るまでしばし待つが良かろう」


「はい、お待ちしております」

 

 絶叫するミモザさんを無視して、巡回娼館へ貸し出す土地の確保は終わった。

 それくらい南口周辺で土地を用意することは難しい。

 養蜂倉庫が南口のど真ん中にあるため、宿屋と建設途中の冒険者ギルド出張所を除くとあとは猫の額程度しか残らない。

 それ以外となると養蜂倉庫の裏手となってしまい、鍛冶場とすっぽん養殖場が丸見えとなってしまうのだ。

 また、新たに開拓するというのは手間だから無し。

 現行の外壁と堀との繋ぎを考えると、師匠にお願いするしかない。だが、師匠は今、それどころではないはずだ。

 牢屋と次期開拓領域の土壁作成で、ではなく、紹介状の件でミラさんに詰問されているだろうからな。

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