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第二百九十二話

 かまくらで野営するなんて何の冗談だろうか?

 俺もまさか、ミモザさんが本気で言っているとは思わなかったんだよ。


 聳え立つ積雪の壁に挟まれた道は、開拓拠点とテスモーラのみを結ぶ街道だ。

 正式に敷設された街道ではないがこの時期に限るのであれば、十分に街道と呼べるだろう。その理由は積雪を排除した地面が固く凍っているからに他ならない。

 人が歩くのには向かない凍った地面ではあるものの、体が大きく重い農耕馬とそれ自体が重く頑丈な鉄製馬車の組み合わせであったがため、その理屈が通じてはいた。


 そんな冬限定での即席街道での復路。

 道の左右には聳え立つ雪の壁がある。

 三メートル強はある積雪の壁をただひたすらに掘る、掘る、掘る。そしてぺちぺちと叩き固める。

 ここまでして、人と馬が収まるかまくらが四カ所完成した。

 小分けにしたのは、全員が入る大きさの穴を穿つと崩れそうだったから。


 但し、一番の問題は熱源の確保にあった。

 アグニの爺さんが借りてきた七輪のようなコンロは一個しかない。

 魔術で火を起こせるのは俺とミジェナだけ、アグニの爺さんは結界魔術しか使えない。それにミジェナはまだ細かい制御が苦手で、火力を調整できない。


 そうなると自然、矛先は俺へと向くわけよ。

 でもね、俺だって火の魔術は苦手なの。指先が熱いから!

 凍えるほど寒かったり、火傷しそうなほど熱かったりともう大変だよ。

 

