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第三十二話

 ミラさんは押し黙ると、じっと俺を見つめている。

 俺はというと背筋がゾクゾクとし、胸に手を当てれば動悸がし、額からは冷や汗か脂汗かもわからない何かが流れ落ちていくのがわかる。なんだこれ、蛇に睨まれた蛙?

 落ち着け、俺。大丈夫、大丈夫だから、何も取って食われたりは……しないよな?


 確か、幼稚園に通っていた頃に同じクラスの幼女から大人になったら俺のお嫁さんに的な告白をされたことはあって、その当時は飛び上がるほどに嬉しかったのを覚えている。それが社交辞令だったのだと悟った時の失望感もまた物凄かったけど、それは今は関係のない。

 そう、それはとても嬉しかったはずで、とても今のような緊張状態ではなかったはずだ。


 しかし、本当にどうしよう? ここでキッパリとお断りするのは非常に拙い、特に今後の生活において重大で致命的な障害となる可能性は否めない。いや、そうじゃない、そうじゃないんだ。そんな打算的な話ではなく、どうすれば丸く平和に収めることが出来るのかを考えろ。


 ミラさんに見つめられながらも隙をみて師匠に視線を送るが、師匠は目を逸らした。絶対に昨日の親子喧嘩の時に何か言い含めたに違いない。ちくしょう、やりやがったな!


 暫く停滞したのち、ミラさんの綺麗な紫色をした瞳から涙が溢れ出す。

 ああ、もう、どうすんだよ!

 そりゃあ、ミラさんは美人だよ。美人で勝気、考えようによっては悪くはないし、意外に優しいところもあるんだよな。殴る蹴るが目につくだけで、それ以外は普通?


「ええと、ミラさん。質問よろしいでしょうか?」


「……何よ」


「俺のことはどう思っていらっしゃるのでしょう」


 ドキドキがヤバい。止まれとは言わないから、落ち着け、俺の心臓!


「……触手が生えてるけど、嫌いじゃないわ」


 顔を真っ赤にしながら俯き、そんなことを口にした。

 これは! これが噂に聞く、ツンデレというヤツなのか?

 目の錯覚か? ミラさんのことが可愛く見えてきたぞ。実年齢を考慮すると俺よりも年下なわけで、可愛いの当たり前なのか? 

 待て、答えは焦るな。取り返しのつかないことになるぞ。


「まずは婚約ということで、どうでしょう?」


「……」


 無言だがコクンと頷いたミラさんに、俺の胸は高鳴るような何かを感じた。



「いや~まさか、カットス君にミラを受け入れてもらえるとは。なんでしょう、嬉しいような、悔しいような、涙が……」


「はっはっはっ、ライス殿も人の親でしたな。私も数年前に経験済みゆえ、お気持ちはよーく理解できますぞ。しかしですな、売れ残るよりは幾分かは良いかと」


「はは、そうですね」


 師匠が泣き出した。自分でミラさんに何か口添えした癖に、何泣いてんだか。

 それよりもミラさんの距離が近い! 師匠を挟んで俺と反対側に座っていたはずなのに、いつの間にやら俺の隣に、しかも至近に移動している。相棒が何気に近寄ろうとするミラさんから俺をガードしているところがまた心憎くも素晴らしい。


「ちょっと何よ、これ。邪魔しないように言いなさいよ!」


「相棒の判断なので、我慢してください」


 普段と異なる態度のミラさんはとても年相応には見えない容姿だからか、俺の眼にはとても美しく映る。但し、口を開くとあまり変わらない。

 先ほどまでの動悸とは違う胸のドキドキは、これはこれで何故か心地良く感じる。なんだ、これ?


「余としてもこの流れは予想外であるな。しかし好都合では、ある。

 リンゲニオンを牽制するにはもってこいの材料となるであろう」


「陛下。そのお話は尤もですが、今は黙っていてくださいよ。

 本日の交渉はこれで打ち切りましょう。皆様、色々と考えることがおありでしょうからな」


「お、お、叔父上?」


「早くなさいませ、城へ戻りますぞ」


 宰相閣下は気を利かせたつもりだろうが、俺は針の筵なんだが、な。

 ミラさんがやたら俺の近くに居座るからなのか、師匠の目が鋭敏な状態で俺を睨んでいた。イチャコラすることに憧れがないこともないけど、この状況下では嫌だ。


「――ズズッ、カットス君。ミラをお願いしますよ」


 あくまでも婚約という形でお茶を濁し、逃げ切るというのはもう無理だな。そんな卑怯な考えを選択したわけではないが、師匠の眼力の前にたじろいでしまいそうになる。

 鼻を啜りながら師匠が言葉を紡いでいる間も、ミラさんは俯いたままで顔を真っ赤にしていた。普段とのギャップが半端ねえから、一段と可愛いらしく見えるのかも。


「はぁ、努力はします」


「この子は妻譲りで多少気の強いところもあり、大変でしょうがね。

 それについては僕も同じですからね、相談には乗りますよ」


「……父上」


 折角、難を逃れたと思ったんだが、師匠の一言でミラさんが剣呑な雰囲気を纏う。

 俺は親子喧嘩には一切関知しないから、勝手にやってほしい。師匠から伸ばされた手を恰も見えないかのように振舞うのが、俺からのミラさんへの助力だ。

 それにしてもミラさんの気の強さは母親譲りなのか。ミラさんの容姿から予想するに綺麗な人なんだろうけど、出来るなら顔を合わせたくないな。だって結果的に師匠の策に嵌り、領地で進めているらしい政略結婚を台無しにする片棒を担いでしまったわけだもの。

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