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第二十七話

「あの人、勇者召喚とかいう怪しげな儀式を強制された挙句、ラングリンゲに逃げ込んだそうですわ。それと父の暗部と接触があったようですが、詳しくは書かれていませんね」


「王家は一応動いたということだろう。それにしては王宮が静かすぎではないか?

 それで、拐かされたミラはどうなったのだ?」


「ミラも一緒ですね。あと、召喚された勇者とやらも共にあるようですわ」 


「何がどうなっておる。あのドラ息子め、また何か良からぬことを企んでおるのか」


 夫から最初の手紙が届いてから早くも一年が経とうとしていた。

 小国ヘルドを挟み、北にラングリンゲ帝国の版図が、南にオニング公国の版図が広がっているために情報の伝達には時間がどうしても掛かる。

 手紙の運搬も商人に託すのでは足が遅く、鳩では航続距離がまるで足らない。信頼できそうな冒険者の早馬に託す他なく、それでも最短で一月は要するだろうか。その上、道中の魔物や賊の出現も考慮せねばならず、数組を手配する必要があった。

 手紙の内容が内容ではあるが、それについては夫の用いる魔術文字による暗号を解読すれば済む話。このような事態を勘案してか、主人は私に自身の魔術文字の解読方法を学ばせていたのでしょう。


「どうします、義父様? 何らかの動きがあるとしても秋の収穫後か、春頃になるかと思われますが」


「そなたの実家も息子の企てに関わっておる可能性がある、か。

 領地のことと軍備に関しては儂に任されよ。そなたには引き続き、王都や王宮の噂話なども含め情報収集を頼みたい」


「ええ、心得ましたわ。私もちょうど実家に顔を出そうかと思っていたところですの」


 夫と娘はラングリンゲ帝国に逃げ込んだだけで済ますとも考えられず、何かしらの取引を帝国に持ち掛けているはず。あの人の性格を考えれば、ありえない話ではなく、至極当たり前に思えてならない。

 但し、ラングリンゲとオニングでは距離的な問題がどうしても付き纏う。兵を借り受けてオニング公国へと、自領内へと凱旋するのは悪手でしかない。経由する周辺国の問題もあれば、オニング公国そのものもどのように対処してくるか不明なのだ。

 本当にどうなさるおつもりなのでしょうね? あの人(ライス)は。



――― ―― ――― ―― 



 迎賓館は皇帝の住まう帝城の敷地内にある。敷地と呼ぶには広大で、区画と呼んだ方がしっくりとくる。

 その迎賓館の応接室にて、今日から本格的な交渉が始まるらしい。


「父上、誰が来ると思いますか?」


「そうだね。僕の予想だと、外務卿かな。それとも内務卿かも」


 外務卿とか内務卿とか『卿』って付いてるけど、要は外務大臣や内務大臣ということかも。でもなんで、そんな偉い人たちが出てくるのか、不思議でならない。

 廊下が何やら騒がしい、恐らくお偉いさんが到着したのだ。

 俺は少し、いや、かなり緊張している。


 応接室の扉を廊下側から押し広げるかのように扉が開く。

 数名が部屋の中へと入ってくる。大柄な御仁とローブを被った男性だろうか、顔は見えそうにない。ただの布かと思ったら服扱いなんだよな、ローブって。

 その二名の後ろには兵というよりは身なりの整った男性が剣を佩いた状態で4名付き従っている。扉が閉まると、その扉の前に2名が、残り2名はそれぞれの偉いさんの後方に静かに立った。


「お待たせしてしまい申し訳ない。私は宰相の任を陛下から賜っているライツバルという、以後よろしくお願いいたしますぞ」


「叔父上、家名も名乗られませんと」


 傍らに居た男性はローブを脱ぎつつ、宰相を叔父上と呼んだ。その姿は銀色の長髪に紫色の瞳を持つ青年だろうか、俺よりもミラさんよりも年上に見える。ただローブを脱いだ際に、ちらと見えた耳の先が尖っていたように思えたのだけど。


