第二百九十八話
俺の知ってるコロッケとは全然違う。
でも、これはこれで美味しいとは思う。
デカすぎる里芋は細かく刻んでから茹でるのではなく、蒸した。
蒸しあがって以降は、通常のコロッケ作りとそう変わらないから割愛したい。
「カットス君の作るものにしては随分とまた素朴な味わいですね」
「逆に言えば飽きがこない。俺は毎食出てきてもいいくらいだぜ」
評判はそこそこ良いんだけど、ソースがないのは痛恨だ。
身近にある調味料は塩と砂糖のみ。シフォンさんの影響で胡椒もあるにはあるけど、数はない。
でも、ウスターソースや中濃・とんかつソースの作り方なんて俺は知らない。
精々が肉汁を生かしたグレイビーソースくらいしか作りようがない。しかも、基本塩味の、だ。
トマトでもあれば少しは違うんだろうけど、そんなものはないのだ。
「細かく刻んだワイバーン肉がまた憎いですね」
「開拓団員向けには胡椒抜きでも十分だよ」
「芋の消費が増えますね。追加で購入を検討しなければなりませんが、植えるのもいいかもしれません。ゴブリンさんに相談しておきましょう」
「あっ、そうだ。薄力粉の、粘りが弱い小麦の種籾を少し分けてもらっているんでした。師匠、これもお願いします」
実家は農家ではないので、作物の扱いは正直わからない。
小学生時代の夏休みに朝顔を育てたのと、中学に入って植えた向日葵の生長を見守っていた程度の知識しか俺には無い。あとは精々が母のやっていた家庭菜園くらいしか知らない。
折角その分野の専門家たるゴブリンさんがいるのだから、頼るのは悪いことではないだろう。
「カラアゲとテンプラでしたか? これも中々ですよ」
「サリア、カラアゲはカツよりも簡単で楽だと思うの」
唐揚げって本当は片栗粉を塗して揚げるんだと思うんだけど、薄力粉で代用した。味付けも塩とライアンにもらったニンニクっぽい野草の根を使い、丼に入れて丹念に揉み込んだ肉は勿論ワイバーンのそれだ。
天ぷらの衣は薄力粉で十分なんだけど、味の濃いものばかりのメニューが多いこちらで受け入れられるか、正直微妙な感じだった。
それはどうやら俺の思い過ごしであったらしい。
養蜂小屋の周囲と言っても柵の外だが、そこに生えていた蕗の薹に似た植物の芽。毒がないことはライアンに確認済みのそれ。
蕗の薹独特の苦みも野菜の少ないこの時期に食べられるとあってか、子供たちとライアンにはやや受けが悪いものの、師匠やリグダールさんの評価は高い。
確かに酒のつまみにはちょうどいい感じではある。
俺は幼い頃からピーマンが好物で、それこそ蕗の薹の天ぷらは大好物のひとつ。ゴーヤのおひたしなんかも夏の風物詩として受け入れていた一風変わった少年時代を過ごしていたと自負している。
基本、食材の好き嫌いがないというだけだが、調理法によっては苦手なものはある。
「葉っぱを食っておいた方がいいのは分かるけどよ。これは苦くてダメだ。よく食えるな?」
「いやぁ、この苦みは癖になりますよ。火酒にも合いますし」
「カットス君の持っている白い葡萄のワインにもよく合いますね」
「このお芋もホクホクしてておいしい」
「ん」
その反面、芋の天ぷらは子供たちに人気があった。
「でも揚げ物が多ければワイバーンの脂はいつか底をつくでしょう。この際、植物の種を絞った油の購入も検討すべきでしょうか。ミモザさんに伝えておきましょう」
「獣油じゃなければ、ドーナツができるよ!」
タロシェルはやたらとドーナツに拘る。植物油不足が祟り、唯一上手く作れない品だからだろうか?
