第二百六十一話
「ああ、カットス君。ちょうどいい所に」
「え?」
木柵と家畜の扱いを決めていたミラさんたちの下から逃げ出したばかりだというのに、師匠に捕まるという失態を冒した。もう少し周囲に気を払っていれば避けられたのかもしれない。
「各区画に二カ所ずつ、配置し終えたところなんですよ。使い方を覚えて行ってください」
とはいえ、その内容的にはそう重要でもなさそう。いや、師匠が作った物騒なトイレの使い方は知っておくべき事柄と断言できるだろう。
そのトイレの外観は、屋外イベント会場や工事現場に置いてありそうな仮設トイレに似ている。扉を開けた先には狭い個室があり、個室内は石畳状の平面であった。
石畳の真ん中には分厚い石でできた蓋がある。蓋の手前には取手が、奥には石畳に接合された蝶番があった。
「蓋を持ち上げて使用します。用を足し終えたら蓋を閉め、隙間から着火石を放り込みます。着火石と拭う葉を置く棚は後で設置する予定になっています」
俺は淡々と説明する師匠の言葉を聞きつつも、トイレの構造を観察する。
石畳に見えていた部分だけでなく、トイレを構成する床から下の部分もまた石造りであるようだ。石材の内側を筒状に削り、その壁面にロギンさんたちが曲げ加工をしていた薄い金属板が貼り付けてある。じっくりと観察してみると、金属板には魔法陣が彫り込まれているようだ。
「今はトイレに用はないので、そのまま蓋をします。隙間というのは……なるほど目地のことですね?」
「ええ。放り込まれた着火石が壁や床に当たると発火します。火力を増幅する魔法陣の効果を得て、業火で汚物を焼却するのです」
「これ、蓋しないで着火石を放り込んだらお尻が丸焦げでは?」
「いえ、安全面は十分に考慮しています。蓋をしていないと魔法陣の効力は発揮されません。一瞬、小さな炎がでる程度ではこの深さですからね。お尻が焼けることはありませんよ」
なら安心か。
だが、業火で焼却するとなると臭いはどうなのだろう?
「師匠、臭いの対策は?」
「それも問題ありません。屋根に細工を施していますし、通常時も天井付近には隙間を多くしてありますから臭いが篭ることはことはありませんよ」
試しに着火石を一粒放り込んでみた。
カランという金属音の後に、ゴウゥ! と炎が立ち昇るかのような音が……。
するとその直後、天井に施されていた魔具が稼働して個室内の空気を一気に巻き上げられる。俺の手入れの行き届いていない髪も逆立つ、かなり強力な吸引力。
巻き上げられた空気は二重構造となっていた天井から上空へと放出された。
なんというか、魔術的ルーフファンといったところかな?
「よく出来てますね。ところで、この蓋なんですが……子供たちには重すぎるのでは?」
はっきり言うと、俺でも重いと感じるのだ。幼い子供では持ち上がらない可能性も高い。
「そこは子供たち専用のトイレを作ってありますからね。特に問題は無いでしょう」
「さすが師匠、抜かりはないですか」
「ええ。そんな訳で、僕の仕事もこれで終わりですよ」
本当に終わりだろうか?
現在開拓団員の総数は百五十名を超えている。朝など、トイレ待ちの行列が出来るのではないだろうか?
だが、一仕事終えたと満足気な師匠に突っ込みを入れるには気が引ける。言わぬが花というヤツだろう。
トイレットペーパー代わりの葉っぱも着火石も常備してもらえるらしいし、文句の付け所は今のところはない。今後、トイレの込み具合を観て、師匠が増設の判断をするのだろう。
◇
「おう、魔王さん、遅かったナ!」
「いやぁ、まぁ、方々で捕まりまして」
「こっちも伯爵の仕事は終えたからナ。河原で頼まれてた檻付きの盥を拵えて持ってきたゼ。しっかし、こんなもん、何に使うんダ?」
「上手くいくか分からないので、成果が出るまで内緒です」
河原で蟹を食った後に頼んでおいた檻つきの盥。盥というよりも二メートル角のデカい箱に鉄パイプ製の檻が付いた、用途が分からなければ謎でしかない容器。
いやぁ流石はロギンさん、注文通りですよ!
「先に小屋の内装は終わらせてアル。お前たち、次は隣ダ!」
「はいよ、親方!」
しかも、俺とタロシェルの小屋は真っ先に内装を完了してくれたらしい。
玄関前に檻付きの箱が置いてある理由は、出入り口よりも箱の方が大きいからだな。
「兄ちゃん!」
「タロシェル、飯の仕込みは終わったのか?」
「ううん、兄ちゃんにパン出してもらえば終わり。それよりも、小屋の割り当てにリグダールさんが加わったよ! ガヌが何か言ったらしいんだ」
「突然お邪魔することになって、申し訳ありません」
「いえ、リグダールさんが悪いわけではないので気にしないでくださいよ」
ガヌぅぅぅぅ、やりやがったな! 逆恨みか?
本音としてはリグダールさんの追加は厳しい。
でも、俺だって社交辞令くらいは扱えるのだ。リグダールさんが恐縮している以上、ここで俺が本音を漏らすのは不味い。
「その箱、なに?」
「その前にパンだ。煮炊き場に行こう」
「そうですね」
煮炊き場に着くと、晩飯分のパンを取り出す。
テスモーラからの移動に掛かる大半の日数、開拓団員を『収納』した状態で運搬したことで、タロシェルが事前に焼いたパンの在庫はまだ十分に有り余っている。
実のところ、俺に割り当てられた小屋にはパン焼き窯までが据え付けられている。竈も料理の試作のためにと二基設置され、調理スペースはかなりの広さがある。
そのくせ、間取りは他と小屋と一様なのだから居住スペースは一段と狭いことになる。タロシェルが子供サイズなので、大人二人が眠れるスペースさえあれば十分なのだが……それでは箱を置くスペースが確保できるか疑問なのだ。




