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第二百八十話

 ミジェナもガヌも来た道を戻る以上は濡れてしまうのが分かっているから、草原を歩かせることはできなかった。

 俺を覆う相棒の右触手傘の範囲外に意図的に出され、左触手に乗るミジェナは自身の傘に当たる雨の感触を愉しんでいる。

 その雨粒も問題だ。ただの雨ではなく少量ながら氷の粒が混じっている様子。ワックスを塗布してあるというのに、水滴が傘の上を流れ落ちるまで時間差が生じている。音にすると、べちゃっという感じ。

 ガヌは小屋を出る際にアグニの爺さんが肩車している。

 ミジェナと同様に子供用サイズの傘を手に持ったガヌを、肩車だ。

 ガヌを肩車することで自身も雨から身を守ろうと考えたらしい。随分と諦めの悪い年寄だった。


 今日は何故だか一段と冷え込みが厳しかった。

 底冷えというやつだろう、俺の爪先や足裏は冷えすぎて足首から下の感覚はほぼ無いに等しい。それでも何とか拠点まで辿り着くことはできた。

 昨日、出発前に見た拠点北出入口と何ら変わりのない景色に安心を覚える。

 

「では皆の者、ご苦労であった。日中はゆるりと休むがよい」


 ダリ・ウルマム卿が『日中は』と限定した理由は、拠点警備のローテンションが絡んでくる人員が含まれているためだろう。

 それから視察団であった集団は三々五々、己が小屋へと散っていく。拠点に残った同居者が住む小屋は常に火が焚かれていて温かいと知っているのだ。


「俺は鍛冶場に寄る用があるから、ミジェナはリスラの所へ戻るように」


「ぅぅん」


 ふるふると首を小さく横に振るミジェナは、なぜか俺に付いてくるらしい。

 俺は材料の引き取りに向かうだけで、何も面白いことなどない。

 塞いだ南出入り口にある養蜂小屋までは直線距離で三百メートルと少し遠いため、一旦鍛冶場で体を温めるつもりではあるが、それだけだ。

 まあいいや、こんなところで突っ立って問答していても寒いだけだし。



「魔王さん、部材は概ね準備出来てるゾ」


「スプリング、ボルト、ナット、ネジは苦労はしたが数は揃えタ。鉄材も頼まれてた長さに切ってアル。脚付き木箱も二台、ほれこの通り出来上がってイル。ただナ、木材がちと足りねえかもしれねえゼ」


「まあ、十分でしょう。足らなくなったらその時に考えます」


 石造りの鍛冶場は拠点のどこよりも熱量が高い。道中で冷えた体を温めるには最適だった。

 視察に向かう前にスプリングとネジ関連を作ってもらっていたのも、どうしても作りたいものがあったからである。今日のように底冷えするような寒さから我が身を守るために。


「ん!」


「おっ、なんじゃこら?」


「雨傘です。自信が無くて造りはいい加減ですが……実際に見てもらえば分かるかと」


 鍛冶場の扉の前で閉じた傘をゆっくりと開いたミジェナは注目を集める。現在、鍛冶場に居るのはドワーフ兄弟とお弟子さんが三名。珍しくソニャさんの姿は見当たらない。

 ミジェナは興味に惹かれ近付いたローゲンさんに傘を素直に引き渡した。

 俺は「傘を彼らに見せてほしい」と約束したことを忘れていた。すまん。


「んんん! ゆっくりやるの。こわれる!」


「ああ、すまなんダ。棒に輪を通し、輪に番えた針金で布を持ち上げるト。布には何か塗ってあるナ」


「注文は結構あると思いますよ」


「魔王さんの材料集めは終わっダ。次の暇潰しはこれにするカ?」


「そうだナ」


  彼らの本業は春以降の開墾で使用される農具の増産と、周辺警備要員の装備品の手入れ。とはいえ、そうはっきりと暇潰しと断言されてしまうとクるものがある。

 

「気にしたら負けだ。相棒、材料を収納して養蜂小屋に帰ろう。お前たちはもう少し待ってな」


「ニィ!」


「これは預かったままでもイイカ?」


「ん、たいせつにする」


「お、おう、気を付けるワ」

 

 注文していた材料は回収し、傘の見本も渡せた上、体も程よく温まり足の感覚がやっと戻ってきた。

 コートモドキの内側で俺の体温でぬくぬくとしている働き蜂を待たせている。

 顏を出していないので、お弟子さんたちが怖がることもない。たまに動いてコートモドキがもこもこと不自然に動いているのには気が付いている様子ではあるが。

 相棒の触手が漏斗状に傘を広げるのを待ち、鍛冶場を後にした。


「リスラの小屋はここだよな?」


「ん、まってて」


 傘を見本として預けてしまった以上、ミジェナが濡れるので割り当ての小屋まで送って来ただけなのだが、待てとはどのような意図があるのだろうか?


