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第三百三十七話

 里芋の煮つけは煮っころがしとは呼べない。

 何せ、芋が親芋サイズなので。だが物は考えようで、小さな芋の皮を延々と剥くよりも楽ではある。

 折をみて、今度ピーラーを作ってもらおう。ナイフでも皮剥きは出来なくもないのだが、作業効率を考えるならばやはり専用の道具があった方が良い。


 次に、正体不明だが食べられる葉っぱの天ぷら。

 葉っぱは警備団員が暇潰しとお小遣い稼ぎに周囲の野原で採取したもの。

 警備団と憲兵団は別組織と思われがちだが、実はトップの人員を除いて融通しあっているの現状だ。理由は夜勤を含めたローテションにあって、どうしても人数が不足することがあるのだそうだ。

 そのような傾向があり、元冒険者たちが元軍人たちに食べられる野草を教えていたりする。そして、宿でミロムさんとリグダールさんがそれらを購入している。

 ムリア王国の兵士以前に狩人の仕事をしていたリグダールさんには野草の知識がある。地域差によって分からない野草についても、ライアンに教えてもらっていたようだ。

 食べられると言っても茹でたり揚げたりと火を通さないと、えぐかったり苦かったりで、生でまともに食べられるものは極めて少ない。極めて稀に生で食べられるものは薬草の類いなので宿ではなく、ライアンが買い取っているという話だ。


 タロシェルに臭いと言われた油は、中型の樽いっぱいに入っていた。

 使用する以上、俺も嗅ぐことになったのだが臭い、確かにこれは臭い。

 しかし、揚げ物のために油の温度を上げてしまえば、それほどでもない。それまでが一種の苦行に似た何かがあるが……。

 そして、揚げた野草の天ぷらには不思議なことに油の臭みはあまりしなかった。


 二人前にしても少し多めな二品を持って、俺は厨房を出た。


「待っておったぞい」


「先に食べててって言いませんでしたっけ?」


「しかしのぅ、儂も肉はちょっと食傷気味なのじゃ」


「なら多めに作ったので食べますか? 天ぷらはまともですから」


 そう、臭い油で揚げたはずの天ぷらはまともなのだ。

 塩だと油の臭みが僅かに気になるのだが、魚醤を適度に薄めた天つゆで食べると油の臭みを感じることはない。

 煮物に関しては、味見の段階で首を捻りたくなる味付けになってしまった。

 決して不味くて食べられないと言うほどでもないのだが、こう独特な風味を持つ料理となってしまっている。

 元からこういうものだと思えば、十分に食べられる味ではあるのだが、爺さんの口に合うかは分からない。


「主食はパンの代わりに芋です。なのですが、味は保証はしません」


「よもや、硬パンが恋しくなるとは世も末じゃの」


 開拓団内で硬パンを見なくなって久しい。

 開拓団の結成式典で支給された物はテスモーラの市場に流れ、個人での持ち込みはパン粉に変化したためだ。

 現在の開拓団内でパンと言えば、タロシェルが焼くふんわりと柔らかいパンのことを指す。

 