尤も、ワイバーン脂は風味が強い。これでドーナツを揚げるとご馳走になってしまう。
それはそれで十分に美味しいのだが、砂糖より塩の方が合う。そんなドーナツになってしまってもいた。
タロシェルの拘りの原因は恐らくはそれだと考えられる。
「師匠! 調味料ももう少し充実させられませんか?」
「個人で購入するならまだしも、開拓団に行き渡るだけの胡椒は無理ですよ。西大陸産の香辛料はジャガルが牛耳っていますからね。流通に掛かる費用と粗利で暴騰しているのが現状なのです」
「塩と砂糖以外に何かあれば、バリエーションは増えそうなんですがね。やっぱり無理か」
「カットス君は調味料を作ることは出来ないのですか?」
「……出来なくはないと言いますか、出来ればやりたくないと言いますか。海の小魚と塩が大量にあれば、出来るとは思います。でもあれ、癖が強いですから……苦手な人も出てきそうで」
兄貴の所為でほぼトラウマなんだけど、魚醤の作り方は分からなくはない。
樽に塩と魚を詰め込んで放置しておけばいいのだから、難しいことは何もない。
ただ、出来るなら本当にやりたくはなかった。
「海の魚ですか……塩漬けのものなら大きな街に赴けば大体置いてありますけど、あれはかなり臭いですよ」
水分が抜かれて干からびているやつなら、以前どこかの街で見た覚えは俺にもある。師匠が言う臭い塩漬けは樽から水分を抜いておらず発酵が進んでしまったもので、魚醤に近いか出来上がっているかのどちらかだろう。
勝手に発酵が進んでいるなら、俺が手を出す必要はない。ならば――
「師匠、それです。それを一樽だけ買い付けてください。その、何と言いますか、その魚の汁が調味料になるんですよ」
「正気ですか、カットス君? あれは本当に臭いんですよ?」
「それくらいしか、俺には思いつきません。どうしてもダメそうなら相棒が永久に封印します」
「わかりました。カットス君のお金でミモザさんが買い付けるということにしましょう。ただ、あまりにも臭いが酷いものなので、ミモザさんが了承するかどうかわかりませんよ?」
「そう、ですね。その場合は俺がテスモーラにもう一度出向くことにします」
自分で仕込むことの苦痛を鑑みれば、買ってきた方が早い。
それだけの苦痛を味わったのだ。兄貴の自室こっそり魚醤造りでは……。
「でも揚げ物ばっかりだね!」
「他にいい案はないの?」
「うーん」
「贅沢には限りがありませんからね。しかしそれでは今後の生活に支障をきたします。この辺りで抑えておくのが良いでしょう。ベガさんもシフォンさんも開拓団員となる日は近い。その後の生活を意識してもらうとしましょう。それに今後、この拠点を訪れる商人などは長期滞在などしませんよ。長くても、二日若しくは三日程度となる見込みでしょう」
「ならいっか。夕飯だけちょっと贅沢にして、朝と昼は普通のご飯でどう?」
「味の濃いものはいくら目新しくても飽きるからな。まして揚げ物ばかりじゃな」
「食後の菓子の組み合わせで誤魔化しましょうか?」
「それが無難なところでしょうね」
「ん」
ミジェナの頷きで結論が出された。
朝食はクロワッサンかディニッシュと野菜たっぷりのスープに、ワイバーン肉の焼き物。飲み物は基本ホットミルク。
昼食はタロシェルが焼く普通のパンと朝と被らないタイプのスープ。そしておやつ代わりに食後に何かしらの菓子が一品。お酒の提供は昼以降とされた。
夕食にはクリームシチューと揚げ物の量多めとして、こちらも食後に昼と被らない菓子が提供されることになった。
基本はそれで、飲み物等の追加はお客さんの希望に沿う形となる。
「開拓団員の利用は宿の建物を新築して以降となっています。宿に併せて食堂も開くのはどうでしょう? 今なら従業員は適当に見繕って構いませんよ」
「警備団や稼働したばかりの憲兵団が利用することが主ですかね。他にも食事を作る手間を惜しむ者は少なからず居ますから、十分な利益は見込めるかと」
「職人たちはその傾向が強いだろうな」
「一階を食堂にして二階を宿に、という定番ですか。ありっちゃありなんだろうけど、資材足りますかね?」
「冒険者ギルドの出張所が出来上がるまで、ミモザさん自身は開拓団付きの商人という扱いです。今の内にこき使っておきましょうか。使い潰すつもりは毛頭ありませんが、ある程度の利益供与があれば彼女にも否はないでしょう」
「ここのオーブン小さいから宿に大きな窯を付けてくれたら引っ越すよ?」
「常駐する従業員向けの家屋も併設ししまいましょうか。忙しくなりそうですね」
師匠が食堂の開設などと余計なことを吹き込んだため、会議が終わらない。
いや、一転して終わりが見えなくなった。




