第三百二十七話
サバイバル生活十四日目。
遺跡探索に費やした日数よりも、サバイバル生活の方が長いことは不問にしたい。
不潔であるためか、ビタミン不足のためか、衣擦れだけで擦り傷になってしまう。
その傷が瘡蓋になると、これがまた痒くて仕方がない。起きているときは自制できていても寝ている間に掻き毟り、目覚めと共に傷が増えるという悪循環に陥っている。
とはいえ、湯浴みなどは以ての外。
吹きっ晒しの中では速攻で湯冷めしてしまう。周囲にはまだ積雪が多量に残っており、時折吹き抜ける風を凍える程に冷やしているからだ。
それに、給湯器に取り付けてあった調整魔石はとっくに尽き果てている。各自、自前のマナ・魔力で飲料水のみを補うくらいが関の山となっていた。
汗で全身がべたつくような気候でないことだけは、不幸中の幸いとも言えるだろうか。
野営に於ける不寝番の組み合わせは俺とアグニの爺さんと正吾さん、師匠とライアンが日毎に早番と遅番を入れ替えて行っている。
師匠はライアンが上手く操縦している。偶にライアンが師匠に対し怒鳴り散らしていることから、暴発を抑え込んでいるものと見做す。
俺も正吾さんやアグニの爺さんに従順な姿勢をとっており、少々のことでは師匠に危害が及ぶことはないだろう。俺が正吾さんとアグニの爺さんの掌の上に居る限りは、彼らも無茶な要求はしないものと思えるからだ。
「崩落現場の穴埋めは管理個体に指示を出しておいた。いずれは確認に訪れねばならないだろうがね」
「お手数をお掛けします」
「そもそもが誘導されていたのだから、勝利くんが負わねばならない責任など端から存在しえない」
サバイバル生活の中。特にやることのない俺たちは崩落現場に戻り、穴埋め作業に取り組む旨を提案したのだが、それは正吾さんから待ったが掛かった。
あの歩く木と蔦植物に指示を出したということで、俺たちの労力を割く必要がなくなったとのこと。
結果、俺たちは更に手持無沙汰となる。
アグニの爺さんとライアンは日課の稽古を日中も通して行うようになり、師匠は野草や茸の採取に周辺を徘徊していた。
そして、俺自身は正吾さんと話し合いが主になっていた。
アグニの爺さんから簡潔な経緯は伝わっていても、やはり日本人同士での話し合いの方が話の要領を得易いという。確認の意味を込めて、俺がこちらへと拉致された状況などを時系列に起こして説明していった。
「次の被害者が現れる前に、その大型鹵獲器は破壊せねばならない」
「師匠が中身を弄ったから、まともに機能しないかもしれませんよ」
「鹵獲器の設定を変更……ふむ、多少の理解はあるのだろうな」
間近で見る正吾さんの、ジルバの瞼は左右から自動ドアのように開閉する。しかも、その瞳も爬虫類のソレだ。
今現在、凝視しているのは師匠の後ろ姿なのだが、獲物を睨んでいるようにしか見えない。今にも飛び掛かりそうで怖い。
「俺の他にも居るんですか?」
「アジア系はこちらでは類を見ない人種だから目立ち、見定めやすい。但し、日本に滞在している外国人は何もアジア系だけではない。その他の外国人の場合は、ひっそりと馴染んで暮らしている例が幾つかある。郷で保護している者も居たが……今回の転生前の話だから今はどうだろうか」
「正吾さんと俺の間にある年数のズレは?」
「範囲と年代はピンポイントなのだがね。装置が作られた際の精度と、燃料として注入されるマナの波長によって揺らぐ。遊びとも言うかな。あとは、私たちを拉致したのは開発者だが……勝利くんの場合は時の為政者だろう。
他にも鹵獲器の種類。大型と、地球人が開発に携わった省エネの小型。一層厄介なのは小型の方だよ。周囲に生息する小動物を糧にマナを生成し、半自動的に鹵獲を繰り返す。次元振動の幅も小さく感知しにくいらしい。かく言う私も、この小型で鹵獲されている」