「ミジェナちゃん、勇者様もおかえりなさい」


「ん」


「ああ、はい。視察から戻りました」


 小屋の中にリスラの姿は無く、アランの妹のイレーヌさんだけであった。

 出迎えたイレーヌさんをたった一言を返しただけのミジェナは、小屋の奥に鎮座するリスラの嫁入り道具のひとつである箪笥をごそごそとし始めた。

 扉を開けたままでは小屋の熱が大きく逃げてしまうため、俺も小屋の玄関口に入り、訳も分からず待つこと数分。


「ん、おまたせ。いく」


「え?」


 何かを詰めて膨らんだ麻袋を抱えたミジェナの言葉に、唖然とするしかない。

 ミジェナは俺が反応しないことに気を悪くしたのか、俺の右脇腹に触れた。正確には俺にではなく、その辺りに隠れている相手だが。


「ひぃっ」


「何してんの、ミジェナ! っと、驚かしてごめんな」


 突然外部から触れられたことで驚き、俺の胸元から顔を出したのは働き蜂。右脇腹の辺りで休んでいた個体だ。

 俺も咄嗟のことで刺されては堪らないと、働き蜂の彼女に謝るのが精一杯だった。そこに佇むもうひとりの彼女を放置したまま。


「ん、はちの小屋いく」


「またリスラに怒られるぞ?」


「ん」


「イレーヌさん、働き蜂たちも危害を加えない限りは大丈夫ですから、って聞こえてないか。ああもう仕方ないな。働き蜂が一緒にいる以上、ここに留まれないもんな。ミジェナ、ミラさんとリスラに怒られても俺は責任持たないからな」


「ん」


 今までミジェナは大人しい子だと思っていたが、とんでもねえ。

 サリアちゃんみたいな天然やガヌみたいな悪戯っ子とは根本的に異なる。ミジェナは相手の反応がどういうものかを計算している節が察せられる。

 働き蜂にイレーヌさんがどういう反応をするか分かっていて、俺の退路を塞いでくるとは、あくどいとしか言いようがない。


「はいはい、寒いから篭ってね。相棒、ミジェナも行くよ」


「ニィ!」


「ん」



「なんでぇ、ミジェナも付いてきたのか」


「無理矢理付いてきたんだよ。でも、まあ考えようによってはありかな。ミジェナはライアンに引き続き魔術の基礎を教わるように!」


「…………」


「ミジェナは読み書きをまだミロムに教わっている途中だからな。暗号を教えるのは困難どころか、それこそ無理だ。でもまあ、魔術基礎も簡単な所しか教えてねえし、魔法陣の描き方の応用辺りを教えるのも悪くはない、か」


「内容は任せるよ。俺も魔法陣の応用なら興味あるし」

 

「…………」


 養蜂小屋に辿り着くと、働き蜂の両名は女王蜂に囲み報告をしている模様。どのように意思疎通を図っているのか謎だが、何かしら通じる手段があるのだろう。

 同時に、出迎えたライアンはミジェナを連れ帰ったことに驚きを示すことは無かった。それどころか、ライアン自身も短期間のミジェナの教育には不備を認め、少しでも多くを学ばせようと考えている。

 しかしミジェナ本人は、まさか魔術の勉強させられるとは考えてもいなかったらしい。先程から反応が薄いのが、その証左だろう。


「魔王のことだから出先でこいつらの蜂蜜でも舐めさせたろ? 味を占めたか? モノが蜂蜜だけに甘い甘い。ミジェナ、俺も居ることを忘れてたろ?」


「…………かえる」


「ダメダメ。雨は氷が混じり始めてかなり冷たいからね。こんな状況で外に出すわけにはいかない。相棒、ミジェナが逃げ出さないように監視よろしく」


「蜂たちの監視もある逃げられねえぞ。さっさと諦めて、ちゃんと勉強しろ」


「…………」


 相棒は俺が眠っていようが意識が無かろうが関係なく、動くことができる。

 ライアンはライアンで、もう何か教える気満々。更に女王蜂に命じて監視を強化してしまい、ミジェナの逃げ道を塞いでしまった。

 俺は単純だからミジェナにしてやられたけど、ライアンを相手にするには分が悪かったようだ。

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