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第二百六十八話

「ギリギリなんとかなるらしいが、甘い汁があると助かるとさ」


「甘い汁? 砂糖水でいいのか? 試してみるしかないな」


 ライアンが女王蜂から聞き出した内容は簡素なものだった。

 単に甘いものと言われても困る。いや、動物性蛋白質はダメだろうから、植物性の甘いものなのだろうけど。


 ライアンが女王蜂との情報伝達を行っている間も、俺は檻に水を貯め続けていた。

 造血剤の効能のお陰で若干ふらつく程度で、檻の底とある器には適量と思われるだけの水量を確保できた。

 が、砂糖水を作るとなるとその分の水も必要。

 そして竈と石造りとシンクは設置された訳だが、この小屋には給湯器が無い。


 給湯器はライアンが薬草採取に出掛けていたために、基本となるスクロール不足が祟り、現在鋭意増産中とのこと。なので、給湯器は何軒かの小屋で使い廻している現状である。

 それでも、躯体の材料である鉄パイプの加工はロギンさんが完了させていたため、数日の内に各小屋に配られる予定ではあるらしい。

 必要となるスクロールを用意していなかったライアンが全部悪い。師匠が監視しろと言う理由も分かるというものだ。


「俺の手持ちの鍋でいいか。温めながら溶かしてみよう」


 砂糖は俺が買ったやつだが、ミラさんから料金を支給されている。開拓団預かりの物資なのだ。

 養蜂は開拓団の大いなる資金源になり得る。この砂糖を用いても問題にはならないだろうが、砂糖の在庫が逼迫しない保証はない。

 どの程度の砂糖の濃さで十分なのか、濃さの異なる何通りかの砂糖水を作って試してみる必要はあるだろう。

 木皿で砂糖の量を計りながら、砂糖水を木の茶碗に注いでいく。

 砂糖対水の量で、一対一、一対二、一対三の割合の砂糖水を用意した。


「まだ熱いから、冷めるまで待ってな」


 毒見でもするように働き蜂が寄って来たのだが、温度の高い砂糖水に触れさせる訳にもいかない。もう少し我慢してもらおう。

 その間も相棒は俺の背中から延び、壁に土を塗っていた。


「玲奈ちゃん家の兎で知ってるぞ。お前らも甘いものが大好きだってな!」


「「ブゥ」」


 いつもなら絶対に寄ってこないラビが俺の足にすり寄って来た。砂糖水を作る過程で甘い匂いが鍋から放たれているからな。

 ラビには砂糖の塊を掌に載せ、与えてやる。


「「ブグゥ」」


 二匹は物凄い勢いで砂糖塊を平らげた。正に狂喜乱舞、踊り狂うるかのように喜びを表している。しかし、体の小さなラビに与え過ぎてはいけない。これでお終いだ。


「ニィ!」


「やっぱり相棒がやると段違いに早いな。しかもムラ無く綺麗だし」


 正直、相棒の作業風景は見ていない。だが、その仕上がりには大満足だ。

 タロシェルやリグダールさん、俺がやるよりも遥かに綺麗な仕上がりであるのだから。


「ライアン。濃さを変えた砂糖水を三つ作った。後で、どれが良いか聞いておいて」


「まだ熱ちぃだろ。後でな」


「それじゃ相棒。すっぽんを一匹だけ出してくれ」


「ニィ!」


「頭を押さえていてくれよ」


 このすっぽんの嘴は亀のそれとは違い、ギザギザした歯みたいなのが生えている。噛み付かれては堪らない。

 今の俺の場合だと再生するかもしれないが、それはそれだ。

 相棒がすっぽんの頭を押さえているというか頭だけ触手内に収めている間に、いつも腰にぶら下げている手拭で甲羅に生えた苔を拭い去る。

 元々デカいのもあって平たい甲羅は広く、足も太い。足に生えている爪など引っ掛かるだけでも大変だ。


「おい、まさか……それ食うのか?」


「当たり前だろ? 高級食材だし、目が血走る程元気いっぱいになれる」


「眼が血走るってヤバいんじゃねえのか?」


「ミラさんが誤飲したライアンの元気の出る薬に勝るとも劣らない効力がある、と思う。ダリ・ウルマム卿も孫の顔を早く見たいだろうからさ」


