第三百十八話
未だ俺の腹にしがみ付いたまま、一向に離れようとしない相棒。
別れを惜しんでいる、にしても長い。
本に浮き出た文字列が示す通りに無事再生するのか、不安になってくる。
「――なるほど、それは良い案だ」
「えっ、何が良案なんです?」
「今、私の寄生元であるジルバから提案があった。
個体支援機能強化試験機四○〇三号なんていう味気ない名称ではなく、相棒という代名詞でもなく、名前を付けてあげてはどうかとね。
それというのも本来、王竜も名付けの習慣がなくてね。私の自我とジルバの自我が混同してしまわないようにと、名もなき王竜の幼生であったジルバに名を与えた経緯がある。君の場合は少し違うようではあるがそれでも、ね」
「相棒に名前?」
「ニッ、ニィィィ!!」
同意するように、懇願しているかのように相棒が返答した。
俺も『相棒』という言葉には慣れと愛着があるけど、それだけでは味気ないという意味は理解できる。
ただね。名付けとなると、ハイそうですかと即席で決められるものではないのですよ。
「参考に、正吾さんがジルバと名付けた理由を伺っても?」
「え? あ、いや、大した意味では……なに、ジルバも知りたい? 数千年の時を経て明かされる真実、みたいに言うんじゃありません。本当に大層な意味ではないのです」
正吾さんがひとり芝居をしている、ように俺の目には映る。
でも違うのだろう。
俺にとっての相棒のように、彼の中で会話があるのかもしれない。俺も傍から見れば、このように見られているのかも。
人のふり見て我が振り直せ、とはよく言ったものだ。これに限っていえば、俺に直す気は元より無いのだが。
「うーん、仕方がない。あまりに単純すぎて怒るのはナシだからね? いいね、ジルバ? 絶対だよ? 勝利くんも呆れないでくれたまえよ?
王竜という生物は何らかの鉱物が外皮に纏うドラゴンなのだが、ジルバの場合は銀、所謂シルバーだな。あとは皆まで言わずとも勝利くん、君なら分かるだろう?」
「……駄洒落ですか」
ジルバという響きはダンスか何かだったと思う。
それを銀。シルバーに掛けた命名であるようだった。
単純にシルバーと名付けなかったところに、正吾さんの捻くれ具合を察してしまう。
「だから、そう深く考えずとも良いのではないかな。直感で!」
「あぁ、正吾さんは直感で名付けたんですね」
ここまでアグニの爺さんは一切口を挟んでこない。
そも、俺はナノマシンの辞書選択で発声を日本語に固定しているし、正吾さんも正吾さんでアグニの爺さんに命名に関しての事柄を語りたくないようである。
日本語が理解できないアグニの爺さんに相槌を打てるわけがなかった。
「君に関係する名前。例えば『勝利』に纏わる言葉なんてどうかな?」
正吾さんは今までになく饒舌だ。まだ一時間も一緒に過ごしていないけど。
何かを誤魔化したい人間は饒舌になるのだろうか? その姿こそトカゲ、いやドラゴンなんだろうが。
「勝利ではなく、勝利ですか。でも……ビクトリーでは語呂が悪く呼びにくい。それに相棒のイメージに合わないんですよね」
相棒はこう見えても、結構可愛いのだ。
ビクトリーというのは何だか男性っぽくて、女性っぽくはないが中性的な相棒のイメージにはそぐわない。
「ならば、もっと砕いてみたらどうだろう?」
「砕く? 勝利ではなく………………勝ちと利に分ける?
