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第二百八十二話

 見渡す限り白一色の世界が広がる。今猶も降り続ける雪が本当に恨めしい。

 そんな中、俺は相棒の助力を得て居住区の小屋の屋根に降り積もった雪を降ろしていた。

 寒さに極端に弱い俺は上半身をコートモドキで覆い、下半身にも毛皮を巻き付けているというのに寒くて今にも凍えそう。ガヌにコートモドキを一枚奪われたままなのが痛恨である。

 それというのも、冬場は魔物どころか獣の類も非常に活動が控えめになる。師匠の話では冬眠する種族も多いと聞いた。お陰で、毛皮を新たに入手する機会など皆無なのだ。


 俺が屋根の雪降ろしをする傍らには、ライアンとミジェナの姿がある。少し離れたところでは師匠やイレーヌさんも頑張っている様子。

 彼らが何をしているかというと、給湯器に魔力を流しては熱湯を散布して雪を溶かしている。言わば、人間除雪車だ。

 熱湯で溶かされた雪は排水口を辿り、浄化されてお堀へと合流する。その間、排水溝とお堀では温泉地さながらに湯気を立てている様子は実に温かそう。あくまでも見た目が、というだけのことだが。


 ミジェナとイレーヌさんは片手の給湯器に集中している一方で、ライアンと師匠は両手に給湯器を持って豪快に熱湯をばら撒いていた。年季の違いと言えばそれまでだが、積雪を制圧していく範囲も著しく異なる。

 ライアンと師匠で三分の二以上を片付けていると言っても過言ではない。ミジェナとイレーヌさんはどちらかと言えば魔術の訓練であって、成果を求められてはいない。

 俺には真似できない訓練風景に少し羨ましい。熱湯を放出する際の給湯器は熱を持つことも、その羨ましさを助長して止まない。

 俺、本当に寒いのはダメなんだよ!


「今日はこれで終わりでしょう」


「はい、お疲れさまでした」


 これがほぼ毎日繰り返されるのだから、本当に堪ったものではない。



「ミジェナ。もっとそっちに寄れ、狭い」


「ん」


「昨日の続き、しないのか?」


「まずは体を温めてからだ」


「ん、つめたい」


 俺は竈の前に陣取るが、ライアンとミジェナは別の場所を占拠している。

 竈の火は雪かきの間、消されている。天井と壁に土を塗っているため保温性は高く、少々留守にした程度では凍える程寒くはならないという前提条件があるが。蜂たちとラビ二匹が何かするとは思えないが火の用心のため。

 そして火を点したばかりの薪の炎はまだ小さく、言う程に暖かくはないが誰かがやらなければ小屋はいつまで経っても過ごしやすい温度には達しない。

 だから俺がやるしかなかった。


「魔王が作ったモノで一番じゃないか、これ?」


「ん、すっぽんといい勝負」


「食いもんと比べんな! 戦車も悪くはなかったが、な」


「必要に駆られてさ。飼葉を敷いているとはいえ、いつまでも床に寝ていられないだろ? 寒さが床下から襲ってくるんだし」 


 帝都の迎賓館のベッドを使って以降、ずっと作ろうと考えていた。

 木枠に羊毛の敷布団が縫い付けられたベッド。天気が良くても重量の所為か窓越しにしか陽が当たらない敷布団は部屋の湿気をこれでもかと吸収していた。

 優れた調度品の中で、それだけが欠点だと言わざるを得ない残念さ。

 それを克服するなら自力でベッドを作るしかなかったのだ。


「小屋は狭くて屋根が低いから二段目が暖かいのは分かるが、二人だと狭いだろ」


「俺もミジェナも体が小さいからな。狭いと言えば狭いが問題ない」


「ん」


 ライアンとミジェナはベッドが完成してからこっち、ずっと同衾している。

 そこに一切の疚しさは存在しないのだが、キア・マスやリスラが目撃すれば物申すことだろう。その時には絶対俺に飛び火するはずだが、キア・マスもリスラも養蜂小屋に入れない以前に近付けないし、冬の間限定だからな。隠し通せるだろう。