「何を期待しているかは……分かるが、俺の身体はまだそこまで育っていない。魔人の成長が遅いんだ」


 ライアンの身体年齢は未だ五歳児。本人の赤裸々な言動曰く、精通はしていないらしい。


「お前の方が先に……兄さんに八つ裂きにされそうだな」


「それはない」


 師匠は意図的に、俺とミラさんが二人きりになる機会を潰している。

 最初こそ事故であると認め、許されたものの。それ以降のことは師匠には口が裂けても言えない後ろめたさもあり、ミラさんはどうか知らないが俺は現状の扱いを享受している。

 そんな師匠が俺やミラさんに出し抜かれるような真似を許すとは考え難い。きっと、あの手この手で妨害するに決まっている。

 その事実はライアンも知っているはずなのだが。


「とりあえず俺やライアンのことは置こう。開拓団内の夫婦に向けた料理として提供できたら、と考えている」


「兄さんや親父殿は外から新たに人材を取り込む算段のようだが、内で増やそうってか。政治はミラに任せっぱなしかと思いきや、ちゃんと考えてんだな、魔王」


 目を剥いて驚きを露わにするライアンの姿とその発言に、俺はたじろぐ。

 別に褒められるようなことを言ったつもりはなく、すっぽんを食いたいがための言い訳に過ぎないところが若干後ろめたくもある。


「何にしても試食してみないとな。その前に泥を吐かせる必要があって、この中で飼うことにしたんだ。っと、相棒。一度仕舞ってから檻の中にお願い」


「泥を吐かせる?」


「ライアンは河で蟹食ってないんだっけ?」


「あ?」


「ああ、いや、なんでもない。蟹がやたら泥臭かったから、こいつも恐らくそうだろうと踏んで、先にきちんと泥を吐かせようと思うんだよ。そうしないと食べられなくはないだろうけど、臭くてとても美味しいとは感じられないかもしれないんだ」


「蟹が気になるところだが、警備の連中が夜中茹でているのがそれなんだろう。確かに一口貰って食っただけでも臭かった覚えがあるわ」


 意味が通じたならいいか。

 相棒はすっぽんを『収納』すると檻の中に触手を侵入させ、再びすっぽんを解放。檻ではあっても、出入り口が設置されていないのだ。

 そうして、全長一メートル近くあるスッポンが二メートル角の檻の中に鎮座した。

 狭いかもしれないが、一週間か十日ほど我慢して欲しい。その後になら美味しく食べてやるからな!


「あとはあれだ。塩以外の調味料が欲しいところだ。何か料理に使えそうな薬草とかないの?」


「草の根なら無くはないが……単体だと異常に辛かったり、独特の匂いがあるぞ。採取したばかりだから新鮮なのは間違いないし、そのまま摂取しても毒にはならないのは確かだ」


 ライアンがどこからともなく取り出した草や草の根。床に敷いた布の上に広げられた。

 らっきょうやノビルに似た小さな球根状の草の根、ゆり根やニンニクに似た大きめで球根状の何か、生姜のような香りを放つ草の根等々。

 ナイフで小さく削いで、口に含んでみる。

 もし使うとしたら、臭み取りに生姜っぽい草の根だろうか?

 寒さを凌ぐのに、生姜湯にするのにも使えるかもな。


 こういった薬草やその知識を提供してくれるライアンと暮らすのも悪くはない。

 タロシェルやリグダールさんと暮らすよりも更に気兼ねする必要が無いところも良い。但し、ライアンと俺という組み合わせはブレーキになる存在が居なくなるという問題を抱えている。

 俺は俺なりに自重しようとは思う。そうは思うものの、俺にはこちらの常識が足りていない部分があるので不安は拭えない。

 ブレーキ役で誰か引っ張り込むにしても小屋は狭い。蜂たちと檻の中のすっぽんも含めれば、眠る場所にすら事欠くのも事実。

 アグニの爺さんなら外で寝かせても頑丈だから平気だろうが、あれでも一応老人だからな。労わらないといけない。


 結局、俺とライアンは重要なブレーキ役を欠いたまま、生活を始めることになってしまった。

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