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第三百三十二話

 ミロムさんから食堂内の開拓団員に対する根回しが完了したとの報告を受け、俺とライアンとアグニの爺さんの三人は裏口を出て、正面入口へと向かう。

 ミジェナは厨房での手伝いに残していく。小腹が空いても試作料理など適当に摘まめる環境であるからな。何も面倒に付き合わせることはないだろう。


 裏口から正面へ十数歩程度しかない間に簡単な打ち合わせを行う。


「俺が最初に入りますよ。その後は、適当なテーブルで食事にしますけど」


「俺もまずは飯だな! 食い終わったら手伝ってやるよ」


「儂もゆっくり食事を摂りたいのじゃがなぁ。風呂が報酬じゃかし、腹をくくるほかないかの」


「本当なら先に風呂に入りてえところだけどな!」


 俺は正吾さんに教わったマナの循環によって酷い痒みは抑えられているが、二人は背中や脇腹、二の腕などをボリボリと掻く仕草を見せている。

 サバイバル生活中は仕方なかったとはいえ、できれば風呂に入った後ですっきりとした心持ちで食事に臨みたい気持ちもわかる。


「俺の役目は姿を見せることだけなんで……あとは任せますよ」


「カツトシ殿ももう少し開拓団の運営に取り組むべきではないか、のぅ?」


「こいつはロギンやミモザを介した金儲けに大きく絡んでるから、ミラも余計な仕事を与えるつもりがないらしいぞ。冒険者ギルドの出張所、不要になったな」


「それは困るのぅ。儂はミモザの教育係として随員しておるのじゃぞ? このままでは存在意義が失われしまいかねぬ」


「それはあくまで建前だろ?」


「……まあよい、面倒事を早めに済ませようではないか」


 ライアンのツッコミに体ごと顔を背けたアグニの爺さん。図星を突かれたようだ。

 アグニの爺さんは、どうもライアンと同じく俺の護衛であるらしい。指揮系統が全く異なるようではあるが。


ガラン、ゴロン


 正面入り口の扉上部に取り付けられている木製のカウベルが鈍い音を奏でる。

 音に反応して、食堂にいる客たちが一斉に俺の顔に向けて視線を注ぐ。一瞬だけぎょっとした雰囲気を醸したのは、ウィンの存在に因るものだろう。

 それをいいことに、俺も客の観察を試みる。

 汚れてもいい簡素な生成りの服を着ているのは開拓団員たちだが、見慣れない派手な服装をしたエルフらしくないふくよかな女性、種族を特定できそうない男性が一名ずつの二組、恐らくエルフではあろうが男女の見分けのつかない人物と、それらの護衛と思われる数名を認識できた。


 ただ、命令書を携えた商人は三名と聞いていたのに対し、護衛と思しき人物たちと共に食事やお茶を楽しんでいる代表者っぽい人物は四名はいる。それぞれが別のテーブルにつき、隣接するテーブルと会話している様子もない。