 俺が作ったのは二段ベッドとスプリングを用いたマットレス。

 マットレスを作って、鍛冶場で組んでもらっていた木箱に詰めたのが正解か。

 木箱の幅は一般的なシングルベッドよりもやや狭い。俺がぎりぎり寝返りできるかどうかの幅しかない。

 狭いのは仕方ないんだ。小屋が狭いから省スペースを考えるとどうしてもさ。

 マットレスは子供の頃、壊れて投げ捨てられたものを見たことがあった。その記憶を何とか手繰り寄せて、似たような感じで作り上げた。

 細部など適当なので、でっち上げたとも言う。


 一人用に三分割したマットレス。頭と肩、足が乗る部分は普通のスプリングを使い、お腹や尻が乗る部分は針金が若干細く柔らかめのスプリングを使っている。

 外で干す際に扉の小さな小屋から持ち出すことを念頭に入れ、小さく持ち易い形状にしてある。

 マットレス表面には羊毛を薄く仕込み、冬向けに搔き集めた毛皮でシーツも作った。


 一番苦労したのは、ベッドを二段重ねにして固定する時だろう。

 箱の深さと脚の長さは上下で異なる。上に載せる箱が深いのは寝相の悪いライアンが落下するのを防ぐ柵の役目を果たし、脚が長いのは下の箱と連結するため。

 連結するのも長方形の鉄板に縦四つの穴をあけたもので挟み込み、特注のボルトとナットで固定。

 ボルトに頭の部分がなく、全部ネジな所に苦労の大部分がある。

 当初俺は六角ボルトの制作依頼を出したのだが、それは技術的に不可能だった。だから仕方なく、頭からしっぽの先まで全てネジのボルトにするしかなかった。

 また、ナットも六角ではなく、四角。丸棒にネジを切ってから表面を削る段階でどうしても熱が生まれ、刻まれたネジが歪む。工程を逆にすることも出来ずに、妥協点は四角にするしかなかいときた。

 そして専用に作ってもらった四角いレンチを使い、ボルトの両方からナットを締めていく段階に至り、問題が発生した。

 ボルトの両端からナットを回していき、力を入れて締め付けるとボルトが片方の締め付けに呼応して回ってしまうというもの。

 結局問題は解決したのだが、解決するまでに六日を要した。六日間も試行錯誤していたかと思うと、なんともやるせない。

 その解決方法が、ボルトの片側に嵌めたナットを例の万能接着剤で殺してしまう、というネジを切った意味がほぼ失われる。後味の悪い方法だったこともある。

 生産性の問題を提起してネジを作ってもらったというのに、生産性を大きく低下させたのだから意味がない。

 鍛冶場の皆さんには、是非ボルトに四角や六角の頭を付けてもらうための試行錯誤に取り組んでもらいたい。俺の身勝手な素人考えではあるが、それ以外に問題解決の道は無いのだ。たぶん。きっと。


 で、二段ベッドが完成したわけだが。上は天井が近く、背の低い子供でなくては起き上がった際に頭をぶつけてしまう。

 そこで俺は下のベッドを占有するのだが、ここでも問題が発生する。

 それはミジェナの存在だ。

 この二段ベッドの材料を発注した段階ではミジェナは一緒に暮らしておらず、その予定もない。だから、俺とライアンのための材料しか注文していなかった。

 当然、そうなると寝具が不足することになる。毛皮も全く足りない。

 俺がどうしようか考えあぐねていると、当事者であるミジェナが答えた。


「ん、いっしょにねる」


 仕方がないので最初は俺の横で寝かせようと試みた。だが、ベッドの幅を狭めた影響で俺の横には子供であっても入り込める余地は無かった。

 そうなるともうどうしようもなく、ライアンとミジェナで上のベッド争奪戦かとおもいきや。寝るだけなら一緒でも構わないだろうとライアンが言い、ミジェナも承諾し、今に至る。


 誰か一人が床で寝るという拷問にならなかっただけでも、良かったと思うしかない。俺は下のベッドでも譲るつもりは皆無だったけどな。


 あぁ、あと二段目用の梯子は作っていない。

 小屋は狭く、どこに居ても相棒が届くからな。俺が眠っていても、相棒に補助させれば床に下りられる。

 そんなことよりも、トイレが居住区にしかないことの方が大問題だ!

 養蜂小屋の立地は南出入り口。俺とライアンは最悪拠点外に出てやればいいけど、ミジェナはそうもいかないだろう。早めに師匠に相談しなければ。

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