第二十五話
「どうしたのかしら? キョロキョロと」
「こういった景色は僕の国ではまず見ることのできないものなんですよ。遠い外国にでも向かわない限りはね」
帝都の中を進む馬車に揺られながら、俺はその景色に興味を持った。遠目に上から見下ろしているだけではわからなかった詳細な建物の構造や、人々の営みを間近に感じることが出来ているからだ。
言っては何だがノルデは中規模な町とはいえ片田舎だったし、ヘルド王国の首都などはゆっくりと街並みを眺めることなど出来はしなかった。
「ま、私も帝都は初めてで興味はあるけど」
「あの塔とか、凄いね。どうやって建てたんだか」
表面のつるりとした高い塔が街の四方に配置されていた。この世界の建物の基本として石造りっぽいのだけど、俺の眼にはどこか奇妙に映る。
大体、あれだけの高さにどうやって積み上げたのか、不思議でならない。
「そうね。何なのかしらね、あの塔?」
「あぁ、あれは給水塔ですよ。上水道と呼ばれるもののためにあるのです」
「水道があるんですか?」
「ええ、下水道も勿論地下に埋設されておりますよ」
俺はこの世界を少し侮っていたようだ。まさか下水のみならず、上水道まで完備された都が存在するとは考えてもいなかった。下水はそれこそノルデにも存在していたのを知っている。
また、稀に川へと水汲みに向かう村なども見掛けることがあるが、基本は井戸から汲み上げる水を用いるのが一般的なのだろうと考えていた。勿論ポンプなどなく、自らの手で釣瓶を引き上げるタイプの原始的な井戸。最初の頃は苦戦もしたけれど、慣れるのにはそう時間は掛からなかった。
井戸水にしても気を付けないと、そのまま飲料出来ない水もある。食事処ではした湯冷ましの手間を省くためか、酒を水代わりに客へ提供することが多く、俺は日本で未成年なのにも関わらず仕方なく酒を口にすることがある。
旅の際に準備する水筒や水袋なども安価で揃えられ、日持ちする酒で代用することが多かった。また一応、相棒が水をろ過する機能を有しているのだけれど、気分的な問題で利用することはほぼない。
「本で読んだことがありますが、実際に見るのは僕も初めてかな」
「父上、上水道って何よ? 下水道ならわかるけど」
「上水道というのは井戸の代わりですよ。主要な街の施設や臣民が多く住む地域に水を供給する設備を配置しています」
各家庭にとはいかないけど、それでも近代的に感じるのは、俺が現代日本育ちだからだろうか。
「俺、帝都に住もうかな」
「それも良いかもしれませんね。今、カットス君は宿屋に仮住まいですからね」
「ダメよ。あんた一人でずるい!」
「まぁまぁ、お二人のご新居のことは後ほど考えることにいたしましょう。
そろそろ、迎賓館に到着します。手荷物等のご確認を」
マイヤさん、冗談が過ぎますよ。ミラさんと同居とか、恐ろしいことを口にしないでほしい。それなら俺は帝都でも宿暮らしを選ぶが、宿代は高そうだよな。
イヤ~な気持ちのまま、迎賓館へと到着した。
外観がまた綺麗な建物で、至る所に細かな彫刻や装飾が用いられている。扉一つとっても、その造りに目を見張るだけのものがある。
中に案内されると、これまた豪華絢爛とでもいうのだろう。宴会場のような場所も、個室に至るまで、これでもかと贅を尽くされた造りをしていた。
ただまあ、なんだろう? 俺はもう少し落ち着いた部屋の方が良いと感じるのは、俺が庶民だからだろうか。
「謁見までこちらの迎賓館にて滞在していただくこととなります」
「それまでは観光等で暇つぶしを?」
「いえ、謁見までに詳細な打ち合わせと申しましょうか。正確には今後の方針の話し合いを、と考えております。
また勇者殿に於きましては、茶番とはいえ謁見がありますので礼儀作法などの勉強をしていただこうかと」
「へぇ、良かったじゃない。タダで礼儀作法の指導を受けられるなんて、恵まれてるわね」
皇帝陛下との謁見までまだ20日余りの日数があるので、この帝都観光を十分に楽しめると目論んでいたのだが考えが甘かったようだ。気分が落ち込む。
「勇者殿、そのような暗い表情をなさる必要はありません。指導いたしますのは、簡易なあいさつ程度でございます。その他の時間は主に交渉であり、余った時間は観光や休養といたしますれば」
「そうなんですか? ありがとうございます」
「カットス君は話を聞けば、学生だということでしたが。学習よりも遊びが先行するようですね」
「私もこの街並みを観て回りたいわ。父上とカットスにも付き合ってほしいもの」
日本の一般的な高校生は学業よりも遊びが優先されること自体、普通だ。五月生まれの俺はまだ16歳いや、そろそろ17歳だけど、遊びたい盛りなのだ。
そういえば、俺はミラさんの年齢を知らない。見た目から予測すると俺よりも若干年上なのではないかと想像するのだけど、女性に年齢を訊ねても良いものなのか迷いがある。少女なら問題はないのだろうけど、この世界でその辺りの感覚が通用するのかわからなかった。最近は相棒が防御してくれるけど、殴られるだけの行為を良しとするのは良くないと思うのだ。しかし、そこを訊くか訊かざるかは何とも微妙なジレンマとして俺の心を苛むのだった。




