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第三百五話

「……ちょっと生臭いな」


「こんなものじゃろう」


「オニングでは珍しくもない保存食の一つですよ。調味料に、というカットス君の意見には少し驚きましたがね」


 今日の俺は、ミモザさんがアグニの爺さんに預けたという海の魚の塩漬けを引き取りにやって来ている。臭いという事前情報を聞いたミジェナの姿は無い。代わりに、ここに来る途中で遭遇した師匠が付いてきていた。

 そしてミモザさんはこの塩漬けの匂いがどうにも苦手らしく、ミラさんの所に転がり込んでおり留守だという。


 樽は大樽と小樽の中間を成すサイズではあるが、大樽より若干小さい程度で結構な量の魚と塩が詰め込まれているだろう重みがあった。

 樽の栓を抜き、ちょっと嗅いでみた感想は少し生臭い。

 でも、腐っているという感じはしない。

 そこで樽最上部の箍を外してみると……


「うわ! 久方ぶりに見るな、これ」


「好きな人は本当に好きなんですけどね。僕は食べられなくはない、という程度です」


「儂はこの塩辛さと魚の風味が酒のつまみにちょうど良いと思うがのぅ」


 兄貴が魚醤テロを行った時も容器の中身は似たような状況であったことを思い出す。樽の中身は、あの時の半透明な樹脂製の容器と同様のことになっていると推測できた。

 


「この上澄みの脂と魚の皮や鰭などは処分します。相棒、吸い取ってくれ」


「ニィ!」


 兄貴の過去の言葉を基に、魚醤となる部分を確保するためには上澄みが邪魔だった。

 上澄みを取り去れば、その下には魚醤となる成分がある、はず。更にその下にはアンチョビーと似たような状態のものがあるはず、である。

 アグニの爺さんが酒のつまみに、というのは恐らくアンチョビーらしきものだろうと、俺は当たりを付ける。


「相棒、上から少しずつ吸い取って。……そうそう、その調子……そこまで!」


「浮いていたのは魚の皮や尾鰭などでしょうか? この黒っぽい汁が調味料になると?」


「はい、恐らくは」


「先程までの匂いに鼻が慣れてしまっておって、今の匂いがどういったものかようわからんの」


「僕にはやや匂いが強くなったように感じますが」


 師匠が指差す黒っぽい液体こそ、魚醤と呼ばれる調味料であるはず。

 兄貴から教えられている知識でしかないため、俺にもこれといった確証はない。

 当時、俺と弟はこの匂いから逃げ出していたために、知識としてしか記憶していないのだ。

 

「相棒。これ、このまま口に入れても平気か?」


「ニィィィ?」


「本当に大丈夫なんだろうな?」


「ニィッニィ!」


 いつになく怪しい回答をする相棒に不安が募る。

 さすがに、この塩分濃度で生存できる寄生虫もいないとは思うが、何分ここは地球ではない。例外的な存在がいないとも限らないのだ。

 現に、空飛ぶトカゲを俺は見ているではないか……。


「うん、このままは止めておこう。一応、熱を通しましょうか」


「このままでもイケそうな気はしますけどねぇ」


 師匠はそれで良いかもしれないが、俺は嫌だ。

 今まで寄生虫対策を施して、生野菜すら口にしていないのだからな。ここでそれを止める必要はないと判断した。

 ただ単に臆病なだけかもしれないが、発酵を止めるという意味でも加熱することは必要なのだ。そう、必要なことなのだ。


「先程吸い取った脂とこの魚醤。そして魚醤の下にある沈殿した塩分と魚肉で三層になっているはず、です。とりあえずは……相棒、適当な鍋に魚醤を移そう。沈殿している部分は爺さんのお駄賃に一部なら分けますけど?」