「消えない内に薪をくべるとか、火の管理は各々でお願いしますよ」


「地面の氷が融けて火が消えてしまわぬよう、十分に気を付けねばならぬの」


「哨戒に立つ代わりに火の番を、ひとりずつ付けましょう」


 昼間ならシギュルーみたいな鳥の魔物は見掛けることはあるが、襲われてはいない。そして、即席の街道となっているこの道も魔物との遭遇は今のところない。

 青空は見えているが、開拓拠点とテスモーラを結ぶトンネルのようなものなのだ。分厚い積雪の壁を破壊しない限り、魔物も侵入できはしない。


「シギュルー。明日の朝で構わないので、これを拠点に届けてください」


「ふむ、手紙か。ライアンに届ければよかろう」


「クルゥ?」


「お客様がいらっしゃるので、先触れですね。でもライアンは養蜂小屋から出て来ないでしょうし、警備の方に渡してもらえれば十分ですからね」


 ライアンは俺ほどの寒がりではないものの、何か用でもなければ極力表に出ようとしなかった。まず間違いなく養蜂小屋に引き籠っていると思われる。

 そうなれば、シギュルーは蜂たちと相性が悪く、養蜂小屋には近付くことが出来ない。だから、ライアン以外の誰かに手紙を届ける方が無難だろうな。

 先触れの代わりであることを考慮しても、ライアンに渡す必要はないわけだ。


「ミモザさん、食料も薪もそう多くはない。肉は腐るほどあるんですが……火がないとどうしても」


「それも含めての手紙です。明日シギュルーが届けてくれたら、誰かしら迎えに出てきてくれるでしょう」


「準備が多分に不足しておったようじゃな。食事はほぼカツトシ殿持ちじゃろうて」


「お爺ちゃんがその袋を貸してさえくれたら……」


「これは儂のじゃよ? 大して入らんし、サリアのサンドイッチが二三日保つ程度なんじゃ! あ……」


 アグニの爺さんが後ろ腰に付けている革袋。

 何かと思えば、ライアンが黒いあんちくしょうの亡骸を収めていた袋によく似ていた。絶対にありえない量が入る不思議な袋なんだけど、相棒ほどには反則ではない。


「おい、クソ親父! 今、サリアがどうこう聞こえたんだが?」


「サンドイッチ隠してたのか? サンドイッチはあの娘が一番上手で、警備の差し入れでも毎回奪い合いになるんだぞ!」


「これは儂の明日の朝食じゃからの。モリアたちは開拓地の宿で出来立てが食えるはずじゃし、今は食わん方がええ。ベガの娘はカツトシ殿に頼むが良い」


「む……」


「いや、さすがに勇者に集るのはダメだろ。諦めよう」


 アグニの爺さんの苦しい言い訳に素直に従うモリアさん。

 ガフィさんは白虎な見た目と違い、普通に常識が備わっているのは俺も知っていた。その上、やっと普段通りのガフィさんに戻ったらしい。

 やたらフレンドリーな運動部の先輩みたいなノリは鳴りを潜めた、とも言える。

 でも、それはそれで寂しくもある。



「グゥ」


「ん、グー」


 昼間、魔王に手を引かれていた女の子が見慣れたソレと親しく接している。

 つい先程までこの空間の焚火を看ていた女の子が、だ。


「なんで? スモールラビが? あの子、何してんの!?」


「ああ、お客人は知らねえだろうがな。あのラビはライアンが連れてきたんだ。拠点に着けば、もっと驚く魔物もいるけどな。ハッハッ」


「シギュルーがロック鳥なんだ。ラビぐらいで驚いてちゃ、キリがねえよ」


 ロック鳥? 確かに鷲みたいな大きな鳥が馬車の上に佇んではいたけど、あれがそうなの!?


「魔王様もライアンもやりたい放題だからな。お客人も腰を抜かさぬよう、気を付けな」


「子供たちもだ! テスモーラの職人が焼いたパンより、タロシェルの焼いたパンの方が遥かにうまい」


「あぁ、やっぱり? タロシェルのが一番よね」


「ん、先生のが一番」


「そりゃそうさ、一番は魔王様だ。偶に変なモノが混じるけどな」


「蟹の甲羅酒だろ? あれ、土を吐かせたら旨くなるらしいぞ」


 なんだろ? この内輪話。

 全然入り込めないし、共感できる話題もない。

 無口っぽい女の子にも劣る私って……一体。


「グゥ」


「ん」


「え、なにこれ? 砂糖の塊? これを与えろって?」


 糖蕪の搾りカスじゃなくて、砂糖の塊。

 私が買うのを躊躇したものを、スモールラビに与えろって言うの?

 

「グゥ」


「くすぐったい。柔らかくて温かいのね、アナタ。もうひと粒もらってもいい?」


「ん」


 首に布を巻いたスモールラビに与えた砂糖の塊。

 でも、もうひと粒はリドリーにあげたい。タダでもらって何だけど。


「リドリー。小粒だけど、ちゃんとお砂糖よ」


「フヒッ」


「火は怖いでしょうけど、大丈夫よ。もう少し近くにいらっしゃい」


 開拓団の馬も何故か農耕馬で、リドリーは気負うことなくその中に混じっていた。年功だけなら、リドリーが最も上だろう。

 リドリーですら馬の中に入っているというのに、私ったら……。


「こら、ミジェナ! ラビは体が小さいんだから、砂糖の与え過ぎはダメだといつも言ってんだろ?」


「……ん」


「シギュルーもレバーばかりじゃなく、苦そうな膵臓っぽいのも試しに食ってみ?」


「クックルゥゥ?」


「魔王さん、話し合いは終わったのか?」


「明日一番でシギュルーに拠点への手紙を持たせます。こちらは迎えが来るのを期待して、進行するとのことですね」


 魔王。

 丁寧な口調で腰の低い態度は、魔王の噂とはチグハグなそれだ。


「シギュルーが食ってんの、なんだ?」


「……スンスン。あぁ、この匂いは地竜の肝臓ですね。たぶん、焼けば食えると思うんですけど。相棒、このくらいにスライスして鍋と一緒にちょうだい。誰か塩持ってます?」


「塩なら私が!」


 あっ! つい、話し掛けてしまった。

 リドリーに与えたお砂糖のお礼にしたら微妙だな。私が所持しているお塩は岩塩で、海のお塩に比べたら安物なのだ。

 でも、西大陸で入手した胡椒がある。

 今は都合よく義姉さんは居ない。これを少し持ち出そう。


「シフォンです。胡椒も少しならあります」


「ヤマダカツトシと申します。ありがとうございます。でも、胡椒は高価なものでしょう?」


「先程のお砂糖を分けて戴いたお礼もありますし、平気です」


「わかりました。では毒見が済み次第、ご一緒してください」


「はい、ぜひ」


 胡椒は確かに高価なものだ。

 だが……魔王は何の内臓だと言った? 私にはドラゴンと聴こえたのだが空耳か?

 胡椒と引き換えにドラゴンを食せる。対価として、果たして釣り合いが取れているのかどうか?


「シギュルー、鍋に並べたのをつつくな!」


「魔王さん、ワイバーンの肉もあるよな?」


「殿下とライアンの味覚が狂った元凶か、少し怖いな」

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