第二十八話
「あっ」
皇帝陛下はステータスプレートの確認を終えると俺へと返却された。
鞄にしまおうとした際に、新たに加筆されていることに気が付いたのだ。
最後に確認したのはいつだったか、スライム退治の報告以来だろうか。あの時にはこのような記載はなかったはずだ。帝都までの道中も街道を進むために魔物との遭遇は余りなく、あっても護衛の人たちが対処するために俺や相棒は一切手を出していなかった。
それなのに『譲渡』と『分岐1』という加筆がされていた。勿論のこと、ユニークスキル『触手』の下部に、だ。
「どうしたの、カットス?」
「ほら、ここ。また加筆されてる」
ミラさんにステータスプレートを指さしながら見せた。
何が進化のトリガーなのか? 何もしなくても進化する、とか? 何かが蓄積されているけど、整理に時間がかかるとかだろうか?
「どうされた、勇者殿?」
「ああ、またですか。閣下、カットス君のユニークスキルは成長進化型なのです。汎用スキルでの事例は周知されている、かと」
「なんと! 誠か、ライス殿。しかしユニークスキルでの成長というのは、寡聞にも耳にしたことは……」
「僕も拝見しますよ。『譲渡』に『分岐』ですか。相変わらず、わかるようでわかりませんね」
そう、師匠の言うように言葉としては理解できるのだが、実際に観ないと何とも言えなかった。『譲渡』は更に意味不明だが、『分岐』に関しては想像がつくかも。
「俺みたいなのが考えても意味が分からねえや。とりあえず交渉事が済んだら、狩りにでも行こうや、今代の勇者殿」
「陛下、あなたは忙しいのですからダメですよ。確認は勇者殿にお任せするとして、報告だけで十分でしょうに」
「俺だってまだ遊びたい盛りなんだよ。ちょっと位、良いじゃねえか! 色街に遊びに行くわけでもあるまいに、健全だろ?」
「ダメです。書類仕事が今もまた山のようになっているでしょうからな」
「……」
何やら帝国のダメな部分を見聞きしてしまった気がするが、ここは何も知らないふりをしよう。
「書類仕事ですか……、アレは確かにツライですな。お気持ちお察しいたしますよ、陛下」
師匠も遠い目をしていらっしゃる。先の自己紹介だと、師匠も貴族らしいし、仕方のない部分があるのだろう。そうするとミラさんは伯爵令嬢になるのだろうけど、とてもそうは見えない。俺の考える貴族とはまた別の何かなのかもしれない。
大体、日本人の庶民たる俺に貴族など理解できるわかがない。そんな教育は一切受けていないのだから。
「進めましょうか」
「ええ。では、少しこの国の歴史から、叔父上」
「時は戦乱、群雄割拠の時代。国と呼ぶには小さなものが乱立していた時代のことでございます。
我が国の祖、ラングレシア王国は戦乱の最中に於いて専守防衛を旨にした国家でありました。周囲の国家が入り乱れるように覇を競っている中、当時の王は難民の受け入れに尽力していたと記録されています。
敗戦国から逃亡した民や無理な派兵で崩壊した国の難民を受け入れたそうです。民を食わせるための食料は防衛を旨にしていたこともあり、多少の余裕があったのでしょうが、それでも切迫してまいります。
開拓団を組織することで口減らしと新たな食糧の確保を兼ねるという、何とも強引な政策が執られました。しかし、これが功を奏することになりました。
これにより、受け入れた難民のお陰で国力が増すという皮肉のような事態は加速します。
次々に流れ込んでくる難民に、終には国土が足らなくなりました。そう、開拓しようにも土地がなくなったのです。
そうなった時期には既に長かった戦乱の時代は収束へと向かっておりました。戦争で疲弊した国々が周囲にたくさんある状態でした。それを好機と、我が祖国は攻勢へと打って出ます。疲弊した国家を土地を、まるで掠め取るかのように、次々と併合していきました。
ですが、その頃になると難民として流入してきた毒が国内に回り始めるのです。
戦乱の時代がやっと収束し、国外がやっと平穏を取り戻した頃。今度は国内に猛毒が猛威を振るうことになりました」
一呼吸置くように、宰相閣下はお茶を口にした。
その後、左手で皇帝陛下へ話を引き継げと合図している。
「アンバームズ教会、現在のバームズ教ですか、例のアレのことです。
当時は戦乱が終息したばかりということも相まって、宗教に流れる民の数も多かったといいます。
祖国ラングレシアは隣国リンゲニオンを盟主国とした属国でありました。ライス殿はご存知かと思われますが、リンゲニオンはエルフの国家です。我が祖国は人と混じったエルフが住まう国でありました。
今でこそ、その主従が逆転してはおりますが、祖国が国力の増した際に最初に恭順を示したのがリンゲニオンであったそうです。その際、帝国の名に双方の国名を刻むことで誠意を見せたという記録があります。まあ、これについては長くなるので割愛しましょうか。
祖国、そして我々が何故あの教会を猛毒の呼ぶのか? それは単に敵対した歴史があるからではありません。
彼らは祖国との戦争の末、生き残りを掛け、勇者召喚を試みます。
そして祖国へ先代勇者様を献上してきたのです。その理由も和睦のため、ただそれだけのために」
少しばかり休憩を、と言う皇帝陛下の顔は真っ赤だ。昔話を思い出しながらも、怒りが抑えきれないとでも言いたそう。
「先代勇者様もまた今代の勇者殿のように、召喚した者に怒りを露わにされたそうです。当然ながら最初は王にもその怒りは向けられたとか。
当時の王もまた必死に弁解したそうで、何とか理解は得られたそうです。共に教会の排除に乗り出すと共に、王国はその政治形態を変化させていきます。
ラングリンゲ帝国が生まれたのは、先代勇者様のお知恵を配してのことだと記録されています。数多の国家を飲み込み肥大した王国の治世は既に限界でしたが、中央集権という形を執り、代官を派遣することで地方の力を削ぐことに成功したそうです。
教会との戦争も二代後まで続きましたが、帝国内部から完全に駆逐することができました」
続きは叔父上を、と皇帝陛下は押し黙る。




