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第二百九十四話

 幾ら予想を超える速度が出ていようとも、テスモーラ-開拓拠点間は一日で辿り着ける距離ではなかった。それでもスライム触手の風防で最低限の防寒は可能であったがため、野営無しで拠点へと進み続けようと満場一致で選択された。

 無論、老齢馬のリドリーだけに負担を強いるつもりはなく、年中無休で俺を補佐する相棒の出番と相成った。

 太陽が昇るまでの間、リドリーを『収納』した相棒が戦車を漕ぐ。走るというよりも漕ぐという表現の方が適切なのは、凍り付いた地面を掻く動作を見ればわかるだろう。

 相棒は農耕馬のリドリーと違う。誰かが手綱を握っている必要はない。ミートに戦車の進行を委ねている時よりも安心感は上だ。

 仮にどこからか街道内に魔物が入り込んでいようと、相棒が捕捉できてしまえば丸呑みなのだから。

 ただ一つ問題があるとすれば、その進行速度はリドリーに劣った。

 相棒の触手は雪が降り続ける間に四本に戻ったとはいえ、まだ四本でしかない。

 地面を掻く二本の巨猿触手と風防を担う一本のスライム触手。フリーになったのは残すところ一本の触手のみでは、滑る戦車の制動を担うには荷が重かった。

 ゆえに進行速度は昼間を担当したリドリーよりも遅かったのだが、それはまあいい意味で作用したとも言える。

 理由は未明に姿を現した非番の警備隊――元軍人と元冒険者の混成チーム――が御する馬車。彼らもミモザさんの救援要請を受け、無理を押しての夜間行軍となっていたのだ。

 相棒は半径約三十メートルの射程範囲を視線に頼らない何らかの方法で知覚できる。ただ、黒いワイバーンの時と同様に知覚範囲への侵入速度が速ければ速いほど、その知覚が遅れてしまう。

 今回はこちらも制止しているわけではない。進行し続ける戦車と馬車である。

 もし相棒が昼間のリドリーに負けない速度出していれば、相対速度と双方が即席街道の中央を走っているため、正面衝突待ったなしであったことだろう。


 俺はその時には交替で眠っていたので詳細はわからない。

 だがモリアさん曰く、事前に察知した相棒が触手を伸ばして馬車を跨いだとか、なんとか聞いている。その瞬間、偶然に馬車の御者の表情を目撃できたらしいモリアさんは、いい意味で慣れていたのだろうと続けた。