「おお、それは嬉しいのぅ。テスモーラで仕入れてきた火酒で一杯やるかの。どうじゃ、ライス殿?」


「ええ、ご相伴に預かりましょう」


 相棒が収納していた鍋に魚醤らしき液体を樽から吸い取っては吐き出し、移し終えた。

 そうして見えてきたのは沈殿した魚の残骸は、鯖くらいあるイワシっぽい頭部の魚。辛うじて俺の目に入った魚に頭部がくっついている、という程度。

 それも結構な量入っているのだが、皮や尾や鰭は跡形もなく溶けて最早存在していない。溶け出した部分の大半は脂の層に混じっていたからな。


「竈、借りますよ?」


「好きにしてよいぞ。儂らは早速一杯やっておるでな」


 沈殿していた部分も水を足して煮た後に何かで濾せば、魚醤に似たような液体になると兄貴は言っていた。

 そのままでもアンチョビーのような半分以上調味料みたいな扱いのつまみではあるからな。魚醤の消費量を実際に確認し、不足するようなら加工するのもありだろう。

 今のままでも十分な量の魚醤を確保できているのだから。


「ああ、そうだ。カットス君! 食料と防寒・戦闘装備を整えておいてくださいよ」


「へ?」


「ライアンも数日中には手が空くようですし、僕も外壁工事さえ終われば手が空きますからね。その後に遺跡探索に向かおうと考えています」


「対岸にはまだ雪が多く残っていると聞いていますけど……」


「それはカットス君の相棒さんが吸い取ってしまえば済む話でしょう? 最近は随分と暖かくなっていますから、そう心配せずとも平気ですよ」


「はぁ、わかりました。水は給湯器を持って行くとして、食料は適当に確保しておきます。でも、防寒具は……まぁいいとしても俺の戦闘装備はもう少し掛かるらしいですよ」


「今日言って明日に発つという訳でもありませんから、十分に間に合うでしょう。その辺りの詳しい日程は、また後日に相談しましょう」


「はい」


 雪は吸い取ればいい。そう言われてしまうと文句も言えない。

 寒いのは嫌だが、ここ最近の拠点の気候は小春日和。対岸はやや気候がこの周辺とは異なるようだが、著しく異なるとも考えにくい。

 そうである以上、断る理由がない。いいや、断れる道理が無かった。

 

「カットス君の新しい戦車でなら余裕でしょう」


「ライス殿。儂も護衛として参加してよろしいかの?」


「それは心強い……のですが、あの新型戦車に四人も乗れますかね? どうなのですか、カットス君?」


「後部アタッチメントを座席にすれば、乗れることは乗れますけど」


 やはり昨日の新戦車の試乗が原因か!

 あれで、師匠に目を付けられたのか?

 俺ももう少し暖かくなるまで、ぬくぬくと拠点で過す計画が……。

 どうやら、大き過ぎる墓穴を掘ってしまったようだ。


「では、アグニ殿も旅支度をお願いします。遺跡探索の成功を祈って、乾杯しましょう」


「うむ」


 浮かれる師匠とは相対的に、ほんの一瞬だけアグニの爺さんは普段の好い加減さが鳴りを潜めたように見えた。

 いや、見間違いか? 今は普段通り、言動の軽い爺さんになって酒を吞んでいる。

 あっ、いけね。魚醤が沸き立ち始めた。

 あまり火を通し過ぎて煮詰めてしまってもマズい。この辺りにしておこう。

 木匙で掬い、手のひらに滴を一粒落とす。熱いがこのくらいなら我慢できなくもない。


「あっ、うん。旨い。火を通したからか、思っていたより臭くない。何よりもこの風味、俺的にはアリだし」


「ニィィィ?」


「好き嫌いはあるかもしれないから、無理強いは出来ないけど」


「ニィ!」


 潮の匂いがダメな人には無理だろう。

 だけど、隠し味程度なら、鍋肌で焦がすように最後に数滴投入する程度なら、多少は誤魔化せるかもしれない。

 問題は料理担当者をどう口説き落とすか。タロシェルとサリアには受けが悪そうな気がする。

 リグダールさんに相談するしかない。

 あの人、酒呑みだし、絶対気に入ると思うんだよね。


「この火酒、魚の風味とよく合いますね! こういうのも偶にはありですね」


「そうじゃろう?」


「俺、火酒は舐める程度かソーダ割りしか飲めないんですけど、少し下さい」


「ふむ、そっちは出来たのかの?」


「ええ、これは十分に使えますよ。少し舐めてみますか?」

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