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第三百二十九話

「この『贄』と『れんけい』が何なのか気になるな」


『にえ?』


「あぁ、正吾さんには見えてませんよね」


『いや、ウィンが勝利くんの視界とリンクしている。現在、モニターのようなもので映し出されている。確かにその文字は解読できないが、こちらで聞き出すことは可能だ。少し待て』


 一旦初期化されたカルテに新たに記された項目。

 『収納』『触手生成』『びぃむ I・V・A・O』『とびら』は以前にも存在した項目なので大体は判る。『れんけい』はナノマシンとの連携か何かだとしても、『贄』に関しては全く見当が付かない。

 あくまでも俺の独り言であったにも拘らず、正吾さんはそれに応えてくれた。

 ただ、俺の視界がウィンとリンクしているというのは初耳だが。


 回答を待つ間、血液を採取するために切ったはずの右小指の腹を撫でる。本当に切れたか怪しい程に綺麗な肌をしている。

 だが、今も鎧の隙間に手を入れて掻いている首筋の瘡蓋がそのままであることが理解できないでいた。

 これは、矢毒の飛沫を受けた際にできた頬の傷跡と同じような扱いであるのだろうか? 今はもう水膨れや瘡蓋は皆無ではあるものの、指で触れれば傷跡の感触は確かに残っている。

 折角なので、わからないことは知ってそうな人に訊くことにする。


「あと、指の傷は即座に塞がったのに、衣擦れの痒みが引かないのはなんででしょうね?」


『ん? それは簡単な話だよ。精神はマナに干渉することが出来る。指先に意識を向けていたことでマナが作用して治癒……ではなく、今の勝利くんの状態では修復と言った方が適切かな。だから、痒みに関しても意識を向ければ治るだろう』


「修復って人体に遣う言葉じゃありませんよね? 異常な再生速度ではあることは認認めざるを得ませんけど」


『……それより『贄』と『れんけい』の詳細がわかったぞ。順番が逆になるがまずは『れんけい』からだな。先程も言ったように、勝利くんの視界とのリンクなど感覚の連携と、ナノマシンとの連携を指しているようだ。

 次に『贄』についてだが……ウィンはナノマシンで生成されたマナを糧としいる。また、生成され続けるマナを利用して触手を顕在させてもいるのだが、それだけでは一本の触手を顕在化するのが限界なのだそうだ。そこで他者の、獲物の血液を贄にマナを生成することで数多くの触手を顕在化させている。やっていることは小型鹵獲器と似たようなものだろうね。

 それで、余剰分なのだが現在はそのまま撃ち出すことくらいにしか活用方法がないそうだよ。恐らくそれが『びぃむ』の正体ではないかと私は推測するね』


 何か誤魔化されたような気がしないでもないが、今重要なのは『贄』『れんけい』のことだ。

 俺が考えたようにナノマシンとの連携はあった。ただ、感覚のリンクというのは、まだ少し理解できない。言葉の意味自体は理解できるのだが……実感が伴わないからわからないというのが正しいかも。

 そして『贄』の正体。

 俺に搭載されているナノマシンが作り出せるマナの量は少ないと聞いている。

 しかもそのただでさえ少ないマナはエーテルという毒素の浸食を抑える効果を持つため、全てをウィンが利用することは出来ないのだろう。俺が気絶してしまうしな。

 思い返してみれば、ミラさんを救った時のサクリファイスだったかの後、ウィンは一本だけしか触手を維持できていなかったしな。

 直前には野盗主力を薙ぎ払った『びぃむ』の消費と、サクリファイスでの重ねての消費も合わせると、本当に『贄』とする血液が不足していたのだろう。


「余剰分の使い道……、現在は?」


『現在は、だね。そこは勝利くんが思い悩む必要はないよ。私とジルバで、使えそうな魔術をウィンに教え込むから』


「そのマナを俺が扱うことは可能ですか?」


『うーん、どうだろう? 実際に、私がジルバの肉体を完全に操れるようになるまで千年以上掛かっている。それに、ウィンは孵化したばかりで成長の幅が大きすぎるよ。だから、勝利くんがウィンの能力を十全に掌握できるまでにはかなりの時間を要することになるだろうさ』