「長い名の人としか記憶してもらえない家名など、私には不要なのです。

 ささ、ご自身の紹介を」


「まったく……、失礼した。

 俺はレゼット=イヒルード=エルクリヒ=ラングレシア。この国の皇帝だ。

 今日は、今日からはお客人と腹を割って話をしたい。故に堅苦しい言葉遣いは無用に願おう」


「陛下、挨拶の段階でそれは失礼ですぞ」


「叔父上、あなたは鏡を見た方がいい」


 俺の緊張を返してほしい。いや、俺だけじゃないか。

 師匠もミラさんも困惑しているのか、苦笑いをしていた。


 師匠は立ち上がると右手を左胸にあて軽く礼をした。礼儀作法で習った通りのきっちりとした挨拶だった。さすがだ、おっと俺も立ち上がらないと。


「お初にお目に掛かります、皇帝陛下、宰相閣下。僕は魔術学者をしているライスと申します」


「ライスが娘のミラです」


 師匠に続いてミラさんがまるで流れるかように両手でスカートの端を持ち上げ、膝を軽く曲げ、挨拶をした。

 よし、次は俺の番だと意気込んだところ——。


「いやはや、ライス殿とお呼びすべきか、ホーギュエル伯爵とお呼びすべきか、どちらがよろしいのでしょう?」


「歴代最高の辣腕主従と讃えられる皇帝陛下と宰相閣下ではありますな。こちらの素性などお見通しですか」


「叔父上! 申し訳ないライス殿もその辺りでお許しを」


 俺の挨拶はどこに行ったのかと、冗談も言ってられない。師匠の目付きが鋭敏なものに変わったからだ。必死にとりなす皇帝陛下がなんだか可哀そうになってきた。


「では、今から私はホーギュエル伯爵家当主として交渉に入りましょう」


 そして、師匠の一人称も『僕』から『私』に変化した。

 その前に伯爵ってどういう意味、意味はわかるけど、そういうことではない。

 何が腹を割ってだ! この緊迫した状況、どうにかしてほしい。ミラさんは俺と同様に師匠の顔色を窺うしかない。


 どうしよう、俺は今から挨拶をすれば良いのか? それとも黙っていた方が良いのだろうか? こんなこと教わっていない。


「叔父上、場を掻き回すのは好い加減にしてくれ。

 そちらが今代の勇者殿、ヤマダ=カツトシ殿でよろしいか?」


「あっ、はい」


 やっべぇ、挨拶あれだけ練習したのに、ただの会釈で終わっちゃったよ!


「すまぬが、ステータスプレートを拝見してもよろしいだろうか?」


「……じゃ、ちょっと取り出します。ミラさん、お願い」


 相棒に心の中で肩掛け鞄を俺の背中側へと出してもらうようにお願いし、右手の親指で自身の背中を差し示し、ミラさんに鞄を受け取ってもらうことにした。面倒だが、相棒の姿をこんな場所で晒すわけにもいかなかった。

 ミラさんから鞄を受け取ると底の方を漁り、ステータスプレートを取り出すと直ぐに手渡した。


「これ、ですが」


「拝見します。どうぞ皆様、お掛けください」


 俺からステータスプレートを受け取ったのは、皇帝陛下だ。

 宰相閣下が師匠を挑発したお陰で室内の空気が非常に悪い。なんとか俺もこの状況を変えたい。変えないと、とても耐えれそうにない。


「間違いありませんね。やはり家名が名の前に記されています。本物です」



「それで茶番は終わりですかな、陛下、それに閣下?」


「いや~本当に申し訳ない、ライス殿。今代勇者殿の情報はこちらでも得ていたのだが、真偽をはかる方法がなくてな。少し試させてもらったのだ」


「やはりバレていたか、叔父上の浅知恵ではライス殿を謀ることは不可能でしたね」


「ミラもカットス君も安心しなさい。もう喧嘩腰にはなりませんから、ね」


 何が何やらわからないままだが、もう緊迫した雰囲気はなくなっていた。

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