ウィン? win、won、wonだったっけ? 響きは問題ない。ちょっと可愛らしくもある」
「ニィ!」
「あ、うん。気に入ったの? ウィン?」
「ニィン!」
「ほら、ジルバ。名付けとはこういうノリなのだよ?」
なんだか正吾さんに誘導されたような。
そんな気もするけど、相棒本人? 本体が気に入ったようだから気にしないでおこう。
ただ、相も変わらず正吾さんは口を半開きにした状態で言葉を発している。
トカゲならぬドラゴンの口の構造で、日本語を話している違和感は半端なものではなかった。
素朴な疑問が、俺の口を突いて出てしまう。
「あの、その、どうやって喋っているんですか?」
「ん? あぁ、この辺りにだな。ブレス袋があるんだ。その弁を震わせて、声帯代わりにしている」
正吾さんは細い割り箸のような上腕をちょこちょこと動かし、喉の両脇を撫でている。
「ブレス袋? 息する袋、肺ですか?」
「否、こう炎を吐くという意味でのブレス。それを貯めておく袋。その上方に蓋をする弁のことさ」
炎を吐くその姿は正しくドラゴン。
なのだが、俺のイメージするドラゴンとは少し違う。俺のイメージするドラゴンといえば、四つ足で地面を踏ん張っている西洋竜タイプ。
しかし正吾さんは、どちらかといえばワイバーンに近い。
少なくとも炎を吐くことが可能なので、ドラゴンに類するのは間違いない。
そういえば俺と相棒……ウィンって地竜退治しているんだよな。炎を吐けなかったり、鱗が無かったりと生態が大幅に異なるけど。
そこら辺りは大丈夫なんだろうか? 聞くのが怖い、けど早めに確認しておくべきだろう。
「あ~と、それとですね。地竜の番を倒して、食料にしてたりするんですけど……問題はありませんか?」
「ん? あれは旨いよな。何か問題が?」
「えっと……」
正吾さんに話が通じていない。俺の意図が全く通じていなかった。
正直、困った。
アグニの爺さんを頼るには、まだ閉じていないナノマシンの設定を弄るしかないか。発声の辞書選択を日本語からソロノス現代語に変更して、と。
「爺さん! 地竜を倒したことと、食料にしていることが問題にならないか、正吾さんに訊いてください」
「うぉっと、いきなり話し掛けるでないわ! 心底驚いたではないか。で、地竜じゃと? なぜそのようなことを儂が尋ねねばならぬ? カツトシ殿が直接訊けばよろしかろう?」
「いや、その、ドラゴンを倒して食っていることは問題にならないのか、と」
「何ぞ勘違いしておるようじゃから言っておくがの。カツトシ殿が討伐した地竜は、ただの魔物じゃ。ショーゴ様のような存在ではない。安心されよ。
第一、ショーゴ様のような存在に遭遇した場合に儂らには一切の勝ち目などない。それが例え、カツトシ殿であっても、の」
もちろん俺だけならば、そこらの中大型の魔物にも敵わないのは火を見るより明らかだろう。だが、俺には相棒、ウィンの存在がある。
「相棒、ウィンがいても?」
「確かにその魔道生命体は特機であるようじゃし、些か厄介ではあるがの。射程外から一撃を喰らえば存外に脆かろう? 対処の仕様もなかろうて。
現存しておるチキュウ人と王竜は闘いの次元が異なる。威力や規模もそうじゃが、何より闘争に於ける知識がもう格別なのじゃ。じゃから安心してよい。カツトシ殿がこの惑星で遭遇したチキュウ人はショーゴ様が初じゃよ」
アグニの爺さんは、相棒がアウトレンジからの一撃に極端に弱いことを分析していた。黒いワイバーン戦など、その典型であるのだ。
そして話を聞く限りでは、アグニの爺さんが知る地球人たちは恐ろしく強いらしい。俺と相棒のコンビでは到底敵わない強敵であるという。
ならば正吾さんの言うように、ここでのことは一切漏らしてはいけないな。
俺はまだ死にたくないもの。
セミオートの辞書選択を再度日本語に設定し直し、正吾さんに話し掛ける。
「それで、このナノマシン? の設定項目を詳しく教えていただけますか?」
「まだ何かあったかな?」
「ええ、翻訳強度というものや、設定の終了の仕方がわからなくて」
「翻訳強度は今のままで触らない方が良い。強度が高すぎると棒読みで感情が読み取れなくなる。逆に低すぎると訛りが強くて、意味が分からなくなるよ。あと設定の終了は、そう念じれば終了する。再設定したい時も、一度正規に起動しているから次回からは簡単に設定画面が投影されるはずだ」
なんと! そんなに簡単になるの?
「ついでだ、これも説明しておこう」
え? まだ、何かあるの?