「……そうなんですね」


『あぁ、私はこれからこの中を案内してもらうことになっている。しばらく通信が滞るだろうけど、心配しないように』


 ウィンが俺と連携できるのなら、俺だってウィンと連携できるはずと思い提案してみたのだが。 

 ウィンが『びぃむ』の弾に使っている余剰分のマナを、俺が魔術で利用するという案は潰えた。今すぐに、というのは無理だろうが不可能ではないことは正吾さんの口から語られた。

 ただ、俺には正吾さんのように千年も生きられる寿命はない。転生術というものがどういったものか、まだ教えられていないから完全にないとも言い切れないが。

 それでも努力は惜しむべきではないと思う。


 それにしても……中を案内してもらうとは、どういう意味だろう?

 そもそも俺はあの不思議空間がどういう理屈で存在しているかも理解できていないのだが……正吾さんは理解できているのだろうか?



 衣擦れでできた瘡蓋の痒みは少しずつではあるが、改善出来てきている。

 痒みを感じる部分に鎧の上から視線を送ると、じんわりと魔力・マナが動く感覚がある。鎧の中に手を突っ込んで触れてみると、瘡蓋は綺麗さっぱり消えており、痒みがあったことが不思議なくらい何もない。

 まあでも、明朝目覚めた折には傷がまた増えていそうだけど。


「戦車! やっと帰れるのか?」


「ようやっと、肉以外の食事にありつけそうじゃの」


「ところで、ドラゴンさんはどちらに?」


 正吾さんからの応答が無くなってから、俺はウィンに新戦車を取り出してもらっている。

 稽古をしていたライアンとアグニの爺さんと、野草採取に勤しんでいた師匠も、一応は距離はあっても俺の有視界内には存在していた。そのため、彼らが新戦車を発見するのは時間の問題だった。


 しかし、正吾さんの現在の居場所については口外できない。

 あの不思議空間のことは、俺と正吾さんとアグニの爺さんだけの秘密となっている。下手にバラせば、俺とウィンの命を脅かすことにも繋がりかねない。

 さて、どうしたものだろう?


「ふむ。何ぞ、理由があってこの場を離れておるのじゃろう。儂らは儂らで拠点へ戻ってしまえば良かろう」


 ちらと俺を一瞥したアグニの爺さんは、そう促した。

 アグニの爺さんは正吾さんの所在に見当がついているとは考えにくいが、俺と正吾さんの関係を伏せたい事情があることは、これまでの流れでも十分に理解できる。

 ここは、それとなく俺も話を合わせるべきか、素知らぬ振りをするべきだろう。

 結論として、俺は知らん存ぜぬで通すことに決める。

 狭い新戦車に乗り込む前であれば、密かに相談する手立てはある。ただ、それまでに正吾さんとの通信が回復することが大前提ではあるが。


「そうだぜ、居ないなら居ないで別にいいじゃねえか。俺は早く帰ってベッドで寝たいんだよ」


「俺も早く帰って風呂に入りたいですし」


「そうじゃの。儂もゆったりと風呂で疲れを癒したいのぅ」


「ドラゴンさんと親交のあるアグニ殿がそう仰るなら、構いませんがね。置き去りにしたことが原因で、開拓団に危険が及ぶようなことがあってはなりませんので」


「後ほど戦車を追って参られるやもしれぬが、その程度でお怒りになられはせぬよ」


「そうだぜ。兄さんが失礼なことをしなきゃ、何も問題にはならねえんだよ!」


 師匠の心配は開拓団の危機を避けようという思いが強い。但し、師匠の行いで正吾さんの怒りを買いそうだったこともまた事実である。

 ライアンと師匠の主張。どちらが正しいかというと俺的には微妙なところなのだが、実はどちらも正解には程遠い。

 正吾さんは現在ウィンの不思議空間を探索中でそれどころではないのだから。

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