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第二百九十五話

「これはまた……何がどうしてこんなことに?」


「…………ん」


「グ……グゥ」


 俺とミジェナとグーは養蜂小屋だった小屋の前に、ただただ立ち尽くすしかなかった。

 かつて養蜂小屋だったその建物には馬車の幌が掛けられていた。屋根全体と壁の一部が存在しないが故に。


「ウルマム夫人にライアンを呼びに行ってもらっています。事情は本人から、というのが適切でしょうが寒い中待ちぼうけというのもなんですし、僕が簡単に説明します。

 まず吹き飛んだのは屋根と竈が設置してあった付近の壁二面ですね。レッドハニービーと巣は何とか無事でした。ベッドも少々壊れてはいますが原型は留めていると思われます。まあ、それ以外は全滅に近いと言いますか、住人でない僕にはそれ以上はわかりませんがね。

 原因はあの投槍のようです。ライアンが一本だけ確保していた投槍の分解をしている最中に起こったと聞いています」


「あぁ、室内でやったのか……。で、揮発した液化水素に引火したと、アホだろ!」


「着火石と発破粘土を取り除けば問題ないと判断したようです。カットス君、樽の中に一体何を詰めたのですか?」


 なるほど。

 水素の性質を理解していないのは何もライアンだけではない。師匠もなのだ。

 やっちまったのは俺だ。きちんと説明しなかった俺が諸悪の根源だった。


「あれは火に近付けてはいけない液体です。まして蒸発した気体が篭る室内でなど以ての外だ。それでライアンを呼びに行ったということは無事なのですか? というか、あの槍は俺が全部回収したはずなのですが?」


「そんな危険なものだったのですか。むしろ、この惨状には納得ですが。

 どうもライアンはこっそり一本を確保していたようです。問い質したところ、空間魔術を施した革袋を所持していました。その中に隠し持っていたようです」


 空間魔術と聞いて一番に思い当たるのは相棒だが、それだけでもない。

 ノルデから帝都に至るまでに乗った高速馬車もそうだったはずだ。いいや、相棒のは空間魔術の上位互換時空間魔術であるとされる。

 室内がやたら広々としていた高速馬車の方が、この場合は適切だろうな。


「咄嗟に結界魔術を張ったらしく、少々の火傷で済んでいます。爆発そのものも投槍の使用時に比べ、幾らか減衰していたようですし」


「まあ、確かに。水素が程よく抜けていた可能性はあるでしょうね。でなきゃ、この辺り一帯が吹き飛んでいても不思議じゃない」


 でっち上げに近い樽の精度が悪かったのか、そもそも高圧ガスを入れるには限界であったのか。

 抜けていてくれたことでライアンと蜂たちが無事であるというのは、幸い以外の何物でもない。樽の精度が良く水素が全く漏れ出していなかったら、本当にライアンも蜂たちも生存が危ぶまれるどころの話ではない。


「これは回収して、同じ位置に置きますね。頼む」


「ニィ!」


 二段ベッドだったものと木片や石片といいた瓦礫が飛散する小屋は『収納』し、瓦礫で埋まりかけの排水溝を掃除してから最後の小屋を配置した。


「帆布は返却します? この大きさだと結構な重量がありますけど」


「戦車に流用した馬車の幌ですし、カットス君の方で管理してもらっても構いませんよ。今後、何かの役に立つかもしれませんし」


 相棒のお陰で本当に大した労働ではない。その対価として大判の帆布が貰えるなら儲けものだ。


「よう、帰って来たのか? 悪いな、こんなになっちまった」


「ライアン。無事でよかったけど、よく無事だったな?」


「髪が半分以上焼け焦げちまって、足に火傷を負ったくらいなもんだ」


 すっきりと短髪になったライアン。これはこれで似合っている。

 ちらっと見せた足の火傷も、小さな水膨れがあるだけで重度の火傷ではない様子に安心する。重度の火傷ならそもそも歩けはしないだろう。


「もう新しい小屋になってんのな。あいつらも呼ぶか。ピィィィーーーー」


 口に指を二本突っ込んだライアンは、いつになく高音の指笛を鳴らす。


「蜂たちはどこに?」


「パン焼き小屋ですよ。タロシェルとリグダールさんも慣れていて、一切外に出さないとという条件で周囲の住人の理解を得ました。タロシェルがやっと作れるようになったクロなんとかいうパンと引き換えに、ですがね」

