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第二百七十一話

 締めに、相棒が死蔵していたライアンが山麦と呼んだ蕎麦の実を投入し、これまた相棒が持っていた卵を二つ溶いた蕎麦雑炊を皆で分け、何もかもを食べつくした。

 そして俺は気付く、色々と考えが甘かったということに。


 まず、タロシェルとライアンが鼻血を噴出して、仰向けのままぶっ倒れた。

 一瞬過ったのは蕎麦アレルギーに因る呼吸困難かと思いきや、どうやら単に栄養価が高すぎであったらしく、許容限界に達しただけであるらしい。

 双方の様子を観察してみれば、共に呼吸の乱れや発疹等は見られず、静かな寝息が漏らすのみであった。

 次に露呈したのは案の定というべきか、ギラギラとした男たちの瞳。己が内にも、体中に滾る熱がこれでもかと感じられていた。


「このような状況では、今宵の宴はお開きとするしかあるまい」


「いやぁ、旨い飯と旨い酒だったナ。また呼んでくれヤ」


 アグニの爺さんの言葉通り、そこで食事会はお開きとなる。

 リグダールさんがタロシェルを背負い、他三名も酒に因る酔いなど微塵も感じさせずに小屋を立ち去った。

 残されたのは腹を十分に満たし満足げにぶっ倒れたままのライアンの寝姿と、大鍋に誰の歯も立たなかったすっぽんの残骸のみ。それらを片付ける俺、蜂たちは我関せずを貫いていた。



 結局一睡も出来ぬまま夜が明けてしまい、昨晩使用した大鍋を煮炊き場に戻しにやってきた俺は我が目と耳を疑う。

 煮炊き場に近い位置で作業していたロギンさん、ローゲンさんのドワーフ兄弟に食って掛かるソニャさん。アグニの爺さんの両腕を後ろ手に極めたミモザさんの姿があったからだ。


「親方たち。何ですか、このモチモチぷるぷるなお肌は? 行き遅れの私に対する当てつけですか、そうですか」


「お爺ちゃん。何をどうしたら一晩でこんな……スライム汁でも一晩では効果なんて出ないのに!」


 俺はそっと大鍋を定位置に置くと眼を逸らし、抜き足差し足で気配を察知される前に逃げ出そうと試みた。

 が、そうは問屋が卸してはくれなかった。


「待ちなさい! どうせ、またカットスが絡んでいるのでしょう?」


 肩越しにソニャさんやミモザさんを気にしていたのが仇となる。正面からミラさんの制止を受けることになった。

 

「えーと……」


「だってカットスも、あの三人と同じじゃないの! それに目つきがおかしいわよ?」


 眠れなくとも目を閉じていた効果か、目の充血は昨晩より比較的マシになっていると思われる。実際に疲れ眼のような痛みが引いてはいる。

 だが、何かにつけて女性の特徴的な部分に目を向けてしまうのは、まだすっぽんの効果が抜けきっていないことの証明だろう。

 特にミラさんは、そういう部分のメリハリが顕著であるのだから困りものだ。


「何をしたのかしら?」


「何と言われても、実験?」


「誤魔化そうたって、そうはいかないわよ!」


 こと、美容に関して女性の目を欺くことは不可能であったらしい。

 そして――


「兄ちゃんからも美味しそうな匂いがする。タロシェルからもした!」


「……ガヌ」


 いつの間にか、俺を取り囲むように見知った女性陣とガヌの姿があった。

 ミラさんの対角線上にはリスラとキア・マス、パム・ゼッタ夫人が並び、その他にも開拓団員内の女性が数名も加わった包囲網が敷かれていた。

 ガヌの隣にいるガフィさんは及び腰でそこまで俺が何をしたかを追求する気は無いように思え、包囲網の穴となっているがことここに至ってはあまり意味がない。


「カットス、逃げられると思わないことね」


「……」


 俺は頭を抱えたくなる一方で、どうやって誤魔化すかを考える。

 昨晩のアレは食事会という態を成した実験であることは確かであり、嘘は言っていない。

 ただ、ガヌの嗅覚の鋭さを忘れていたことは否めない。恐らくはガフィさんもだが、彼女は俺を畏怖しているからこそ黙秘してくれているのだろう。

 かといって、女癖の悪いらしい師匠に甚大な影響を与えかねないのだから、おいそれとすっぽん鍋の存在を明らかには出来ない。

 それはミラさんのためであり、俺自身の精神衛生ためでもある。ここはどうにかして誤魔化すしかないのだが、それも無理そうな気がする。


「まだ試食は一度だけで、安全性が保たれてはいないんですよ。実際にぶっ倒れたのが二人も居ますし……どうしても開示しろと仰るのなら、ここに集う方たち限定で食事会を開催するのも吝かではありません。

