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第三百十六話

「むぅ、カルテまでも改変されていたか。これでは、一部を除いて読めそうもない」


 ナノマシンの設定項目。その選択肢にあったソロノス現代語。

 俺がミラさんのスパルタ教育によって会得したその文字を、鳴海正吾さんはそれがわからないらしい。

 それは当然と言えば当然だろう。喋り言葉が理解できないのに、文字が理解できるわけもない。

 

 鳴海正吾さんはそのか細い腕と爪で指し示しては、アグニの爺さんに解説させている。


「この『びぃむ』とはビームで間違いないのかい?」


「あぁ、はい。日本人ならニュアンスで通じるかと思いますけど、ロボットもののアニメによくあるアレです」


 鳴海正吾さんが唯一読み取れているのは、どうやら『びぃむ』だけであるようだ。

 それ以外の触手に纏わる各種能力などの記載は、彼にとっては奇怪な記号の羅列でしかないのだろう。


「ニィ!」


「ん? これは何だ? ……発光し始めたぞ」


「え?」


 俺は今の今まで、鳴海正吾さんとアグニの爺さんに対峙する位置にいた。

 しかし、相棒がステータスプレートを提示していない空いた触手で俺にも見せようとするのだ。

 だから俺も、ステータスプレートが提示されている正面へと回り込むことにした。


「まさか、新たな項目が加筆された?」


「このタイミングで学習した? 否、成長したというのか?」


 未だ掠れたままの射程や分岐という文字の後ろに、新たに銀色の文字が浮かび上がりつつあった。

 

「とびら(りんじ)?」


「とびら、扉? 今までになかったからどういった意味があるのか、俺にもわかりません」


 ひらがなで『とびら』という文字が浮かび上がった。

 その後に括弧付きで(りんじ)とも書かれている。

 読んで字の如く、というのであれば射程や分岐に似ているのだろう。

 ただ、『びぃむ』の形状の前例があるため、鵜呑みにするわけにもいかない。

 だがまぁ、今回はどう考えても今回は前者だろうな。


「ニィ!」


「相棒、とびらとはドアのことだよな? でも臨時って、どういう――」


 俺は相棒に、どういう意味かと問おうとした。

 しかし、それは中断せざるを得なかった。

 

 相棒がステータスプレートを所持しておらず、且つ俺を招き寄せてもいない残りの二本の触手の内、その一本が俺たちの足元で大口を広げていたのだ。


「クソッ、またかよ!? また落ちるのか!」


「なんと! 宿主ごと呑み込むか!」


「一体どうなっている!? 勝利くん!」


 俺も、アグニの爺さんも、鳴海正吾と名乗るトカゲも、あっという間にせり上がる相棒の触手に呑み込まれてしまった。



「これのどこら辺が扉なんじゃろか?」


「暢気だな、爺さん」


 アグニの爺さんが零した愚痴に返した俺の言葉は日本語だから、恐らく通じていない。

 でも、その愚痴に返答しないわけにもいかなかった。というか、俺が愚痴りたい。

 大体、相棒は俺の背中から生えていたのだ。

 その俺が取り込まれているとなれば、どれだけのパラドクスがあると思う?

 そんなことを考える余裕があるのも、また不思議なことだった。


「これはなんとも。非常用脱出スロープとでもいうべきか」


「滑ってはいますけど、滑り台ではないですよ。どう見ても」


 俺も、アグニの爺さんも、鳴海正吾さんも、現在進行形で相棒の触手の中を滑り落ちている最中である。

 一体どこまで続くのか? 触手の射程が三十メートルであるにも係わらず、酷く長い距離を滑っている感覚がある。

 例えるなら、長大なウォータースライダーだろうか?

 若干の凸凹があるため、尻が少し痛い。



 実際、どれほどの時を滑り落ちていたことだろうか。

 体感で三分くらい?

 ようやく終点へと到着したようだ。


「痛ッ! 終わりが突然すぎる」


「扉だね」


「間違いなく扉じゃの」


 俺たちの目の前には、木製の非常に陳腐な扉がひとつ。

 軽く蹴飛ばすだけで壊れてしまいそうな、そんな扉に出くわした。


「私はこの成りだから開けられない。君に任そう」


「宿主はカツトシ殿じゃからな。責任をもって開けるがよろしい」


「……」


 宿主の責任を問われても困る。

 その事実を俺が知ったのは、つい先刻のことである。

 第一、相棒が一個の生命体であるというのであれば、俺に責任の咎を問うのはおかしいだろう?