 

「ならあれは良いんですか? 一切外に出さないという条件を大幅に逸脱しているような」 


 扉を開いたのはタロシェルかリグダールさんか判断できないけど、蜂たちが飛び出してきている。いや、もう、そこまで来ている。最も後方を駆けるのはブーか?


「あのパンは随分と美味しいですからね。今はもうその辺りは曖昧になっています。蜂たちも刺激しなければ大人しいものだと開拓団員も理解し、必要以上に恐れ警戒する意味はないと。あの蜂たちもまた開拓団員の一員なのですから」


 こう言っては何だが、物凄く現金な開拓団員たち。

 容易く食い物で釣られ過ぎだろ。


「クロワッサンが食えなくなると暴動が起こりそうだぞ? 俺はディニッシュというヤツの方が好きだけどな」


「クロワッサンもディニッシュも宿の利用客向けでないと、あれだけのバターとクリームを使うことは厳しいですよ」


「そのことなのですが、子牛が何頭か生まれてはいます。牡は様子見ですが、牝には期待が掛かります。子供が生まれたので乳の出は今まで以上に期待できるでしょう」


 俺もこっちに来て、開拓団に参加して初めて知ったのだけど、子供を産んだ母牛しか乳を出さない。それも期間限定でだ。無精卵を生む鶏とは扱いが違う。

 ただ、一定間隔で子供を産んでもらわないと乳が採れなくなる。

 まあ、既に開拓は始まっているある程度までなら多少増えても問題にはならず、パンやバターを特産品と位置付けた開拓団にとっては理想的ではあるだろう。


「おおお? お前たちか、見分け付かないんだよ。まあいい、早く入れ、寒いだろ」


 働き蜂の二匹が俺に突進してきた。相棒は相手が知己の虫だけに無視したらしい。

 蜂たちは小屋に入れる必要はあるが、ライアンには聞いておかねばならない事柄がある。


「ライアン。もう隠し持ってないよな?」


「ああ、もうない。どういう理屈であれだけの破壊が起こせるのか、気になってしまった。動機はそれだけだ。悪かった」


「わかった。で、巣はどこにある?」


「パン焼き小屋の奥だ。パン焼き小屋も一部は端材や吹き飛んだ瓦礫を搔き集めて増築されている。少しだけだがな」


「じゃあ、師匠。俺は巣を回収してきます。あと何日かすればミモザさんも到着するでしょうし、忙しくなる前に養蜂小屋に防寒対策を施さないといけませんし」


「土壁ですね」


 何か忘れているような。

 そんなどこか喉に刺さった小骨のように心に引っ掛かるものがあるのだが、それが何かわからない微妙な想い。物忘れが酷くなるような歳では決してないはずなのだが、最近はこういったことがよくある。

 まあいい、とりあえずは巣を回収して来よう。


「ライアン。ミジェナとグーブーは任せた」


「ん、一緒にいく」


「いや、巣を取ってくるだけだから」


「ん、ガヌのおかあさん」


「ああああ! それだ! 思いっきり忘れてた」


 そういや、ガヌが困惑してたな。シフォンさんしか確認できず、ベガさんの姿が見えないのだ。そりゃそうだろう。


「ベガさんを解放してから巣を回収してきます。女王蜂も居残っているみたいですから、急ぎます」


「ん」


「ライアン。次に何か仕出かしたら、ミラに真実を明かしますよ。少しは自重するように」


「う、わかったよ。兄さん」


 もう打ち明けちゃいましょうよ、師匠。

 ライアンのことを隠すのは面倒なんですから。

 何より最終的に打ち明ける時に、ミラさんが荒れるのは間違いがないとも思う。

 絶対に八つ当たりの被害に遭うであろう俺の身にもなって欲しい。

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