 但し、食事会に参加するのであれば、そこから得られる情報は秘匿していただかねばなりません」


「へぇ、私たちもカットスの企みに巻き込もうというのね?」


 師匠に露見する確率が上がるのは否めない。だが、多くの者がその効果を実感すれば、ある意味でヤバいのだと気付かせれば……封じ込めも可能となるかもしれない。

 それに、俺がライアンに語ったすっぽんを食いたいがための言い訳が現実味を帯びるには格好の場となるだろう。

 ろくな娯楽もなく、開拓活動そのものが停滞する冬の間、子作りに励む夫婦が増えるかもしれない。開拓地の住人を内から増やすという案が早くも実現する、かもしれない。

 ミラさんに対する言い訳としては十分だと、俺は考えた。その他は知らんが。


 「ええ。ただ、皆さんは養蜂小屋には近付けないでしょう? 秘密にできる場所の確保が可能であれば、ですが」


 一番の問題はそこだ。師匠が養蜂小屋に近付けないことを良いことに、昨晩の食事会を催したのだ。その代案がどうしても必要不可欠となる。


「拠点から少し離れた位置に馬車にて、交替で歩哨を立てるのが望ましいでしょう」


「そうね。それがいいわ」


「適当な言い訳を考えなくちゃ! 狩りにでも出る?」


「馬車は一台じゃ足りないわよ?」


 俺を放置したまま、女性陣の悪巧みが進行していく。主な舵取りはパム・ゼッタ夫人を筆頭に、ミラさんやミモザさんが意見を交わしていく。

 

「勘付かれた際に、警備の者を黙らせる必要もあるわね。それはわたくしが引き受けましょう」


「馬車はカットスに確保してもらうのはどう?」


「それなら適当に分かれて、外で合流する案で十分よね」


 彼女たちからの凡その案が出尽くしたと思われる。

 でも、ガヌを除くと女性だけである理由付けが困難である模様。

 ここはひとつ、俺も案を出すことにする。


「開拓団の婦人会としてはどうでしょう? それなら護衛で俺や爺さんが居ても、何も不思議ではないでしょうし」


「婦人会?」


「良いわね、それ採用! それなら何もコソコソする必要もないわね」


「でも、そうすると他の女性はどうなるの?」


 今現在、相棒の中にあるすっぽんの在庫は昨晩の残り分のみ。半分も食べていないが、残すところ三分の二というところだろう。

 女性陣の数を考えれば、圧倒的に足りない。

 ならば、どうするべきか。答えは簡単だ。


「あと十日お待ちいただければ、十分な量を準備できますよ。今日若しくは明日となると、今の人数が限界ですがね」


 泥抜きしていないすっぽんはあと一尾いる。十日あれば、その泥抜きも完了するだろう。


「十日? それで開拓団の女性全てを賄えると?」


「相棒、すっぽんを取り出して」


「ニィ!」


「これなんですがね。昨晩の残りと併せれば、十分かと思います。但し、必要な処置をしないと恐らくはまともに食べられはしないので、十日の猶予をいただきたい」


 相棒が取り出して見せたすっぽんの威容に押し黙る女性陣とガヌ。

 まさか、俺たちのお肌事情を改善したのが、この怪獣じみた生物だとは思ってもみなかったらしい。


「……勇者様、わかりました。本日より十日の内に、こちらも都合を取り付けましょう。男共に非難されることなく、開拓団婦人会をわたくしの名の下に開催することをここにお約束します」


 煮炊き場に集い、俺を取り囲む女性たちが歓声を上げる。

 遠目に誰とも判別のできない男性の姿があったが、こちらを一瞥した後、すぐさま目を逸らしたのが分かった。

 女性陣に取り囲まれた俺を哀れと見る視線すらある状況。

 俺としてはアグニの爺さんを巻き込めただけでも、儲けものだろう。

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