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第二百八十一話

「随分と物々しかった割には、すんなり関所を抜けられたは拍子抜けだけどさ。何かあったのかしら?」


「ムリア首都がジャガル傭兵団を前に無血開城したのと何らかの因果関係がありそうよ。なんでも国境沿いの領地貴族が帝国の後ろ盾を得て小国を樹立するんだって。その関係で帝国軍が出張って来ているみたい」


「はぁ、どこもかしこもキナ臭いわねぇ。で、稼げそうなのかしら?」


「いくらジャガル評議会の今のトップが金の亡者でも、帝国に手を出すのは悪手でしかないわよ。しかも冬に戦争しようなんて馬鹿が居るわけないでしょう」


「じゃあ、あたいらはこのまま真っ直ぐ帝都を目指すってことで!」


「了解」


 小柄な獣人族の女性と長身の人族女性は連れ立ち、ムリア王国からラングリンゲ帝国へと続く国境の関所を通過した。

 季節は秋が終わり冬へと変化しつつある。数日前から降り続く小雨には霙が混じり始めていた。


「で、他には何かおもしろい話は無いの?」


「義姉さんが噂と違ってあまりにも小さいもんだから、国境周辺に駐留している軍の一部が驚愕してたってよ。確かに、義姉さんに纏わる噂はガフちゃんの容姿の方がしっくりくるもんね」


「……そういうのじゃなくて、帝国内部の情勢を教えなさいよ!」


「あぁ、そっち」


 雨音に掻き消されることのない声量で騒がしく語り合いながら、帝都へと続く街道を進む二人の女性。

 冬場は獣も魔物も活動が大人しくなる。周囲を必要以上に警戒する必要もないのだが、油断が許されるものでもない。実際に女性らの声音に誘われるように、草陰からにじり寄る魔物の影が複数あった。


「ああ、もう鬱陶しい! 気配でバレバレなのよっと」


 しかし、身の丈を遥かに超す長槍を獣人女性が振えば、魔物たちは絶命を余儀なくされてしまう。


「スモールラビ……か。少し離れた草むらに放り込んでおくわ」


「雨の所為で匂い袋の効力が弱いのかしらね? 弱いくせに」


 魔物の死体を放置することは厳禁とされている。燃やすか、地面に穴を掘って埋めるのが一般的である。但しスモールラビを捕食する生物はそう多くないため、放置されることは多々あった。


「それで、何かないの?」


「えっとね、新しく異界の勇者が現れたみたい。で、勇者を護衛する魔王って冒険者が凄腕なんだってさ」


「凄腕ねえ」


「そこなの? 帝国民は勇者って言葉に反応するのが当たり前なのに、そこに反応しちゃうのは義姉さんらしいちゃ、義姉さんらしいけど。ただ、凄腕と言ってもそんじょそこらの凄腕とは次元が違うって話よ。幾らか誇張が入っているにしても十分に化け物だと思うわ。会いに行くのは無しだからね!」


「何よ、少しくらい良いじゃない」


「無理無理。なんたって勇者は開拓団を組織して帝都を出ていったって話だもの。残念でした~」


「あぁん、つまらないわぁ」


「詰まるわよ! そんな化け物にも挑む気満々の義姉さんに付いていく私の身にもなってよね」


 女性二人は歩む速度を一切落とさないばかりか、速度を徐々に上がっている。

 半ば走るような速度で街道を進み、街道の途上にあった宿場町へと立ち寄る。

 宿場町の外壁を越え内側に入ることなく、屋根のある入門審査を行うための衛兵詰め所前で一息入れただけで、再び街道を進んでいく。


「あんた、あの人の妹のくせに本当に憶病よね」


「兄さんだって、自分のお嫁さんが化け物に喧嘩売るって聞いたら絶対止めるわよ! しかも兄さんが知っている義姉さんは、獣人とは思えないくらい清楚な頃の義姉さんなのよ?」


「仕方ないでしょう? 生きるということは戦いなの。あの人の治療費が嵩んだのはあたいの我儘だもの。それにあの時、薬代やら何やらのお金を立て替えてくれたのは傭兵ギルドなんだから、結局戦って返すしかなかったのよ!」


「私が身売りすれば済む話だったのに、義姉さんがしゃしゃり出てくるから面倒なことになったんじゃない! 子供たちと離れ離れになってまで、死んだ兄さんの借金を背負う必要もなかったのよ」


「もう、その話を掘り返すのはやめなさいな。借金だって今回の稼ぎでほぼ完済できるんだから、ね?」


「掘り返したのは義姉さんじゃない!」


「ああ、はいはい、わかりましたよ。ごめんなさいねぇ」


 義理の姉妹とは思えぬほどの絆で結ばれた女性たち。されど、二人は獣人族と人族。その種族の違いは容姿からして大きく異なっていた。

 一見しただけで、その関係性を理解できる者はまず存在しないだろう。


「その可愛い義妹もそろそろお嫁に行かせてあげないとね」


「そんな相手が居ないわよ!」


「凄腕の冒険者なんて素敵じゃない?」


「全然、素敵じゃないわ! 私よりも若くて、ガヌ君みたいな可愛らしい男の子が好みなのよ」


「息子はあの人の忘れ形見、あたい専用よ」


「いやいやいや、ガフちゃんだって忘れ形見でしょうよ」


「あの娘は何であんな風に育ったのか、今でも不思議だわ」


「義姉さん、鏡って見たことある? ガフちゃん、義姉さんそっくりだよ」


「あたいの若い頃は、もっとお淑やかだったわよ」


「ああ、うん。それは確かだけど、ガフちゃんは傭兵やってる義姉さんしか知らないでしょうに。私の嫁入り云々よりもガフちゃんの嫁入りも重要じゃない?」


 人族女性は獣人族女性に追い込まれながらも、話の軸を逸らそうと企む。

 そして、その企みは意外にも獣人族の女性の心に響いた。


「帝国の雪は深く積もるから春まで移動は無理なのよね。だから帝都で春まで過ごして、あの娘をイラウまで迎えに行くついでにあんたも連れて噂の凄腕に会いに行きましょう。ガヌを危険な旅路に連れ出すのはちょっと可哀そうだから孤児院に預けていくけどさ」


「ええぇぇぇ、まだ凄腕に拘るの? 義姉さんが凄腕に会いたいだけでしょうに、好い加減諦めない?」


「なんでよ? 一度に限らず二度三度、お手合わせ願いたいわぁ」


「この戦闘狂がぁぁぁ! 私とガフちゃんの嫁入り話はどこへ消えた!?」


「別に忘れてないわよ? あんたか、娘のどちらか、或いは両方一緒に見初められるかもしれないじゃない」


「それ、絶対に義姉さんの趣味だよね? もう義姉さんが凄腕と再婚しちゃいなよ」


「残念、あたいはあの人一筋なのよね」


 二人の話はどこまでも平行線を辿り、一向に纏まる気配すらない。

 反して、二人が街道を進む速度は互いが互いの歩調を慮ってのもの。二人の距離は離れることなく、隣り合ったまま姦しく街道を進んで行く。

 ラングリング帝国、帝都ラングレシアを目指して。

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