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第三百十三話

 熱源を追い、階段を降りきった。

 ここまでの経路も近未来的な要素が多々見受けられた遺跡内部である。だが、ここはどちらかと言えば、現代日本の化学工場のように見受けられた。

 例えるなら小学生時代の工場見学を彷彿とさせるような、そんな光景が広がる場所だった。

 しかしどういう訳か、師匠たちはこの光景を見ても驚く様は見受けられなかった。古代魔道文明期の遺跡はどこもこんな様子であるのかもしれない。


「目的の遺跡かどうかは知らねえが、遺跡自体は見つかったんだ。飯にしよう、昼飯!」


 陽の光が届かないが故に、時間の感覚がおかしい。

 今は一体何時くらいなのだろうか?

 ライアンの主張とは違い、俺は昼はとうに過ぎていて夕方のような気もする。

 だけども、ライアンの主張を否定する要素も、俺の感覚を肯定する要素もここには一切存在しなかった。


「この先、何があるか判りませんからね。何か腹に入れておくのも必要でしょう」


「食糧難ではあるがの。ここは致し方なかろうて、カツトシ殿」


 食糧難となった経緯を思い起こせば、全て俺に非がある。

 実際に食料不足であっても、ここで反対する権利を俺は持っていなかった。

 

「では試作をひとつ」


「む? これは揚げパンじゃの?」


「ドーナツってやつか?」


「はふ、はふ……これは!?」


 宿屋の厨房でパン生地を捏ねまくった俺が思いついた秘蔵っ子である。

 揚げパンの中身に硬めのクリームシチューを入れた、ピロシキちっくな総菜パン。

 要は、宿の食堂で余らせていた煮詰まってしまったクリームシチューの再利用である。それに、カレーが作れるだけの香辛料もないし、あったとしても配合比など知らないからこうするしかなかったとも言える。


「外よりも中はもっと熱いので気を付けて」


「アチッ、そんな大事なことは先に言えよ! でもパンとシチューを同時に食えるのは出先では嬉しい」


「こういったものは地上、寒空の下で食しておきたかったのぅ」


「まぁまぁ、そう仰らずに」


 いざ出してみれば、なんやかんやと五月蠅いのはライアンとアグニの爺さん。

 それを宥めるのはいつも通り、師匠だ。その師匠も何か言いた気な視線を送って来るのだが、それは無視しよう。

 わいわいと騒がしい面子は放置して、俺も揚げパンを喰らう。腹は満たしておきたいからな。



 十分とは言えないまでも小腹を満たした一行は、遺跡探索を再開させた。

 階段ホールの先にあった扉というよりも隔壁のようなものは、またしてもアグニの爺さんが操作して開放した。

 その際もライアンがアグニの爺さんに質問していたが、爺さんは素知らぬふりで「偶然じゃよ」と答えるのみだった。

 ライアンだけでなく師匠もアグニの爺さんを観る視線に疑いのようなものが混じってはいるようではあったのだが、隔壁の先に開けた光景に驚きを露わにする。


「これは……ここまで綺麗な状態の遺跡というのは初めてです。やはりこの遺跡は稼働しているのでしょうか?」


「これ、フリグレーデンでもらった魔王の盾と同じ素材か?」


「たぶん」


「……」

  

 フリグレーデンでもらい受け、黒いワイバーン戦で使い物にならなくなったあの軽い盾。それによく似た金属でできたアルミサッシのような建材が、至る所に使われている。

 そのアルミサッシに嵌った一見ガラスのように見える透明な窓も、指先で弾けばガラスとは思えない何とも軽い音が響く。まさかのプラスチック製?


