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第二百七十九話

「できた!」


 といっても、俺が作ったものは開閉機構の動作テスト中に崩壊してしまい、相棒に作り直してもらっている。


「兄ちゃん。これ、何なの?」


「これは傘だよ」


「兄ちゃんのスキルと形が違うけど?」


「ああ、うん。相棒のは傘っていうよりも漏斗だからな」


 最初の目的が毒が塗布された弓矢を受け止めるためのものだ。

 頭上から降ってくるモノを、その対象が何であろうと取り込んでしまえば良いというコンセプトに基づく。

 ガヌが不思議に思うのは当然で、使用者を雨から守りつつも水滴を下に垂れ流す雨傘の構造とはかなり異なる。

 

「分かり易く言い換えると、個人用の屋根かな」


「ふーん?」


「試してみればわかる。その前に、その手拭を貼り付けよう」


 相棒が作ってくれたのは骨組みだけで、まだ完成とは言い難い。

 布を貼らないと、当然だがそれが傘の役目を果たすことは無い。

 床に傷が付かないようまな板を下敷きにして手拭を二等辺三角形にナイフで切断し、正体を思い出したくない例の万能接着剤で傘の骨組みへ少しだけ重ねるように貼り付けていく。

 最後に傘の先端、二等辺三角形の頂点が集う箇所にべったりと接着剤を塗り付けて雨漏れを防いでおいた。


「乾くまで放置って、骨組みもう一本分あるのかよ! ワックスを塗った手拭、足りるか?」


「ギリギリ?」


 ワックスの量の問題で傘のサイズは幼児向けの小さなもの。予想よりも材料の消費が少なくて済んだ模様。


「――カツトシ殿。湯飲みを濯ぐ水と沸す分の水を補充してほしい。あとアレも足らぬ」


「はい、今やります。ガヌ、傘の布貼り任せた」


「うん」


 湯飲みの半分にも満たない量のすっぽん汁は銅貨二枚と完全なぼったくり価格にも拘らず、随分と盛況であるらしい。最初に準備した湯飲みの数は二十程はあったというのに、だ。

 今も、竈の前にある窓には二名が並んでいる。窓から漏れる熱で暖を取っているとも言えるだろう。

 てか、陽が沈みつつあるのか外は薄暗くなっているというのに、警備担当者の面子がほぼ変わっていない気がする。まさか、交替していないのか?


「嫁さんだけでなく、アグニ様も魔王さんもこんな旨いもん隠してたのか。卑怯だぜ」


「まぁ、まぁ。約束をきちんと守っていただけるなら材料が入手出来次第ではありますけど、夫婦向けに提供しようかとは考えてますよ」


「それは本当か? かあちゃんに隠れて食うのは、それはそれで後が怖いもんな。うん」


「良かったのぅ、ミジェナや。来年の今頃は元気な赤子で開拓団が賑やかになるぞい」


「……ん、なんで?」


「このすっぽんとやらは、色々と元気になるのじゃよ」


 おい、爺さん。子供向けに分かり易く噛み砕いた下ネタはやめろ!