「魔王さん、やっと帰って来たカ。随分と日数が掛かったようだが、元気そうで何よりだナ!」


「頼まれた仕事は終わってるゼ。材料が本当にぎりぎりで継ぎ接ぎだけどナ」


「……色々ありましてね」


 俺に声を掛けてきたのはロギンさんとローゲンさんで、周囲のテーブルを占拠するのはお弟子さんたちだ。

 この人たちだけなら根回しする必要はなかったな。大体、開拓団で俺を勇者呼びする人物は限られている。ダリ・ウルマム卿とその部下くらいなものなのだ。

 それ以外は親しみを込めて魔王さんと呼んでくれているからな。


 お弟子さんの一人が席を立ち、俺に譲ってくれた。そのお弟子さんも隣の席に移っただけだが。

 俺が席に着けば、壁際から予備の椅子を持ってきたライアンが隣に座った。

 いつの間に入って来たのか? どうやら同じタイミングでは入店したのだろう。カウベルは俺の入店以降鳴ってはいないのだ。


「先生、おかえりなさい」


「何だ、臨時雇いとはイレーヌのことだったのか」


「はい、他にも何名か居りますけど……。それでご注文はお決まりですか?」


「何時から注文制になった? 座ったら持ってくる仕組みだったろ?」


「おい、ライアン。(その見た目で先生は俺よりヤバい。根回しの意味を失う)」


「大丈夫だ。(この状態なら勝手に魔王と誤認する)」


 外からの来客らは食堂の奥側、二階に上がる階段の傍のテーブルに着いている。

 入り口に近い位置を占拠する鍛冶師たちのテーブルとは距離があるし、現在イレーヌさんは来客らに背を向けていた。十分に誤解の余地はある。


「タロシェルのおすすめを。肉控えめで」


「じゃあ俺は、肉控えめのリグダールおすすめを頼む」


「……わかりました。お肉控えめで、料理長と副料理長のおすすめですね」


「あ、あと今日の菓子は何だ?」


「宿泊客はプリン。食事のみは果物のゼリーですね。果物の砂糖漬けをキャラバンが買い付けてきたそうです」


「そういや、北門にキャラバンの馬車が見当たらなかったが、ミモザは見たような……」


「ミモザの嬢ちゃんは、ベガの連れの娘とキャラバン付きの商人にキャラバンを一任したと聞いたナ。専売契約先を回るだけの簡単な仕事だからだそうだゼ。傘も順調に売り上げを伸ばしているゾ」


「あいつ……もう冒険者ギルドの仕事、やる気ないだろ」 


 ミモザさんは冒険者ギルドの出張所初頭に抜擢された人材であったはずなのだが、開拓団の御用商人と言っても差し支えがなかった。

 開拓の資材等もいつの間にか仕入れていたりするのだから、抜け目がない。

 今回の騒動も既に御用商人は確定していると、おかしな商人を追い返せば終わる話のように思えてならない。


「では少々お待ちくださいね」


 俺がオーナー特権でプリンを頼むとライアンも便乗した。二つくらいなら何とでもなるのだが……周囲から恨みがましい視線が突き刺さる。

 そんな刺々しい視線と雰囲気も、ガランゴロンと鳴るカウベルの音で霧散した。


 アグニの爺さんの御登場だ。


 俺が入店した時には驚きの感情こそあれ、行動を起こすことはなかった商人と思われる人物たちが次々に席を立ち、爺さんに詰め寄る。

 爺さんも辟易とした様子を隠そうともせずに、話だけは聞くという姿勢を見せた。

 本当に面倒くさいようだ。

 ただ、疑問に思うのは爺さんに詰め寄ったのが三名だけであることだ。

 性別の判らない中性的な人物は今も食事を楽しんでいる。その護衛らしき人物たちもまた、何の反応も示さないでいた。


「あっちは別口か?」


「だろうな。何も変なのばかりがここを訪れているわけじゃねえ。まともな商人は規模が小さくとも商売が出来ればそれで十分、次につながるからな。だが、欲深いのがああやって自滅していく」


「聞こえるぞ?」


「大丈夫だ、聞こえやしねえよ。あいつら、爺に主張することだけで手一杯だからな。大体、爺の口添えに効力なんて何もない。命令書があるなら叩きつければいいものを、阿呆としか言いようがない」


 詰め寄る商人を引き連れ、アグニの爺さんは空いていたテーブルに着いた。

 もはや他人事だと騒動を眺めている間に、待ちに待った料理がやって来る。

 当然、俺たちは食事を優先するが、爺さんには料理の注文すらする暇もない。徐々に機嫌が悪くなっていくのが、その表情から窺える。


「馬鹿だよな。ここで魔王が一部始終を見ているってのに。あぁ、葉っぱがここまで美味いと感じる日が来るとは……」


「シチューに浮く脂の匂いが鼻につくな。食えなくはないが」


 文句を言いつつも口と手は止めない。空腹には代え難いものがある。

 しかし、デザートにプリンは失敗したかもしれない。プリンの材料となっているミルクの匂いにすら、今は嫌悪感が抱く。

 さっぱりとした果物のゼリーにしておけば良かったと後悔する。

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