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第三百三話

 夕食を摂りに来た客が去れば、食堂はひと段落つけた。

 あとは警備のローテンションで夜勤の人たちがちょろちょろとやってくる程度だからだ。

 そういう訳で俺はやっと夕食にありつける。

 今日のおすすめが乗ったトレイを持ち、ライアンが座るテーブルへとやって来たのだが、なぜかアランの姿があった。


「アラン、何してんの?」


「僕には大して関係のない話だったのさ」


 深くは聞かない。面倒くさそうな匂いがしたので。

 アランとイレーヌさんの境遇を考慮すれば、ある程度だが憶測は出来てしまうのだ。


――ゴロンガラン


 木製のカウベルを取り付けた扉が鳴る。

 新たなお客さんがやって来たようだ。


「あれ? もう帰って来たんですか?」


「私たちが留守の間に地竜のシチューを出すなんて酷い仕打ちですよ」


「本当です」


 ミモザさんと愉快な仲間たち、もといキャラバンと護衛の皆さんだった。

 数日前にモリアさんの護衛も兼ね、テスモーラへと向かったキャラバンの第二陣。なのだが、随分と早いお帰りである。


「今回は前回積みきれなかった資材の引き取りと細々とした買い付けだけですから。テスモーラに逗留したのは一日で済みましたし」


「鍛冶師と魔王様からの頼まれ物を少し探した程度ですよ。しかし、あんな臭いものを何に使うおつもりですかね?」


「私はそんなに臭いとは思いませんけど……海を知らない方は苦手かもしれませんね」


「あぁ、例のアレか。海を知らない奴は潮の匂いがダメってのがそこそこ居るからなぁ」


 俺も日本で、学校で聞いたことはある。

 海の匂いが苦手という奴は稀に居たし、浜の匂いは平気でも磯の、潮溜まりの匂いがダメっていう奴も居たな。

 っと、こんな話が出るということは、だ。魚の塩漬け、魚醤らしきものは手に入ったようだ。で、ブツはどこか?


「それで、今はどこに?」


「お爺ちゃんが確保しています。キャラバンの皆も匂いがダメだから、布で厳重に包んでお爺ちゃんに持たせてたの。ひっくり返って零れたら大惨事だもの」


 見送りどころか、キャラバンが拠点を発ったタイミングも俺は関知していない。

 養蜂倉庫や宿屋の建築現場で手伝いをしていたし、建てられた後は養蜂倉庫に篭っていたからだ。


「あとですね。セメントの材料がテスモーラ中を探しても、少量しか手に入りませんでしたね。セメントの材料は南大陸からの交易品なんですが、ヘルド王国の国境封鎖の影響が如実に表れているものだと考えられます。他の交易ルートを開拓するにも、現在のムリアはジャガルに押さえられていますし、東国連合と帝国は国交がありません。何かいい手を考えなければ、帝国に出回っているセメントは枯渇することでしょう」


「すっぽんの養殖の話は保留されていますから、そう急がなくても」


「まあ、排水の浄化に問題があるもんな。お陰で俺が滅茶苦茶忙しいが、今更揚げ物抜きになるのは堪えられねえし、仕方ねえか」


 すっぽん養殖の話は保留というか頓挫していた。

 農地を含めた拠点全域を木柵で取り囲もうとすれば、先日買い付けた木材でも不足した。これは農地の開墾を任せたゴブリン族の三方の奮闘の結果、居住区を遥かに上回る土地の開墾が成ってしまったことに由来する。

 そしてすっぽんの養殖にも木柵若しくは鉄柵が不可欠である。危ないからな。

 だがそうすると木材の必要量が跳ね上がるため、農地を取り囲む木柵の内側に水路を建設しようと再計画された。ところが、今度はコンクリートの使用量が当初の予定を遥かに上回ることになり、水路の場所を再検討する必要が出てきた。