 すっぽん鍋を作った元凶の俺が言っても意味がなさそうだから、声には出さないけど。


「へぇ、体がぽかぽかしてきてんのは、そういうことだったのか。今夜一晩くらいなら警備続けられそうだぜ」


「そうだな。ホーギュエル伯爵に秘密にするなら、その方がいいか。そうしましょう、将軍!」


「いや、少しでも仮眠は取らねばいかぬぞ。夜間は一度冒険者組と交替し、ライス殿には引き続き休んでいただくとしよう」


 煮凝りの在庫はまだまだあるから、そこは問題にならないが。

 給湯器が配置されていないこの小屋では、湯飲みを濯ぐ水もやかんの湯にする水も俺が魔術でもって創り出さねばならない。

 造血剤、あと何粒か飲んでおかないと。



「先に作ったこれはミジェナに、二番目のはガヌにやろう。但し、拠点に戻ったらロギンさんとローゲンさんに見せることが条件だぞ」


「ん」


「ありがとう、兄ちゃん」


「あと、開いたり閉じたりを素早く繰り返さないように、壊れるから」


 例の接着剤の乾燥時間はかなり短い。雨天で湿度が高くとも、晴天時と大して変わらない。

 先端部分がまだ少し柔らかくはあるものの、ゆっくり開く分には恐らく影響はないだろう。先端で何かを突いたりしない限りは。


「儂も欲しいのぅ」


「材料が足りないのと、構造的に俺や相棒だと限界があるというか。ロギンさんとローゲンさんに量産してもらうつもりなので、そちらで相談してください」


 アグニの爺さんは肩幅が広いからな。傘の骨組みがどうしても大きくなり、重くなる。そうなると、恐らくだけど骨組みが重量に耐えられずに変形してしまうと思う。

 だから、簡単に造りを説明できるものを作った後は、物作りの専門家たるドワーフ兄弟に丸投げしてしまう気満々だった。


「うむ、では仕方ないの。ミジェナや、傘とやらを試してみてはどうじゃ? その間、カツトシ殿が代わってくれよう」


「ん、おねがい」


「行くぞ、ミジェナ」


「ん」


 ガヌが元気よく飛び出し、ミジェナがその後ろについて外へと出ていった。

 軒下で雨に濡れながらも傘を開く後ろ姿はなんとも可愛らしい。

 小屋の中で傘を開くと、扉から出られないという欠点があったからなのだが。


「この扉、本当に小さいな」


「もう少し大きくても良かろうにのぅ」


 人が通る分には問題は無いものの、手荷物以上の何かを持って入るには小さい。家具など小さな箪笥ですら厳しい。

 小屋を作るにあたって、材料の節約と製作時間の短縮を図った弊害とも言えるか。


「見て、見て!」


「ふむ。良い感じじゃの」


「勝手に閉じたりしないか? 水漏れは?」


「ん、へいき」


 日本で普通に使っていたような傘と違い、開閉機構部分をカチリと止める金具は作れず、取り付けてさえいない。

 開閉機構を十分に押し上げた後、その下限部分に手拭を細く縦に切り割いた布を巻き付けて固定しているだけである。

 水漏れに関しても漏れている個所を見つけ、例の接着剤で埋めるしかないけどな。


「水の弾きも初めてだけあって抜群だな。ガヌ、いい仕事をした!」


「へへっ」


「こうして見るとあれじゃの。戦車に改造して余った馬車の幌でローブを仕立てておくんじゃったわい。明日の移動を思うと憂鬱だの」


「ああ、なるほど」


 馬車の幌は、師匠のアイデアで蝋引きの帆布という高価な素材が使われていた。要するに、雨合羽を仕立てるには絶好の素材であったわけだ。

 でも、帆布は熱い布で結構な重さがある。着込むとなると、動きがかなり制限されることだろう。


「ただいま~!」


「ああ、ちょっと待て。体だけ中に入って、傘を振るんだ」


「おお」


「明日も使うだろ? 開いたままにして隅っこに干しておこう」


「ん」


 ワックスがどの程度で落ちてしまうのか分からない。何より、判断基準が無いからな。

 少しでも長く使えるよう、装備品と同じく手入れは必要不可欠だろう。


「雨の中、少し出掛けるには傘はいいのう。大きめのものをロギンに頼んでおくかの」


「勇者殿! 私と妻の分も頼みたい。……ぬ? うむ、部下たちも欲しいそうだ」


「この子たちのを基に量産してもらう予定です。拠点の鍛冶場で注文してください」


「やはり、明日には間に合わぬか……」


 間に合うわけねえじゃん!

 雨でずぶ濡れになることへの忌避感は理解できるけどな。

 ここに来る時も今も立派な濡れ鼠なんだし、帰りくらい我慢して欲しい。

 拠点に戻っても手拭のコーティングに使ったワックス、若しくはその代用品は必要となるはずだ。

 ロギンさんたちならワックスを所持していても不思議ではないが、そこまで多くの在庫を抱えているとも考えにくい。でも酸化した獣油は臭いし、直ぐに流れ落ちてしまうだろう。果たして、代用品となる物は見つかるのだろうか?


 俺は俺でワックスの入手先に覚えがあるものの、許可が下りる可能性が限りなく低いという懸念がある。

 まあ何をするにしても、明日拠点へと帰り着いた後になるだろう。

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