 まぁ埒が明かないので、開けますけどね。俺が!


 今度はスライド扉ではなく、押して開けるタイプの普通の扉だった。

 扉を押し開いた直後に俺の目に飛び込んできたのは、木製で大きな円形のテーブルと丸太を適当に輪切りにしただけの椅子のセット。


 その脇から俺たちの方へ向けて、何かがやってくる!


 イソギンチャクのような……いいや、スーパーの青果売り場にてテープで束ねられている青菜のようなものがちょこちょこと駆けてくる。

 ただ、色は茶褐色で大きさも小型犬サイズのそれは、イカの触腕のようなものを二本伸ばすと俺の左脛に取り付いた。

 そして、しがみ付いたまま離れようとしない。


「ニィィィ!」


「ははは。お前、相棒だな?」


「ニィ!」


「……というかだな。なんでこんなことをしたんだ?」


 疑問だった。

 相棒がなぜに、俺までもを取り込んだのか?

 驚愕が怒涛のように押し寄せ、驚くことすら忘れてしまっていた。

 原因はトカゲの姿をした鳴海正吾さんとの邂逅なのだが、それすらまともに収束していない中でのこれだ。

 何をどれだけ驚けばいいのか? 後から反動が来そうで怖い。


「ニ、ニィ!」


 相棒は一本の触腕を伸ばして椅子とテーブルを叩く。ぺんぺんと。

 その仕草から、席に着けと言いたいのだろうか。


「ここから解放されるためにも、その子の望む通りにした方が良さそうだね」


「そうですね」


 椅子と呼ぶにはやや貧相な丸太の切れ端だが、椅子は椅子だ。

 そこに三者三様に、とはいかず、鳴海正吾さんはテーブルの端へと登る。

 俺とアグニの爺さんは寄り添うように椅子に腰掛ければ、相棒は俺の膝上へと這い上がってきて俺が抱っこする形となった。


 再び、相棒がテーブルを叩く。

 すると――


 先刻まで、鳴海正吾さんしか乗っていなかったテーブルの上に、一冊の本が現れた。若草色の表紙の辞書くらいありそうな厚みの本だ。

 その本は、誰も触れてはいないというのに、ぱらぱらと勝手に捲れていく。

 そして表紙を起こすようにして、こちらへと内容を示すように立ち上がった。


――久しいな、ショーゴ。


 白紙のページに文字が浮かび上がる。

 文字ではあるが、ミラさんに教わった文字のそれではない。

 なぜか、俺にも読めてしまうのだが、その文字は立て看板で見た古代文明の文字であるようだった。


「何者だ?」


 そう、鳴海正吾さんは問うた。

 その言語もまた俺は理解できている。なぜか? 

 未だ左目に投影されたままの設定画面から、聞き取り言語が自動で選択されていることで判明した。現代と付かない、ソロノス語であるらしい。

 師匠やライアン、ミラさんや皇帝陛下などが用いるソロノス現代語とは、微妙に違う文字だがナノマシンに辞書が存在するから俺でも理解できるのだろう。

 だから逆に、辞書が登録されていないアグニの爺さんが遣う言語は、どうしたところで理解できない。そういうことなのだろう。


――我らの最高傑作にして、最大の失敗作をよもやチキュウ人が孵化させるとは。


「……お前か、グラーフ? お前は確かにナノマシンと魔道生命体開発の責任者だったな。だが、本人ではあるまい」


――我らはあくまで記録。個体支援機能強化試験機四○〇三号の教育用に記録した記憶群。

――現状、記録でしかない我らの感情すら再生しているのは四○〇三号である。


「なぜ、今になって……お前たちは既に死んでいるはず、だ」


――そうか、我らは滅んだか。宿主を通して観た世界の在り様から、そうではないかと察しておった。


「私は転生実験に加わっていて参戦してはいないがな。王竜と同胞らの手に掛かり、お前たちは悉く滅んだよ」


――しかし旧交を温めるには時が惜しい。個体支援機能強化試験機四○〇三号の命により、宿主に告げねばならぬ事柄が存在する。


「勝利くん、君宛だそうだ」


「俺に?」


 鳴海正吾さんが本に浮かび上がる文字と対話していた。

 俺はそれを眺めることしかできなかったのだが、どういうことか。

 この本は、俺宛にも何やらメッセージがあるという。

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