 その窓の先に見えるは医療用のベッドのようなものに、何等かの機材。

 但し、このアルミサッシには継ぎ目が一切ない。どうやって組み上げたのか不思議でならない。


 更には、ここまで辿る要因となった熱。

 熱源は間違いなく、この不可思議な通路の先にあるようだった。


「……$▽%が壊滅したとの推測は既にあったものじゃが、よもや比較的脆弱とされる☆*□&が未だ稼働しておるとは想定外にも程があるの」


「爺さん?」


「ッ! 何でもない、独り言じゃよ」


 傍に居たアグニの爺さんの独り言。

 今度はそれなりの仕事をした汎用スキル『通訳』さん。

 だがそれも完全にではなく、一部は音の羅列のままであったが。

 俺にその独り言を聞かれたと判断したアグニの爺さんの狼狽えた様は、今まで見たこともない姿であった。


「ほら、お前ら。突っ立てないで行くぞ!」


「少し湿気も感じますね。間違いなく、この先でしょうか」


 先を急かすライアンと師匠とは少し距離がある。

 二人は熱源を探るように周囲に散っていた。


「カツトシ殿。何かあるにしても、この先じゃろうの」


「爺さん、やっぱり何か知ってるのか?」


「時が来れば、カツトシ殿だけには明らかにせねばならぬ。じゃが、まだその時ではないのじゃよ」


 アグニの爺さんは、いつになく真剣な表情でそう述べた。

 ただ、そうを俺に告げ終えると師匠たちに合流しようと歩みを進めた。



「これは何でしょうね? 古代語の文字と見慣れぬ文字が幾つか記されているようですが」


「注意書きか何かだろ?」


「え~と……先は……立ち…………入ること……を…………禁ずる? でしょうか」


 前を歩く師匠とライアンが立て看板らしきものを発見したようだ。

 アルミサッシ状の壁に触れていた俺と、俺に寄り添うように傍を歩むアグニの爺さんもそちらへと目を向けた。


「……カツトシ殿には読めるじゃろう? 読めるはず、何じゃがのぅ」


 俺にだけ聞こえるように囁いたアグニの爺さんの言葉。

 その言葉が無くとも、俺には読めた。読めてしまった。

 師匠が言う古代語の文字も、見慣れぬ複数の文字も。


 一番上に記された古代語と思われる横文字には、関係者以外立ち入り禁止と。

 そして、上から二番目に記された文字は英語で「staff only」と。これくらいなら俺にだって読めるからね!

 更にその下には日本語で「関係者以外立ち入り禁止」と書かれていた。


「読めたけど……いや、良くない! なんで……英語や日本語が? いや、その前に一番上の文字は見たこともないのに」


「そう大きな声を出すでない。彼らに聞こえては厄介じゃからの。それらが解読できることは彼らには伏せておくことじゃ。よいな?」


「爺さん。本当に、あんた何者だ?」


「他の何者かもしれぬがの。今の儂は儂じゃよ」


 俺の質問にアグニの爺さんはまともに答える気がないことは判った。

 時期が来れば答えると先程聞かされたのだ。それを待つしかないのだろう。

 だが、一番上の文字が読めることはこの際どうでもいいが、英語や日本語が書かれていたという事実は見過ごせない。

 確実に、俺以外にも日本人だけでなく、地球人の存在がある。若しくは過去にあったことの証明である。

 帝国の歴史に刻まれる先代勇者サイトウさん以外にも、その存在があったということなのだ!


「儂も色々と予定を端折って報告せねばならなくなったわ。カツトシ殿もそこに立ち会ってもらわねばならぬ。その時はそう遠くはなかろう」


「おい! 二人でこそこそ喋ってんじゃねえ。先に行くぞ」


「すまぬの」


「今、いく」


 一番上に書かれたいた古代語を読み解いた師匠もライアンも先に進むようだ。

 師匠やライアンにとっては、どこまでいっても遺跡探索である。

 俺にとっては最早遺跡探索どころではないし、アグニの爺さんの存在は謎でしかない。少なくとも俺の味方ではあるようだが、師匠たちにそれを知られたくはない様子が窺える。


「これはまた……大きな扉ですね」


「王城なんかの謁見場の扉よりも遥かにデカいな」


「ほう、見事なものじゃのう」


「そもそも、なんでこんなにデカい必要が?」


 立て看板の先に鎮座していたのは、それはもう大きな観音開きの扉だった。

 ただ、その扉は武骨で飾り気は一切見受けられず、ヘルド王国やラングリンゲ帝国の謁見の間で観た扉とは印象が全く異なるものだった。

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