「なんで地球人が?」
「理系の頭のネジが何本も外れた連中が、奴らに協力したと聞いている。最終的にはそいつらも実験材料として、魂を他の生物に移植された段階で発狂死しているがね。きっと、自分たちを捕虜か何かだと勘違いしたのだろう。私たちはどこまで行っても実験動物……物でしかなかったというのに、ね」
正吾さんの言葉からは感情が一切感じられない。棒読みだ。
そこには、静かな怒りのようなもの視える。気のせいではない、だろう。
「大型は勝利くんのヤツを除けばほぼ破壊済みだ。だが、小型はそうもいかない。私が居た施設同様に地下に埋もれていた場合、しかも完全に閉じていた場合は鹵獲されても外に出られないがために餓死してしまう。そうして白骨化した遺体も稀にだが発見されている。未だ発見されていないものの方が多いのではないかと、私たちは睨んでいる」
「俺はまだ生きているから……まだマシだと?」
「全く以てひどい話だがね。そういうことだ」
俺は運が良かった、のか。
俺だけが取り残されたことを、運が良かったというには些か語弊があるけれど。
それでも生きているだけ、生きていればこそ、というのは分からない話ではない。
「――やっと、お出ましか!?」
「ニィニィ!」
「ウィン!? あれ……………………二本だけ? しかもなんか見覚えがあるような……ないような。何だこれ?」
胸糞の悪くなるような話の最中に、正吾さんが唐突に反応した。
焚火を前に胡坐をかく俺と、地面に鎮座している正吾さん。その正吾さんの視線が俺の肩の辺りを捉えていた。
毎度の如く、肩甲骨の間にぞわぞわとした感覚がある。
生えてきた触手は今まで観たことのないタイプではあるものの、どこかで実際に目にしたことのある何かに酷似していた。そして、そんな触手二本が肩越しに左右から俺の頭を撫でる。
「最初の触手は猫の手だったかな? そして今回は肉球がなく、全面に毛が生え揃っているか。これは兎の手だろう」
「あぁ、一部の種類を除いて、兎の脚は毛で覆われているんでしたっけ」
どこかで見たことがあるの当然だ。あれだけ馬鹿みたいに狩りまくったスモールラビのお手々にそっくりなのだから。
それは特段気にすることでもない。だが、触手の本数が二本というのは解せない。
「おかえり、ウィン。これで帰れる!」
「ニィタ!」
「――は? お前、喋れる? いや、あの時も一時的にだけど喋ったような!?」
「ニィタッ!」
舌っ足らずにも程がある。
だが、まあ、うん。ウィンはまだ赤ん坊だからね!
「親バカか」
「正吾さん。聞こえてますからね?」
「ん? これは……」
「おおっと! これは『ぎたい』か?」
俺と正吾さんの目の前に、あの不思議空間で見たウィンの姿が現れる。いいや、地面から生えてきた!
そう、枯れたほうれん草か小松菜をテープで束ねたような、イソギンチャクのような姿が地面から!
「まるでパペットだな」
「あぁ、なるほど。擬態とはよく言ったものですね」
俺の背中から生えてきた触手の内、肩越しに伸びてきたのは二本。それ以外にも一本が地面に突き刺さっているのだろう。
地面に突き刺して地下から足の下を回り込み、俺たちの目前へと現れ出でた触手の先端が菜っ葉みたいな形を形成している。それは正吾さんの言うように、まるで手に嵌める人形、パペットのようでもある。
「勝利くん、カルテを」
「そうですね」
調整を終えて帰って来たウィン。
その成長を確認するにはステータスプレートもとい、カルテを参照した方が手っ取り早い。右の後ろ腰に、ベルトで固定してあるウエストポーチの蓋を開いた。




