第二百六十二話
タロシェルに請われ、煮炊き場に置いたテーブル上に相棒が『収納』してあったパンを人数分より少し多めに並べ終えた。
朝食と昼食は軽めにタロシェル謹製の柔らかいパンに干し肉、夕食には汁物としてクリームシチューが、メインディッシュにこちらも有り余るワイバーン肉の焼き物か揚げ物が出てくる。
肉体労働を主とする作業班は朝も昼もガッツリ食いたいだろうに。そこはそれ、足りなければ支給される物資を用い、自分たちで調理するというスタンスになっている。
だから、と言っては何だが、煮炊き場にはいつも誰かしらが居る。
今回も、そう。
「カツトシ様!」
「リスラ、何してんの?」
煮炊き場に一番似合わない人物の登場。料理させてはいけない最有力候補のリスラが、そこにはあった。
「昨日の今日でクリームシチューをマスターしたサリアとキア・マスのお陰で、有り余っていたミルクも消費傾向にあります。ホーギュエル伯爵の保存用スクロールにも時期に余裕が出てくることでしょうね。腐らせることなく、皆のお腹に収めてしまえるのはカツトシ様の功績ですよ」
褒めてもらえるのは嬉しいのだが、俺はまだあのクリームシチューの味に納得できていない。今も複数の竈でクツクツと煮込まれているシチュー、工夫次第ではもう少し美味しくできると思う。
まあ、その方法に思い至らないのだからどうしようもないが……。
「それとはまた話は変わるのですが、これですね」
「夫人が持っていた目録の写し? そんなもの、何に?」
「小屋が割り振られましたので、家財道具を求める声が高まっています。主に寝具や衣装箪笥ですね」
「あぁ、そういうことね」
俺は家財道具に類する物品はほぼ持っていない。タロシェルも孤児院に預けられていた手前、持ち物らしい持ち物はそろばんくらいなものだ。
リグダールさんに至っては捕虜交換の材料とされたため、装備の類と手荷物くらいしか所持していない。
寝具の代わりになるものは毛皮くらいで、即席で手が打てるのは毛皮の下に家畜の食料である飼い葉を敷く程度が関の山だ。正直言って、寝具があることがとても羨ましい。
それも無いなら作ればいい、という結論に至るのだが。
「そこでカツトシ様には寝具等を納入していただきます。小屋は扉が小さく、家具の出し入れが不可能ですから、カツトシ様に各小屋を訪問していただかないといけませんけど」
「……」
ローゲンさんが扉を小さくしたのは木材を節約するためとはいえ、これは酷い。
今日の午前中に俺と相棒が配置した小屋の数だけでも二十棟はあるというのに! そして、明日もまた配置し直す小屋が続々と出来上がっている。
寝具が無いなら作ればいいと考えたのも束の間。
小屋を再配置して一戸一戸訪問するとなると、まず間違いなく俺の拘束時間は延びる。
空を仰げば、雲の進行速度は早いと感じざるを得ない。下手をすると明日にでも雨が降り始めるかもしれない。
雨が降り出す前に、俺がやりたかったことは殆んど出来なくなるだろうな。
「目録はリスラが保管するの?」
「はい。カツトシ様が再び紛失されると困りますので」
「じゃあ、手伝ってもらえるんだよね?」
「結果的に、そうなりますね」
何その返事? 物凄く嫌そうなんだけど……。
俺だって嫌なんだ。リスラには付き合ってもらわないと困る。
「やりたいことがあったんだけど、仕方がないか……。タロシェルとリグダールさん、お願いがあるんですけど」
「なに?」
「何でしょう?」
「タロシェルは風呂用の盥を持って来ておいて。リグダールさんは、子供たちが乗っていた馬車に積んである小さな樽を小屋に運んでください。あと、運ぶ時はあまり揺らさないようにお願いします」
「樽ですね。わかりました」
すっかり忘れていたサイダー改めシードルの試作樽を、現在進行形で野ざらしの馬車から小屋へと退避させておきたい。タロシェルに頼んだ盥は小屋を少し弄るのに必要だからだ。
「じゃあリスラ、案内して」
「はい、行きましょう。カツトシ様」
◇
ローゲンさんが建てた小屋には、これといって部屋の区切りが無いことが救いだろうか。家具の配置までやらされては堪らないからな。
作業内容は、小屋の主の名と目録の記載事項をリスラが確認。寝具や箪笥など小屋の主の望む物を相棒が小屋の中に放出する。その繰り返し。
「留守の小屋は後回しですね」
「鍛冶場も?」
「あそこはまだ屋根がありませんし、最後でいいでしょう」
「まあ、そうだよな。で、次はリスラの小屋か」
「はい。狭いのでベッドと衣装箪笥を置くだけで精一杯でしょう。あ、あと、茶器と食器も少しだけお願いできますか?」
「どうだろ?」
「ニィィィィ?」
相棒は目録に記載された番号の割り振りで荷物を特定している。
ベッドや箪笥などであれば、荷物の中から特定することは比較的容易い。大きいから外見で判断できるし。
しかし、茶器や食器となると話は別だ。
「プリンの時のみたいに広げないと、どこにあるか分からないみたいだな」
「ニィ!」
「そうですか。では、そこに広げてください。探しますので」
「だってさ、相棒」
「……ニィィ」
相棒にも面倒という感情はあるんだな。まさか、俺の感情に影響されたとか?
相棒の微妙な返事を聞きながら、俺はそんな風に考える。
リスラは小屋と小屋の間の道いっぱいに広げられた嫁入り道具を物色するのに夢中で、俺の呆れ顔には気付いていない。
今日という日が終わりを告げる、雲の切れ間から覗く夕陽は沈み掛け。
薄暗い中ではいつまで経っても探し物は見つかる兆しが見えない。ドケチ魔術『灯』ではなく、ケチ魔術『光』のスタンプを嫁入り道具を照らすように、空中に貼り付けておこう。




