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第二百六十四話

 ローゲンさん率いる開拓団員の皆さんの手により、総数五十棟を越える小屋と二棟の厩舎が建てられた。

 その再配置を請け負うソニャさんと俺の作業もようやく終わりが見えてきたところ。

 昨日の昼辺りから小雨が降ったり止んだりを繰り返している。大した雨量ではないとはいえ、雨具も無い状態での作業などすぐにでも終わらせてしまいたい。


「これが最後です。お疲れッシタ!」


「ソニャさんもお疲れさまでした」


 再配置が完了しても俺にはまだまだ仕事がある。家財道具の分配作業だ。

 リスラの我儘に懲りた俺と相棒は、箪笥やベッド・布団など大きく目立つもの以外の取り出しと配布を拒んだ。細かな作業が混じると、いつまで経っても終わりが見えてこないのだ。

 いずれ倉庫でも建築されたなら、家財道具をまとめて放出したいくらいには面倒であった。それもいつになるのか? 少なくとも、雪解け以降であることは確定だろう。


「家具の配布も今日でひと段落します。それでは参りましょうか」


「ああ、うん。順番はリスラに任せるよ」


「頑張ってくださいッス」


 雨具は無くとも、俺自身はあまり濡れてはいない。相棒の右触手が傘の役目を担ってくれていたからな。

 傘の領域はそこそこ広く、小屋と小屋の間くらいはカバーできていた。

 そのため、作業を共にしていたソニャさんは当然として、まるで現場監督のように作業が終わるのを待っていたリスラも濡れ鼠とは言えない。

 が、足元は別だ。

 俺の編み上げ安全靴はまだしも、ソニャさんやリスラが履く革製の短靴などは泥だらけとなっている。また、俺は足袋のような靴下をロワン爺さんに作って貰ってあるのに対し、靴下を履く習慣も無い二人……否、その他大勢は素足に革靴若しくは木靴を履いている。

 素足に革靴だと恐ろしく足が臭くなると聞いたことがある。片や俺のお嫁さん候補ではあれど、臭いと分かり切っている足を嗅ごうとは思わない。

 それ以前に俺は特殊な性的嗜好を持ち合わせてはおらず、こちらではそれが常識なのだ。無視するのが得策だろう。


 無駄なことに考えを巡らせるのは暇だからだ。

 少しでも早く仕事を終えるために、今は仕事に邁進するとしよう。

 まあ、俺は相棒の脚でしかないのだが……。 

 

 昨日一昨日と家財道具の配布作業をこなしてきたリスラ。今日は少し頭を使ったらしい。


 ほぼ全ての小屋は留守。『ほぼ』というところがまた不思議なもので、つい先程再配置作業が終わったというのに、既に入居している開拓団員の姿もちらほらと見受けられる。

 留守ばかりであるのだから当然家財道具の配布は困難となり、遅延してしまう。

 そこでリスラは小屋の割り当て名簿を利用し、目録の番号を書き込んだ木札を用意。その木札を俺とソニャさんの作業の後に、黒いあんちくしょう接着剤で扉の外側に貼り付けていた。

 目録の番号を小屋の割り当て名簿に書き加えることで、どの小屋が自分たちに割り当てられたのかを確認できるようにしたのだ。

 完全に別棟なんだけど、部屋番号が振ってあると考えれば分かり易い。リスラ曰く、ミラさんや師匠も管理がし易くなると高評価を得たのだとか。


 留守の小屋に荷物を置いては去るだけで済む。挨拶すら省略できるのだから、昨日までの作業スピードの比ではなかった。

 そのお陰で、暗くなる前に作業の全てが終わる。


「あっ、そうでした! カツトシ様、お風呂の盥を返してください!」


「あ、あれはちょっと別のことに使っているから返せないなぁ」


「最近はめっきりと涼しくなり大汗をかくこともないとはいえ、お風呂に入れないのは困るのです。昨日や今日のように泥塗れになれば一段と。何に使われておられるのですか?」


「……何と問われると、小屋の増強? リグダールさんとタロシェルが作業しているはずだから、見た方が早いかも」


 隙間風が吹き荒ぶ小屋の壁と天井。その両者を寒さが凌げる程度に、何とか手を加えたい。

 結果的に雨が降り出す前に取り掛かることはできなかったが、雨が雪に変わるまでには何とか出来そうだと俺は考えた。そして同居人であるタロシェルとリグダールさんを巻き込み、計画を実行してもらっている最中なのだ。

 今、止めるわけにはいかない。


「というか、見ておいた方がいいな。リスラの小屋も対策をしないと、冬に耐えられないぞ?」


「一体何を?」


「いやぁ、俺は生まれも育ちも南関東で冬の寒さに抵抗力が無くてさ。雪なんても以ての外なんだよ。南関東と言っても分からないだろうけど、リグダールさんも納得して作業してくれているんだよね」


 リグダールさんの暮らしていたムリア王国でも降雪はあると聞いた。だが、タロシェルや俺が知っているの帝都の積雪量には目を剥いたものだ。

 しかも、この開拓予備拠点は帝都よりも更に北にある。積雪量も半端ではない。


 そのままリスラを連れて、俺たちに割り当てられた小屋の扉を開けた。


「兄ちゃん、おかえり。膠が少し足りないかも」


「魔王様、おかえりなさい。指示通りに壁は塗り終えたところですよ。ただ、天井は難しいのでお任せしてもよろしいですか?」


「……なっ!?」


 風呂用の金盥にはゴブリン族の三方が耕した土と、耕したことで枯れてしまった草が程良く混じっている。

 土は主材料、枯草は繋ぎ。緩めに溶いた膠は糊の役目を果たす。

 そう、膠だ。

 黒いあんちくしょう接着剤は湿気に強いという特性はあっても、大量には存在しない。それを補うために、ローゲンさんに膠を分けてもらった。


 そして俺は気付いた。膠がゼラチンであることを!


 現在、竈の上には土壁に用いるためではない、新たなコンセプトの膠が作られている。正確には煮込まれている。

 それもただ煮込まれているのではなく、鍋の中に鍋を入れ、湯煎という形で煮込まれている。あまり高温で煮ると粘りが弱くなるからだ。

 まあ、この膠作りは一旦置こう。土壁には関係ないし……。


「ということで、金盥は返却できません。最低でも天井を塗り終えるまでは」


「これなら寒さに震えることもないでしょう。魔王様、慧眼ですよ」


 耕された土を勝手に流用していることを除けば、恐らくは何も問題は無い。

 事後承諾であっても、得る必要はあるのだが。


「リスラが盥を返せとうるさいからな。相棒、天井塗っちゃって!」


「ニィ!」


 土塗れな金盥の縁に添えてあるのは、相棒が今朝方でっち上げた左官仕事ようのこてだ。これを用い、リグダールさんとタロシェルが壁に塗り付けていたのだろう。

 今回は相棒が自ら、天井を塗る。

 如何に緩いとはいえ、膠が固まってしまえばカチコチとは言わずとも、そこそこ固い壁と天井が完成するはずだ。


「カツトシ様! これ、私たちの小屋にもお願いします!」


「金盥は返すから、自分でやろうか? 俺たちはやることがたくさんあるんだよ」


「えー、そんな……」

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