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第二十六話

 昨日到着した際に、マイヤさんが述べた話し合いや交渉というものが始まった。俺を除外した状態でだが……。

 俺はというと、執事然とした紳士に礼儀作法を手取り足取り習っている。嘘偽りなく、実際に手を取られ、足を取られ、学んでいる最中である。この場にミラさんが居ないことが何よりも俺の心を平穏に導き、学習心は向上している。ミラさん本人にそんなことを言えば、ぶん殴られるだろうから秘密にするけどさ。


「筋はよろしいようですな。挨拶だけと伺っておりますが、茶会の席もありましょう。そちらも少しやっておきますかな」


「はい、お願いします」


 曖昧な言葉遣いは正されてしまう。だから、くっきりはっきりとした言葉遣いを心掛ける。

 この授業で殴られることはないが、こうなんというか叱られるだけでもキツい。しかし、ここは郷に入らば郷に従えの精神で耐え抜き、折角の機会なので礼儀作法をマスターしてやろうではないか。日本でもこういうの教わるのって、結構なお金がかかりそうだもんな。



「礼儀作法の指導はどうなの? 進んでるの?」


「ああ、まあ、ボチボチ」


「……ダメじゃない」


 ミラさんは言葉遣いや態度から何かを読み取ったみたいだが、見てろよ? 謁見の際にはビシッした挨拶を決めてやるぜ。是非とも驚くがいい、はっはっはっ。


「明後日から本格的な交渉を開始するようだね。その時にはカットス君にも同席をお願いするようだよ」


「あれ、礼儀作法の授業はどうなるんでしょう?」


「挨拶だけという話だったから、明後日までに詰め込んで終わりじゃないかな」


 何だと……。ミラさんを見返すためにもと、やる気を出していたというのに、なんたることか。こうなったら、余計だと思って引き気味だったお茶会の礼儀作法も完全にマスターしてやるぜ。


「しかし、何の交渉なのでしょう?」


「そこは僕にもわからないね。当初は謁見だけという話だったからね」


「何か依頼されるんじゃないの? 父上もカットスも有名なのだから」


「さて、何をやらされるのやら? 僕はちょっと楽しみです」


「嫌よ、私は観光したら帰りたいもの」


「ミラさんの我儘もどうかと思いますが、何かを強制されるのは嫌ですね」


「なによ! あんただって観光したいって言ったじゃないの!」


「カットス君も指導は午前のみで、午後からはミラと一緒に観光に付き合えるはずだよ。だから、そう怒らないで」


 師匠はミラさんを甘やかせすぎではないだろうか? 前からも思っていたが、子供に気を使いすぎに感じる。兄や弟がいて大して甘やかされていない俺からしてみると、羨ましく思えるほどだ。


「滞在中に帝都を一周するのだからね! 父上もカットスも付き合うの、約束よ」


「そんな無茶な。遠目に眺めただけでも結構な広さだったのに」


「なら、主要な場所だけでも見て回るわよ」


「僕としてもそれが無難だと思うよ」


 どちらにしても観光はしたかったので、まぁいいか。無茶苦茶な計画を立てられなければ、だけど。



「アスガレムにも、うちの領にもこんなに高い建物は見たことがないわ。ああ、アスガレムってのはオニング公国の首都よ、カットス」


「窓の数からすると10階建てってところかな」


「驚かないのね?」


「いや、驚いてはいるよ。この世界にしては破格だと。

 でも、ちょっとした都会に行けば、この倍以上の高さの建物がたくさん並んでるからね」


「相変わらず、とんでもない場所に住んでいたのね……」


「俺は高さ、どうこうじゃなくて。石造りで落ち着いたこの雰囲気が好きだけどな」


「カットス君の世界に僕の興味も惹かれてしまいますね。ミラが言うように僕も行ってみたいですね」


 どうなんだろうか? もし師匠が俺の帰り方を見つけた場合、ミラさんは本当に付いてきそうな予感がある。師匠もこんな発言をするようなら、もしかしたら。


「ガラス窓が綺麗ですね。ノルデのガラス窓は所々曇ってたりしますけど」


「帝国は技術力も高いからね。それでもこの世界では、という括りだけどさ。恐らく材料が異なるんだろうね」


 中学の同級生が海外旅行のお土産でくれたクリスタルガラスのグラスは叩くとキーンと甲高い音が響くけど、俺んちにあるような普通のガラスのグラスはカンカン鳴るだけだった。それに月の栄亭の窓ガラスは叩くとコンコンと、とても軽く乾いた感じの音がした。あの時は何故かやたらと気になって、叩いてみたのだ。


「この技術力の高さは、古代遺跡からの産物に影響を受けているのかもしれないね」


「父上の専門だけど、勇者召喚みたいな厄介事も引き起こすから良し悪しよね」


「俺は厄介事の種と?」


「違うわよ! そんなこと一言も言ってないでしょ! バカ」


「カットス君には申し訳ないけど、交渉は恐らくその方面の話し合いだとおもうな。僕はね」


 やはり、そうなるよな。俺自身でも召喚された『勇者』という存在の危うさは理解できる。あの国のように身柄を抑えられたりしないだろうかと、不安を覚えなくもない。だが、もしもそうであるならば、既に実行されていなければおかしいという部分もある。

 マイヤさんを含め、護衛のひとたちは親切だったことが頭を過る。疑心暗鬼に陥るにはまだ少し時間的な猶予はありそうだ。明後日からの交渉が始まるまでは、焦る必要もないと思いたい。


「ほら、暗い顔はやめなさい。観光を楽しむの!」


「そうだね。今の話はなかったことにしよう、いいね。カットス君も、だよ」


「はい」

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