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第二百七十三話

 ここ最近、俺は鍛冶場に篭っている。より正確に言うならば、早朝に養蜂小屋を出てから日が暮れるまで鍛冶場で過ごしている。

 現在、この鍛冶場で行われている作業は炉の最終調整である。

 仮組した炉の細部を弄りながら、金属製品の試作を複数造り上げている。

 そこには鉈や包丁といった新たな試作品や、従来の装備品または農具に至るまで、ありとあらゆる試作品が並んでいる。

 そしてまた新たな試作品が今、出来上がったところでもある。とはいえ、まだ熱処理が終わったばかり、生身で触れることは適わないが。


「これで試作五十七度目だゾ。好い加減成功して欲しいものダナ」


「そいつの焼き戻しは引き続き兄貴に任すワ。俺は次に取り掛かるゼ」


 ロギンさんが真剣な目で炉の内部にある物体を見つめている。

 俺がお願いして作って貰っているものだが、以前戦車の作成時に俺が試してもいた。ただこれは彼らの知識にはないものであったため、難易度が高いらしく失敗の連続であった。

 まあ、何を作っているかと言えば、スプリングなのだが。

 板バネと違い、材料の総量をケチることが出来ると彼らも乗り気であった。

 しかし、意気込みとは逆に失敗作が次々と積み上げられていく。そうなれば彼らにも意地があり、出来るまでやってやる! という事態に発展。

 合金の配合から焼き入れや焼き戻しの熱量や時間を探し当てることに、ここ数日の労力を全て費やしている。

 それが彼らの感覚ではようやく日の目を見れる程度に辿り着けたようである。


 一方、ローゲンさんが取り掛かろうとしている作業はネジ切り。

 開拓団に於ける多くの工作作業に携わる彼らに対し、作業の効率性と生産性の向上を謳うとこれまた試作をお願いした。

 熱した鋲での加締めによる固定は量産の段階で一度で済めばいいが、保守点検が必須となる品物や何度も修正を重ねるような作業であると手間でしかない。そこで提案したのは木ネジとボルト・ナットの試作。

 現在、ローゲンさんとソニャさんらお弟子さん集団が取り組んでいる作業はボルト及びナットのネジ切り作業である。

 真円と思われる鋼の鉄筋棒はフリグレーデン産のもの。それを純オリハルコンを用いて製作したダイスに魔力を通しつつ、ゆっくりと手で回しながらネジを切っている。 

 ナットとなる予定のボルトより太めな鉄筋棒の中心に、魔術で穿たれた穴にタップでネジを刻む作業がお弟子さんたちの手で並行して進んでもいる。


 スプリングは全高と直径が500mlのアルミ缶サイズ。ボルト・ナットのサイズは慣れない手作業での限界最小単位となりそうなM6サイズに近い。

 どちらも俺の記憶にあるものではあれど、元は兄貴が過去に俺に見せた作業から得たものだ。

 ダイスやタップの形状はうろ覚えながら描き上げたものを基に作り出されたものでもある。それでも、それらは作業に支障をきたすことはない様子なので一安心。


 スプリングにしろ、木ネジやボルトにしろ、あとで俺に使う予定があるため作成を依頼した。ほぼ俺の我儘なのだが、最終的には開拓団の利益ともなり得るのだ。

 そうである以上、細かいことは気にしたくない。


「……ん」


「ミジェナちゃんはこんな地味な作業、見ててもつまらないだろう?」


「ううん、おもしろい」


 これまでミジェナちゃんは魔術の基礎を学ぶためライアン預かりとなっていたのだが、最低限の基礎を修めたとして、つい先日俺の下に返されていた。

 ただ、魔術式の暗号化についてはミジェナちゃんが理解できなかったとして、保留されている。俺もそこは大幅に端折っているため、教えるのはかなり困難を極めるだろう。

 師匠のように複数ある暗号表を用いれば、単なる挨拶分が魔術式の命令文に置き換わる暗号など、俺には作ることはまず無理だからな。

 そんな理由から俺はライアンにミジェナちゃんを預けたまま、ライアンの弟子としてしまおうと画策した。だが、双方共に俺の弟子であるということを一時として忘れていなかったらしい。残念。


 何より大きな理由として、俺の弟子とするにはミジェナちゃんには魔力量があり過ぎた。

 俺の魔術は基礎こそ師匠の受け売りなれど、使用する魔力量を極限まで削ぎ落したドケチ魔術が大本命であり、ミジェナちゃんに備わった魔力量とは相容れない。

 彼女ほどの魔力量ならば、師匠のように使用する魔力に糸目をつけない方が性に合っていると思われるからな。


「ああ、カットス君。ここでしたか」


「あぁ、おはようございます、師匠。何か御用ですか?」


「ええ、まあ。雪が降り始める前に、ウェンデル河の氾濫領域がどこまで及んでいるのか、確かめておく必要がありましてね。ことと次第によっては、本来の開拓予定地を放棄することも検討せねばいけません」


 俺とミジェナちゃんは鍛冶場の作業を邪魔しないよう、見学する立ち位置は出入り口の傍であった。扉を開けて入って来た師匠と最初に顔を合わせることとなる。

 また、師匠の言い分も十分に理解の範疇に収まるものではあるのだが、天候は相変わらずの雨模様である。濡れることが判り切っている手前、遠出などしたくはない。


「そ、それはいつ、ですか?」


「最近はめっきり冷え込んできましたし、雨雲とも雪雲とも判別できない空模様です。ですので、出発は早ければ明日、遅くとも明後日が妥当でしょうか。いずれにしろ、ウルマム殿とアグニさんの都合次第となりますがね」


「他には誰が?」


「警備を外れているウルマム殿の部下の方たちと、ガヌ君ですね。ライアンは拠点の守護に残す予定です」


「なんでガヌが?」


「雨期ということもあって稽古ができていないので、気分転換に連れ出すというお話でした。カットス君もミジェナちゃんを連れて行くというのも有りでしょう。僕が教えられることもあるでしょうし、そこはカットス君もミジェナちゃんも、ですが」


「ん、いく」


「ミジェナちゃん、即決なの? ……わかりました、準備しておきます」


「今回は馬車や戦車は出さず、徒歩での行軍です。通常の戦闘装備と、あとは着替えを十分に用意しておいてください。何しろ、濡れますからね。では、よろしくお願いしますよ」


 必要なことだけ言うと、師匠は鍛冶場を出ていく。

 作業に従事する者たち以外にそこ残されたのは、妙なやる気を漲らせ小さな両手を握るミジェナちゃんと雨中での移動に気が滅入りそうになる俺だけだった。

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