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第二百九十九話

 昨日、ミモザさん率いるキャラバンが開拓拠点へとやっと帰還を果たす。

 先行した俺たちに遅れること七日と半日。陽も沈み、夜の帳が降りた頃に。

 キャラバンの馬車に比べ、リドリーと相棒が牽いた戦車がどれだけ早かったのかが分かるというもの。


 一方、キャラバンが留守の間も開拓は順調に進んでいた。

 居住区の拡張は既に終わりを告げ、農地の開墾が始まっている。

 俺が拠点に戻った時点でお堀は完全に埋まっていた。

 相棒が取り込んだ土を放出した覚えはないのだが、綺麗に埋まり固めてある地面はどこまでがお堀であったかの見分けも付かないほど。

 現在、開墾を主導しているゴブリンさんたちの仕事であるため、何をどうしたらここまで綺麗に整地できるのか謎ではあれど、開拓が順調であることを後押ししていることは間違いなかった。


 ただ、問題があるとすれば……開拓拠点は北の向かって拡張していることだろう。そう、北になのだ。

 厩舎二棟と仮設宿屋をも取り囲むように居住区の領域が広がってしまっている。

 そこだけが取り残された状態であるとも言えた。


 そしてミモザさんとキャラバンが戻った以上は、不足していた小屋や宿屋と養蜂小屋の新築工事が始まることが決まっていた。

 と、なれば……拠点を訪れているお客さんたちの扱いも変わるということだ。


「帰還早々に申し訳ありませんが、ミモザさんにも参加していただきましょう」


「やはりこの時期の移動はやや早かったようです。馬の疲労を顧みずに夜間も移動し続けなければ、寒さに耐えきれませんでした」


「開拓団も拠点も多くの失敗を積み重ねながら、この土地ならではのノウハウを培うものです。今回の失敗も無駄にはなりませんよ」


「そう言って戴けると助かります」


 本来、雪で閉ざされているはずの道中をかなり強引に切り拓いてのテスモーラ行きだった。準備不足であったのは、何もすべてがミモザさんの責任ではない。

 事前の計算よりも少ない日数での往復が可能であったのだから、良しとするべきだろう。


「では改めて、お客人の所属を決定しようではないか」


 狭い仮設宿屋に集う面々は開拓団の主な代表者たち。

 村長ミラさんと補佐にリスラ。

 前者二名は勉強中ということで実質的な決定権を持つ師匠とダリ・ウルマム卿。

 拠点周囲の警備・哨戒を仕切るダリ・ウルマム卿の腹心ニカさんと、結成されてまだ日の浅い憲兵団の長フェルニルさん。

 拠点を訪れているお客さんとして、今にも俺に飛び掛からんとするベガさんと、緊張を隠せない様子のシフォンさん。お客さん枠のオブザーバーとしてモリアさん。

 あと、片腕のないベガさんを羽交い絞めならぬ、恰も子供を抱く母親のようにしているガフィさんはオマケだろう。立場が逆転しているが気にしたら負けだ。

 そこに俺とライアンの姿があるのには些か疑問がある。

 俺は一応は開拓団の代表ではあるから良いとしても、見た目が子供以外の何者でもないライアンの存在が否応なしに目立つ。当のライアン本人も、なぜ呼ばれたのか分かっていないらしい。