「バターの匂いが鼻につきますからね。まあ俺は硬パンも嫌ですが」


「硬パンは練ってすぐに焼いただけじゃしの」


 硬パンも練ってしばらく置けば、小麦特有の酵母菌で多少は膨らむらしいのだが、なにぶん単価が安いものなので数多く作ることを最優先としているパン屋が多い。

 だから、やたらと硬いだけのパンばかりが市場に蔓延しているようなのだ。


「味付けは魚醤じゃな?」


「天つゆも魚醤なので、魚醤ばかりですがね」


「これはこれで火酒によく合うのぅ」


 アグニの爺さんは意外にも、煮物の味付けに満足してくれたようで何よりです。

 とても酒のあてとは思えぬ早さで、次々と消えていく煮物と天ぷら。

 主食となる芋を食べ損なれば夜中に腹が減って起きることになる。だが、養蜂倉庫では蜂たちの迷惑になるので調理など出来はしない。

 爺さんの食べる早さに負けないよう、俺も急いで食べよう。


「カツトシ殿、気付いておるか?」


「……もぐもぐ、何をでしょう?」


「小僧じゃ。何やら雲行きが怪しいのぅ」


 俺が料理を持って来てから少しして、交渉のテーブルに着いているはずのライアンがこちらをチラ見しているのは知っていた。

 早く合流しろ、と催促しているようにも見える。


「ミラ殿も固まっておるようじゃの」


「ミモザさんが居ますし、大丈夫でしょう」


「ミモザは市場でのやり取りは得意でも、冷静な相手との商談は経験が不足しておるでの。期待薄じゃよ」


「まあ、もう少し様子を見ましょうか。このままだと何も分からないまま、俺たちも巻き込まれますよ」


「そうじゃの。まだ芋も天ぷらも残っておるし、のぅ」


 今までの早食いが嘘のように、アグニの爺さんはちびちびと芋を齧る。

 俺もそれを見倣い、野草の天ぷらをゆっくりと咀嚼する。

 今更だが、よく味わって食べているように見せた。



「おう、魔王さん。穴は掘り終わったゼ!」


「水が沁み込まねえように粘土を少しもらったが構わねえよナ?」


「ゴブリンさんたちのお陰で粘土は沢山ありますから、気にしなくてもいいですよ。また今度すっぽんを獲ってきて放しておきますね」


 ソニャさんチーム以外の鍛冶師を総動員した穴掘りは、今日中に完了してしまったようだ。

 しかし、そうなると宿の食堂は多くの鍛冶師たちが押し寄せる。既に畑仕事に邁進していた独身男たちの姿も増えてきている。

 今にも食堂が満員御礼となりそうな感じだった。


「そろそろ行くかの?」


「あの様子では、あまり近付きたくないですね」 


「場所を変えた方が良いじゃろうがの」


「そうすると宿の部屋しかないですね。居住区に入れる訳にはいきませんし、養蜂倉庫周辺の裏手は見せられませんから」


 混雑し始めた食堂内での交渉は避けたい。

 空気の読める開拓団員たちはおいそれと話に加わったりはしないだろうが、聞こえては拙い話もあるだろう。

 特に、ミラさんとミモザさんにライアンが居てすら苦戦するような相手ならば。

 そもそも、そんな相手に俺とアグニの爺さんの参戦したからといって、何が変わるとも思えないのだが。


「食事中だった故、遅れてしもうたわい」


「これはアグニ様、この度は私のために交渉の場を用意してくださり感謝に堪えません。どうぞ、そちらへお掛けください」


「食堂は混み始めておるでな、場所を変えることは可能かのぅ」


「では部屋へと申したいところですが、この人数では手狭になってしまうでしょうか」


 個室はほぼベッドで占領されているような部屋の隅に、簡易なテーブルセットが申し訳程度に置かれている。そんな造りとなっている。

 そこに謎の人物と護衛二人、ミラさんミモザさんライアンに加えて、俺とアグニの爺さんが入るのは厳しいとしか言いようがない。


「そうじゃのぅ。こちらは小僧と儂、護衛に魔王殿が良いかの。ミモザとミラ殿は惨敗の様子じゃし、お引き取り願おうかの」


「アグニ様! せめてミモザだけでも同席させてください」


「……むむ。では小僧は儂が肩車でもしておくかの」


「おい爺、ふざけんな」


「では膝の上にでも載せるしかあるまいて」 


 子供サイズのライアンは場所を取らない。形態はどうあれ、爺さんが抱えておくのは妙案ではある。


「では、こちらも護衛をひとり減らしましょう」


 頷きひとつで、戦士風な女性を納得させた人物。

 見た目年齢の割に、威厳や風格というものを兼ね備えているようだ。

 これはミラさんやミモザさんが苦戦するはずだ。

 だが、ライアンがこういった相手を苦手としているという話は聞かない。ライアンは皇帝陛下の密偵とて働いていたくらいなのだ。

 だからこそ、ライアンが居て猶この状態という理由が気になる。

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