第三百十二話
師匠が普段の落ち着きを取り戻すまでに、ライアンが飛び降りた衝撃で再度舞い上がった粉塵も晴れた。
落ち着きを取り戻した師匠が恥ずかし紛れに、俺のよりも遥かに光量のある光魔術を施せば、より広域に亘って映し出しされる光景には圧巻だった。
どうもやら、この地はフリグレーデンのような人工的な空洞ではないようである。
大小様々な瓦礫が偶発的にアーチ状に積み上がって出来た空間のようであった。
俺やアグニの爺さんと共に崩落したのも、アーチ最上部であった薄い部分と考えられる。
そして、気になることがもうひとつ。
「随分と暖かいですね。積雪が少なかったのもこの暖かさの影響でしょうか」
「それを今から調べるんだろ。でも今度は四人まとまって調べないとな」
「分散して調べるのは先の二の舞になりそうで怖いですしね。固まって行動しましょう」
地下に落ちてきたというのに随分と暖かい。
俺もリスラに手直ししてもらった防寒着を脱いだ。
手直しと言っても防寒着の胴体部分を細く絞り、それによって余った毛皮で袖を付けてもらったのだ。リスラは料理が絡まなければ本当に有能だと思う。
「にしてもカチャカチャ、カチャカチャとうるせえな! その鎧」
「仕方ないだろ、こういう造りなんだよ」
ライアンが指摘したのは俺の新品の鎧。スケイルメイルが奏でる非常に耳障りな音のことだ。
防寒着を脱いだがために、縫い込まれた鱗と鱗がぶつかり、音が出ている。それも俺の歩みに合わせて、カチャカチャとなるのだ。
ある意味規則正しい音ではあるのだが、俺自身も耳障りに感じている。
「ライアン。以前のこともありますし、カットス君には丈夫な鎧が必要なのです。今回は兜も作ったようですし、これが最善なのですよ」
「分かってはいるんだが、前のヤツでもいいだろ? 気になってしょうがない」
師匠がライアンを窘める。
それをいいことに俺は着替えるという選択をとらない。
新調する前に着ていた革鎧は関節部まで隙間なく皮で補強されていて、体から出た熱気や蒸気の逃げ場がなく暑い。
寒がりの俺は極寒の中であれば喜んで着替えただろうが、今のこの暖かな状況では着用したくない。何のために防寒着を脱いだのか判らなくなりそうだ。
「で、ライス殿。どこから調べて回るのじゃ?」
「怪しいのは大きな建造物ですが、近場から虱潰しにしていきましょう。大きな建造物に何もなければ、戻って来るのも手間になります」
「うむ、了解じゃ」
「ここからは僕が前を、ライアンとアグニ殿でカットス君を守るように進みましょう。後背は相棒さんにお任せします」
「ニィ!」
こうして本格的に地下遺跡の探索が始まった。
◇
「うーん? どこも外れのようですね」
「……兄さん、この熱の出所を追った方が早くねえか?」
平屋、二階建て、三階建て、五階建ての全ての建造物を隅から隅まで調べてみたものの、何の成果も上がらなかった。
「熱は地面から出ておるようじゃが……中心部が最も暑いようではあるの」
「ですが、あの建造物は一番小さく何もありませんでしたよね?」
「小さくて狭いんだ。もう一度調べるくらい簡単だろ、行こうぜ!」
「ああ、うん、そうだね」
最初に仕切っていた師匠が成果が上がらないことで考え込むようになると、ライアンが仕切り始める。
いちいち悩むよりもう一度でも二度でも調べろという、とても分かり易い方針に切り替わった瞬間だった。
「おい、爺! 壁の前でなに、固まってやがる?」
「小僧、少し黙っておれ……今、思い出しておるのじゃから」
「思い出す?」
「そうじゃった! 確かこの辺りに………………あったわい! これをこうして、こうじゃったような?」
――ガッ、ジィィィィィィ、ガッ。ポーンッ!
「おい、爺! 何やった?」
俺は見た。いや、ライアンも間違いなく見ていたからこそ、この反応なのだろう。
アグニの爺さんは、行き止まりにあった何かの金属でできた壁に手を触れていた。
俺の目にその仕草は、どこに何があるか判っていて探っているように映った。
そのような仕草を繰り返していると、エレベーターの昇降スイッチのようなボタンが壁面に突如現れた。
アグニの爺さんはそれを何の躊躇もなく、然も当然のように押し込んだのだ。
すると今のような不思議な音がして、何かの金属でできたような壁が自然に跳ね上がって奥に続く抜け道が現れた。
「儂の、いや――の知識も錆び付いてはおらぬようじゃ」
恐らくは独り言なのだろう。アグニの爺さんは小さく呟いた。
近くに居た俺の耳でも、一部は聞き取れないほどに小さな呟きであったが。
ライアンには聞こえていない。ライアンは興奮した様子で、アグニの爺さんが開いた壁を調べ始めているからだ。
「アグニ殿も遺跡探索の経験がおありなのですか?」
「あ、ああ、まぁの。これでまた進むことも可能であるようじゃ。ほれ、行くぞカツトシ殿」
師匠に話し掛けられたアグニの爺さんは少しだけ狼狽えたように見えた。
その様子に俺は少し引っ掛かるものを感じたのだが、新たな道が現れた以上は進まなければならず、疑問を呈することは控えた。
「ライアン、行きますよ?」
「あぁ」
「相棒。ライアンを」
「ニィ!」
ペタペタと壁に触れているライアンは師匠の呼び声にも上の空。
相棒にお願いしてライアンを確保してもらい、そのまま連れていくことに。
「階段ですね」
「更に地下があるようじゃの」
「熱もこの通路と階段を抜けてきているようです」
そう、この辺り一帯を暖かな環境としている熱は階段から昇ってきているようだった。ここまで進んできた通路と階段に篭る熱気は、建造物の外部で感じた熱よりもその温度が間違いなく高い。
崩落に巻き込まれて落ちた周辺の温度が二十二、三度であるとすれば、この辺りは二十八度くらいだろうか。
結構な距離を歩いたがゆえに額から汗が零れ落ちているのではなく、この熱気によって額にも体中にも汗が滲んでいる。
「儂は最後尾を行こう。ライス殿と小僧はカツトシ殿の前を行くがよい」
「ええ、そうします。ライアン、行きますよ」
「おう」
大人三人が並んでも余る幅の階段をやや乱れた縦一列となって降りていく。
遺跡探索は今や熱源探索とも言っても良い状態だが、これくらいしかこの遺跡を調べる指標がないのも事実。
俺自身も何のためにこの熱気が発せられているのか気になるので、調査方針に口を挟むことはしない。
ただ、この熱気が何かの排熱であった場合は更なる高温の中に自ら身を投じているのではないかと心配にはなる。
それはそれで心配ではあるのだが、今は別のことが気に掛かる。
それは俺の後ろで囁くような小声で呟く、アグニの爺さんの存在だった。
「……&%$#”!」
声というよりも、音の羅列として俺の耳は拾っている。
汎用スキル『通訳』がここまで仕事を放棄したのは初めてのことではある。
だが、爺さんの発している音の羅列が言葉であるというのは分かる。
なんとなくだけど、そう聞こえるからだ。