「現役の傭兵であるならば哨戒担当として警備団にいただきたい」


「憲兵団は今のところは補充を考えておりません」


「ガフィが憲兵団に引き抜かれる以上、キャラバンに補充願いたいものです」


「ふむ。モリア、見解は?」


「ベガは戦わせるには申し分ないでしょう。シフォンは一時期所属していた傭兵団で主計係を務めていた過去があり、ミモザの補助に回すのが適任かと」


「ではモリアさんの意見を参考に、お二人の配属としたいところですが。お二人の意見にも耳を傾けるべきでしょうね」


 聞くところによると、周辺警備のローテションは三交代制。

 ニカさんは少しでも多くの人員を確保したいのだろう。何たって、ダリ・ウルマム卿の夫人まで動員している現状なのだ。

 ガフィさんは元々憲兵団への異動が決まっていたため、フェルニルさんはそこには触れなかった。だが、ミモザさんとしてはキャラバンの戦力低下は避けたいところなのだろう。


「開拓団に参加させていただけるのであれば、仕事を選ぶつもりはありません」


「あたいは何でもいいさ。そこの魔王と戦えるなら!」


「……待て待て、ベガの相手にはちょうど良いのを見繕ってある。ライアン! 任せたぞ」


「呼ばれた理由はそれか! 俺は調整魔石の増産で忙しいんだぞ?」


 ライアンは本当に忙しい。養蜂小屋内ではひとりだけ火の車だ。

 開拓団では魔石消費量が多く、その理由は主に給湯器の利用にある。

 昨晩、帰還したばかりのミモザさんが持ち込んだ大樽いっぱいに詰め込まれた――魔物から取り出されただけの――魔石加工をライアンがひとりで行っている。

 ライアンしか分からない専門的な分野であるため、手伝おうにも理解できていない俺やミジェナでは邪魔にしかならず、何もしないことが正解だった。


「いやぁ、さすがに勇者様の相手はベガには厳しいだろ? ライアンなら背丈も近いし、ベガも素直に負けを認めざるを得まい」


「一発殴って終わらせるぞ? 滅茶苦茶な量の魔石があるんだからな」


「ハンッ、こんな小僧にあたいが負ける? ガヌよりも幼いじゃないのさ」


 キレ気味のライアンの言葉はベガさんの琴線に触れたようだ。

 ただ、ライアンがキレているのは持ち込まれた魔石の量に関してなのだが、ベガさんはそこに思い至らないらしい。

 そのお陰もあってか、俺に突き刺さりそうだったベガさんの視線はライアンへと向けられていた。


「フィ、あんたの剣を貸しな」


「母さん、やめとけって! そのライアンも結構な化け物だぞ」


「ライアン、大きな怪我はさせないように」


「大丈夫だろ? 鎧着込んでいるようだし」


 握った拳を打ち鳴らすライアンはやる気であった。

 面倒なことはさっさと終わらせようという魂胆だと思われる。 



 仮設宿屋と厩舎二棟を挟んだ細い小道が模擬戦の舞台となった。

 しかもどこから情報が漏れたのか、開拓の手を止めたギャラリーが多数取り囲む形である。


「どこからでも掛かって来な!」


「じゃあ、さっくり終わらせるぜ? 面倒だから一回でちゃんと負けを認めろよな」


「言うじゃないか、小便垂れが!」


 ベガさんは普段ガフィさんが背負っている大剣を手にしている。

 俺はこの大剣が抜き身なところは初めて目にするのだが、その見た目が文化包丁なのが凄く気になる。まさか、これも遺跡産ではないだろうか?


「何やら面白そうなことになっておるのぅ」


「親父、面白くも何ともねえよ。ま、勇者様とやり合うよか、幾らかマシな程度さ」


「俺じゃなくて助かったけど」


「本当に勇者様だったのですね。ガフちゃん、疑ってごめんね」


「信用してなかったのかよ、姉ちゃ。そんなことよりも! ライアン、手加減してくれるよな?」


「どうかのぅ? 吹き飛ぶのは間違いないじゃろうが」


「クド兄さまの二の舞となりそうですわ」


 面白半分で寄って来たのはアグニの爺さんとキア・マス。

 シフォンさんはのほほんとしているのに対し、ガフィさんはベガさんの心配で声が震えている。

 ミラさんとリスラは師匠とダリ・ウルマム卿の横で、ハラハラとしている模様。


「誰もライアンが負けるとは思ってないな」


「一撃ですわ!」


「魔術も禁止されておらんし、の。大振りしか出来ぬ大剣では小僧を止められぬわ」


「あの剣、一応は魔剣なんだが……」


 俺たちが雑談のような見解を述べている途中で、審判役のモリアさんの腕が振り下ろされた。

 試合開始、であるらしい。

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