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第三百十四話

「幾ら押しても開かねえぞ、こんちくしょうめ!」


 周囲の壁面と同等の材質のような巨大な扉は見るからに観音開きではあれども、どういうわけか開かない。

 こちら側。手前側の扉の端に蝶番はなく、内開きであるのかと思われものだが。

 巨大な扉の前に至ってから既に結構な時間が掛かっていた。


「押しても開かず、引こうにもそれなりの取手がない。これはどうすれば開くのでしょう? アグニ殿、何か良い案はないのですか?」


「そう言われてものぅ。儂の記憶にもこのような扉の知識は存在せぬでな」


「壁をこじ開けていた手段は使えねえのかよ?」


「試してはおるのじゃが……うんともすんとも、の」


 扉の付け根というか際にある壁に触れまくるアグニの爺さんも、その反応が一切なく意気消沈ぎみ。

 また、巨大な扉にある取手らしきものは、障子や襖によくある手を引っ掛けるような形をした溝だけだった


「押してダメなら引いてみろ。引いてダメなら……ん? スライドか?」


 こちらにやって来てから扉と言えば、押すか引くかだった。

 つい先刻まで俺の意識を傾けねばならなかった立て看板の文字を思えば、日本の古式ゆかしい扉の形態があっても何ら不思議ではない。


「爺さんは、そっちを」


「うむ。こうかの?」


 俺とアグニの爺さんが左右に分かれ、扉の溝に指を掛けては壁に押しやるように扉を引いた。いいや、正確に言うならば、俺と相棒のタッグとアグニの爺さんだが、だ。


ゴゴ、カーーーーーー、ドスン


 ライアンとアグニの爺さんとが強引に押し込んでいた所為で建付けが悪くなっていたのか初めこそ滑りが悪かったものの、扉も次第に壁にめり込むように横へと滑り始める。

 終いには左右の分厚い壁に収められる形で、巨大な扉がするりと開いた。


 そう、俺たちの前に鎮座していた巨大な扉は開いたのだが……その奥に佇んでいたものを明らかにしてしまったことが、またも問題となってしまった。


「これは……とんでもない発見ですよ」


「……ドラゴンの彫像? それも、こんなに沢山あるなんてな」


「……」


 ここに至るまでにあった明かりとは打って変わり、扉の先は暖色の薄暗いダウンライトのような……そんな中にぼんやりと浮かび上がる大きな何か。

 その彫像は左右の壁沿いに幾つもが立ち並んでいた。

 ライアンが認識したところでは、それはドラゴンの彫像であるらしかった。


「ライアン、調べますよ!」


「おう! ユニークスキルの出番だな!」


 神妙な表情で無言を貫くアグニの爺さんがいやに気になり、俺はそちらに注意が逸れていた。

 それでも尚ライアンのユニークスキルの言葉に惹かれて視線を戻せば、師匠とライアンはフルフェイスのヘルメットのようなものを被っていた。

 今までの流れからいって、あれが師匠とライアンが共通して有しているというユニークスキルであるのだろう。


「盟友である儂らにも秘匿しておったとは……これは問い質さねばならぬ」


「爺さん?」


「む。いかんいかん、今はそれどころではなかったの。カツトシ殿、儂と共に観て回ろう」


「あ、はい」


 いつになく厳めしい表情をしていたアグニの爺さんだったが、俺の声に反応して普段の柔和な雰囲気に戻る。

 ただ、それは取り繕った態度でしかないのだと俺にも感じ取ることはできた。

 それを察せられたとしても、何が言えるわけでもない。

 アグニの爺さんは俺の情報源としては、今や師匠とライアンよりも上位となっているのだ。機嫌を損なうような真似は出来ない。

 そも、出来るわけがなかった。


 しばらくの間、アグニの爺さんと一緒に成体のドラゴンと同等のサイズと思われる彫像を観ていく。


 どの彫像もなのだが、お腹の辺りや背中の辺りにバスケットボール大の穴が開いていた。

 それも内側から穿たれたかのようなバリが外側へ向けて出ている。

 何かが内側から出てきた?