 また、肉料理主体の開拓団の食事事情に、俺が齎した揚げ物。

 使用後の油脂は燃料として蓄えられるのだが、調理器具や皿等の洗浄でどうしてもそれなりの油汚れが排水溝を流れることになる。もうひとつ理由はあるのだが、後述するとしよう。

 それは、ライアンが排水溝に埋めた汚水を浄化する魔具の処理能力を現在凌駕してしまっていた。連日、ライアンが排水溝に埋める魔具の増産にあたらねばならない程に。

 そのため、すっぽん養殖用の水路の建設位置が定まっていない。水路に油が流れ込むことを危惧したが故にだが、農地へと浸透してしまうこともまた懸念されている。


 その上、今回ミモザさんが告げた事実が更なる影響を齎すだろう。

 どうも、帝国内のセメント不足は深刻であるらしい。砂と砂利は俺が河辺で回収してくればいいが、根幹を担う材料が無ければどうにもならない。

 計画を変更して、それなりの規模の池でも作った方が無難かもしれない。

 明日にでもミラさんに提案しておこう。


「話は変わるのですが魔王様。宿の大浴場をお借りしてもよろしいでしょうか?」


「戻ったばかりなら体も冷えているでしょうし、構わないですよ。俺とライアンは後で入りますよ」


「シフォン。ここのお風呂は凄いのよ」


「そうなんですか?」


 宿には大浴場と呼ばれる大きめのお風呂がある。

 俺的には一般的な銭湯よりもかなり狭いので、頭に『?』が浮かんでしまうがこちらでは十分に広いらしい。

 男湯と女湯があり、給湯器も各十本ずつ設置されている。

 湯船も床もオール木製の風呂で掃除は非常に大変なんだが、木の香りのする風呂は気持ちが良い。

 ミモザさんがなぜ知っているかというと、建築当初に試しでミラさんやリスラと一緒に利用しているからだ。


「魔王様の作ったボディソープというのが凄いのよ。あなたも試してみればわかるわ。では食事前にお風呂、いただきますね」


「それは楽しみね」


 俺は来る日も来る日も頭を捻りながら、やっとのことで思い出した記憶の欠片。

 小学生時代に作った廃油石鹸の記憶の一部。

 廃油の入った鍋を火に掛けてから投入された何か。それは水酸化ナトリウムであったのような。そんな記憶を何とか引きずり出した。

 ただ、水酸化ナトリウムの化学式など覚えていない。ただ単にアルカリ性の水溶液であったことは覚えていた。

 そして『アルカリ』の語源を確か理科の先生が蘊蓄で披露したことがあり、それを思い出せたことは幸いだったのだが……。

 そこら中に生えている。若しくは生え始めている草を搔き集めて焼いては灰にし、木桶に貯めた水につっ込んで放置。

 ドーナツを揚げていた植物性の廃油に混ぜて掻き回すと徐々に濁っていき、それらしくはなったのだが……なぜか固まらなかった。

 たぶんだけどアルカリ成分がたりないのかもしれないと思い、何度か試してみたのだが今度は植物油が切れた。仕方なく獣脂の廃油を使い、繰り返してみたのだがこれも失敗。

 一向に固まらない失敗作ではあれど泡立つことは泡立つし、汚れもそこそこ落ちたのでボディソープと銘打って風呂に置いたのが始まりだ。


 但し、ボディソープが排水されたことが問題となった。

 ライアンの忙しさに拍車を掛けたことに疑いはない。当のライアンはボディソープの洗浄力に喜んでいたけれども。

 そこで俺はボディソープを封印しようとしたのだが、他の面々がそれを承諾しなかった。

 仕方なく、排水の浄化設備が整うまでは宿のみでの使用に限定し、大々的に開拓団へのお披露目は避けた。もし、利用されれば排水の処理が更に面倒になるのは見えている。

 今現在、宿の風呂を利用した者は極少数と限られている。快適な風呂環境を失いたくない面々は、事実を伏せてくれているから情報が漏れだしてはいない。

 仮に漏れていても作れるのは俺だけだ。失敗作ではあるけれども。

 二度と作らなければいいだけの話。

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