 俺も開拓団員も様々な意味で慣れている。それもまた功を奏したのだろう。


 そうして進み続ける戦車は夜明けを迎えた。

 『収納』していたリドリーを放出した際にそれ程の混乱はなかった。

 即席の街道は行けども行けども景色にほぼ変化はない。道と左右に聳え立つ積雪の壁しかないからだ。

 そういった理由もあり、リドリーは混乱せずに済んだのだろう。


 戦車の脚をリドリーに交代したのだが、リドリーは相棒に『収納』されていたことを思えば全く休息を取れていないはずだ。

 だから、彼にはゆっくりと歩いてもらった。

 ミートと同じ青毛であるリドリーは、ミートに比べると体躯はやや大きいものの、毛艶の圧倒的に劣る。老齢であるという証なのだ。

 無理はさせられない。という理由もあるが、戦車は弧を描くような大きなカーブの軌道に入っていたのだ。

 拠点の南出入口は養蜂小屋で塞がっており、この戦車も北出入口から出発している。そしてテスモーラは拠点の南東に位置するため、拠点を迂回しての出発となっていた。


「――ピョロロロロロロロロロロロロロ」


 雲一つない青空の拠点上空を旋回していたシギュルーが戦車を見つけたのだろう。

 聞き覚えのあるその鳴き声はシギュルーのものである。

 やっと帰って来たという思いよりも、やっと寒さから逃れられるという思いの方が強いのは、それだけ寒さが厳しいことの現れだと思いたい。



「おかえりなさい、魔王さん。いらっしゃいませ、お客人」


「ん」


「ミジェナもよく帰って来た」


 北門番を務める警備担当の迎えを受ける。スルーされたミジェナが少し拗ねたが問題はない。


「初めましてお客様とモリアさん。おかえりなさい、カットス。

 戻ってきて早々に悪いのだけど、お客様を迎える小屋を、その辺りに置いてもらえるかしら」


「おぉ、モリア。ミモザ殿の書で視察と伺っておるが、この開拓拠点は秘匿せねばならぬ事柄が多い。よって居住区への出入りは禁止させてもらう」


「ですが、公式には初めてのお客様でもあります。開拓団は皆さんを歓迎しますよ」


「あれ? モリアとそちらのお嬢さんだけなの? ベガは?」


 北門を通り抜け、そのまま戦車で進めば開拓団重鎮による歓迎を受ける。

 歓迎されているのはモリアさんとシフォンさんで俺には早くも仕事が振られていたが、今は少しでも温かな環境に身を置きたいのは皆同じ気持ちである。

 そこえ――


「こら、待て! あぁ失礼、皆様方。やめろ、お肉」


「ブルアァ」


「ミートを止めろ、相棒」


「ニィィ!」


 厩舎を飛び出したミートが駆け込んできた。いや、ミートを追う飼育員も遅れて全力疾走で。

 今まで見たこともない荒ぶるミートは、相棒が止めなければリドリーを前脚で踏み潰していただろう。

 相棒はミートを押し出すようにリドリーから距離を取らせつつ、その首筋を優しく撫でていた。


「カットス、さっさと降りなさい。お肉はきっと嫉妬したのよ。ほら、あなたも撫でてあげなさい」


「カットス君の戦車を牽くのはずっとお肉でしたからね」


 そのそもミートを置いていったのは俺の判断じゃない。ミモザさんの采配だ。

 まあ、でも俺が他の戦車に乗ることに怒りを露わにしたところは理解できなくもない。ただなあ、こんなに怒るとなれば、今後の戦車運用もどうなることかと頭が痛い。


「お前も気が強いなぁ。ミラさんとリスラに負けず劣らず」


 俺の周りには何故か気の強い女性が集まる。本当に不思議だ。

 ミートの鼻筋を撫でながら相棒に指示し、二棟ある厩舎の小道を挟んだ正面に『収納』してある小屋を配置した。堀に向かう排水溝は既に掘られていたことを思えば、俺が小屋を配置するのを待っていたのだろう。

 そして俺は自身の失敗を悟る。かまくらを掘ってその中に小屋を置けば良かったのではないかと……。さすれば、寒さはもっと凌げたに違いない。


「小屋まで入っているとか何の冗談だ」


「……」


「モリア、驚くのは後にでも出来よう。この小屋は客人向けの宿となる予定でな。しばしの間、お主たちの滞在する場所となる。宿の従業員もそろそろ来るはずであろうが」


「ママ!」


「サリア!」


「ゲェッ、シフォン!? ……てことは母ちゃんもいるの? どこ?」


「ガヌ君なの? また大きくなって」


 寒空の下、感動の再開が繰り広げられる。

 落ち着きを取り戻したミートを飼育員に預けた俺と、戦車を降りてきたミジェナはどうしていいものかと困惑を隠せない。早く、暖かな養蜂小屋に帰りたいのだけど。


「あぁ、カットス君。重大な問題がありまして、ね。養蜂小屋の、その付近にも小屋を設置していただきたいのですよ」


「そうなのよ! うちの婿がね。やっちゃったの!」


「な、なにを?」


「ここからでも見えるでしょう。あの有様なのですよ。ライアンを一人で放置することを危惧してはいたのですが、早速やらかしましてね」


 雪はもう無いはずの拠点。その遠い位置に白一色の小屋がぽつんと立っていた。

 なんだ、あれ?


「ミラ、僕はカットス君を養蜂小屋跡に連れて行きます」


「はい、父上。そちらはお任せします。こちらはウルマム卿と私にお任せください」


「では行きましょうか。近くで見れば、よく分かるでしょうし」


「ミジェナ、行こうか?」


「ん」


 師匠の言い回しからライアンが何かやらかしたらしい。

 それを確かめに行く。

 やっと帰って来たというのに、寒さを堪えるのはまだ続きそうな予感がひしひしと感じられた。

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