「王竜三種の彫像が、一、二、三……十二体分。最早、間違いなかろう」


「王竜? 間違いないとは?」


「ふむ。小僧もライス殿もそれどころではない、か。

 よかろう……これは王竜という高位ドラゴンの、転生体の亡骸じゃよ。エーテルの浸食によって外皮のみが取り残された、の」


「エーテル? 浸食?」 


「詳しくは本人。否、本竜に訊くとええじゃろう」


「は? なにを?」


――招かれざる客かと思えば、案内人付とは


――招待のなき客人、引率者か


 言葉が二重に聞こえる。

 だが、反響によるエコーとは違った。

 語彙が異なるのだ。

 日本語が日本語に半テンポずれて、通訳されている?


 汎用スキル『通訳』が稼働し始めた最初の頃は、思いっきり一テンポずれていた覚えがある。

 相手が口を閉じていても、言葉だけは聴こえていた。そんなことがあった。

 今も、あるにはあるのだが、それでも以前よりもズレは少なくなっている。


 それをこれほどまでに異様に感じたことがあっただろうか?


――それも我らが同胞。いや、その姿、よもや日本人か? アジア人か?


――我が同種。その出で立ちはチキュウ人か?


「一体、どこから?」


「正面じゃ!」


 俺とアグニの爺さんが、今の今まで観察していたドラゴンと思しき銀色の彫像。

 明かりの加減で若干赤みを帯びて見えるけど、その輝き具合は見事なそれだ。

 その脇腹の一部が真に赤き灼熱に彩られる。

 そして穿たれた!

 

 何かが出てくる!


 咄嗟に俺は後ろ腰に回した右手に『氷球』を。

 左手は腰にぶら下げた消毒用の、アルコール度数が高すぎてドワーフ兄弟でも飲むのを躊躇する火酒が入った木筒の栓を抜き、ベルトから外した。


 稀に仕事を放棄する汎用スキル『通訳』が正しければ、出てくるのは地球人に絡む何かだろう。だけど、警戒を怠ることは出来ない。

 ミラさんに怪我を負わせてしまった失態を、二度も犯すわけにはいかない。

 黒いワイバーン戦が二度目だったのだ。

 三度目の正直なんて、俺はイラナイ!


 俺の氷では溶けた彫像の熱にも負ける。中に投げ込むのは無しだ。

 彫像から顔を出した瞬間を狙うしかない。

 俺の右手に握られているのはドケチ魔術ではなく、持てる魔力をこれでもかと込めた氷球とその中でギンギン冷えた水だ。

 今も右掌の皮膚が凍傷になりかねない程に冷え、付着しかかっている。

 だが、これはもう生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。

 多少皮膚が剝がれようと、多少の痛みがあろうと、それこそ生きていればこそのこと!


 無くなったら生えてくるかもしれないけど、火傷が無くなる保証もないのだから。



 何者かが、溶け落ちた脇腹から姿を現した。

 明かりの加減でも、白っぽいのはわかる。

 白っぽいトカゲ? ワイバーン?

 違う。前脚がある。

 いや、前脚じゃないな。二足歩行だから上腕がだろう。

 割り箸みたいな上腕がオマケのように顎の下にくっついていた。


 慎重に観察している場合ではない!

 投げろよ!


 意表を突けたのだろう。

 俺の投げた氷球は、彫像から出てきたばかりの白いトカゲの顔面にぶち当たった!

 まぐれ当たりだが、クリーンヒットだ。

 まあ狙ったのは胴体なのに指先に氷球がくっついて若干逸れたけど、当たったんだから儲けものだ。


 すぐさま左手に持った筒を右手に持ち替え、そのまま投げるようにして中身の火酒をぶっかける!

 相手はトカゲだ。多少違うだろうが、変温動物だろう?

 俺の渾身の冷水で冷やされた上に、アルコールで熱を奪われればどうなることか?


「それはいかん! カツトシ殿!」


「ニィィ!」


「え?」


 あと少しで氷水で冷やされたトカゲに、アルコール度数のバカ高い火酒が命中する。そんなところに割って入ったのはアグニの爺さんと、なぜか相棒だった……。

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