第二百五十八話
「プリン、そろそろいいかも?」
骨から肉を剥ぎ取り、縮むことを見越して食べやすい大きさに切り分けるのに夢中になっていた。その間、プリンのことなど全く気にも留めず、半ば忘れ掛けていたは内緒にしたい。
放り込んだ薪の燃焼具合から一時間は経っていないものの、それに近い時間が経過していると思われた。
「カツトシ様、お出来になったのですか?」
「え、ああ、うん。まだ途中だけど……」
リスラを早とちりさせてしまったことに、申し訳なく思う。
ここに居ないミジェナちゃん以外の子供たちとリスラ、野菜の切り分けを手伝ってくれていたリグダールさん。飽きもせずに親子喧嘩を続けていたキア・マスとパム・ゼッタ夫人が蒸し器と化していた鍋の前に集う。
「蒸気はお湯よりも熱いので近寄らないで! 相棒、蓋を『収納』して」
ギャラリーの中でも、最も興味津々であろう子供たちが危ない。蒸気火傷は本当に洒落にならない。
その場でジャンプして鍋の中を覗き込もうとする、その態度ですら危険極まりない。身体能力に優れるガヌであれば、跳躍の到達点が高いが故に鍋を覗き込むことはできる。タロシェルやサリアちゃんだと、そうもいかないが。
蓋とした鉄板は薄いため、中央が熱でやや歪み適量の蒸気を外に逃がしていた。お陰で圧力鍋みたいな状態にはなっていない。浅慮だったことを反省したい。
そして相棒に蓋を任せたのは、蓋とした鉄板には取手となるものを取り付けていなかったが故に、恐らくは痛覚が存在しないであろう相棒に頼るほかなかった。
「相棒、新しいナイフを。それと中のカップをひとつ、テーブルの上に」
「ニィ!」
安物のナイフは買い置きを相棒に預けてある。流石に肉を切っていたナイフを流用するには抵抗があり、新品を使うことにした。
「木串でもいいのですけど、温度を測るにはナイフの方が向いていますから」
木串はノルデで散々食べた串焼きの串が相棒の中に収められている。ポイ捨てするには日本人としての感覚が許さず、相棒をゴミ箱代わりにしていたのだ。それで、串は洗えば済む話なのだけど肉の匂いが移っていそうで控えることにした。
相棒にテーブルへと置いてもらったカップの中央に、軽く濯いだナイフを突き刺す。プリン液が染み出して来ないか確認しつつ、待つこと一、二、三。
そのナイフを下唇の端に当て、温度を計る。勿論、口の中ではない。
「十分に熱い。中まで火が通っています」
「ナイフをお借りしても?」
「はい。一度、冷やした方が分かり易いでしょう」
ナイフを要求したのはリグダールさんだ。タロシェルとサリアちゃんも、同様かな?
リグダールさんは一度ナイフを洗って冷ましてから、俺がやったようにプリンの中にナイフを差し込む。そして下唇に当て、温度がどれくらいかを確認している。
「なるほど、確かに熱いですね」
リグダールさんに預けたナイフをタロシェルが、サリアちゃんが受け取ると同じことを繰り返した。
「うん、覚えた」
兄貴に教わった手段だが温度計が無い以上、こうするのが手っ取り早いのだ。
「じゃあ相棒、全部取り出してくれ」
蒸し上がりアツアツのプリンは甘みと卵の香りを強く感じられ、これはこれで美味しい。だが、今回俺が作りたいのは蒸し上がりを冷やしたプリン。まあ、それが普通なんだけど……。
まず昨日ぶっ倒れたことを反省して、ポーチから取り出した造血剤を服用する。その後に新しい大鍋を持って来て、その中にドケチ魔術『氷球』で温州ミカン大の氷を幾つも創り出した。。
「相棒、カップを隙間に」
「ニィィィ?」
「強引に冷ますから、氷の隙間にカップを並べて欲しいな」
「ニィ!」
プリンの入ったカップはかなり熱い。人の手ではとても持てる温度ではない。
鍋掴みのミトンでもないと持てないし、持てたとしても長時間は無理な温度だ。穴あきクッションのついでに、ミトンも作っておけば良かったと今更ながらに思う。
「勇者様、試食は?」
「プリンは冷えていた方がおいしいので、我慢してください」
見る見る内に溶けていく氷。指を氷水に突っ込み温度を計るが、まだ冷たい。塩でも振り掛けておけば良かったかな?
「プリンはこれでいいとして、サリアちゃんはシチュー作りに入ってもらおうか」
「サリアもプリン作りたい!」
「プリンはリグダールさんが覚えているはずだから、タロシェルと作ってもらう予定だったんだけど……サリアちゃんもそっちがいいか」
困った。いや、そこまで極端に困ってはいないのだが。
「勇者様、わたくしがお手伝いしましょう」
「キア・マスが? まあいいけど」
「ならば、わたくしも!」
「夫人まで?」
「いやですわ、勇者様。わたくしのことはパムとお呼びくださいな」
パム・ゼッタ夫人のその言葉にリスラがあからさまに嫌そうな顔をする。
名を二つ持つエルフをいずれかの単名で呼ぶのは、親しい間柄に限ると以前リスラは言っていた。であるならば、申し出通りに夫人を単名で呼ぶのはよろしくないのはわかる。
ただでさえ面倒なのに、これ以上の面倒に巻き込まれてはかなわない。ここは夫人で通すのがいいだろう。
俺同様に面倒に巻き込まれることを嫌がったリグダールさんは、タロシェルとサリアちゃんと共にプリンの増産に勤しみ始めていた。
「最初に、玉葱を炒めます」
竈の横、甕の近くにぶら下げてあった木べらを持ち、ワイバーンの脂身と玉葱を炒めていく。脂身は加熱されると徐々に脂を鍋肌に滲ませ、その脂を玉葱が吸い取っていく。
「こんな感じで狐色になるまで炒めます」
「キツネですか?」
「ああ、いや、このくらいの色に、という意味ですね」
キア・マスと夫人が揃って首を捻る。
ポンコツ汎用スキル『通訳』が仕事をしないのは今に始まったことではない。ただ、久しぶりなので少し驚いたが。
「ここに肉を入れて炒めます。中まで火を通す必要は無く、表面を焼く感じですね」
灰汁が出るのを抑えるには、表面に火を通してしまえば良いと兄貴は言っていた。それでも少なからず、灰汁は出るんだけどな。
俺は兄貴に教えられた時のことを思い出しながら、キア・マス親子に教えていく。
「肉を炒め終えたら野菜を、野菜を炒め終えたら、水を入れます」
「水はどれくらいでしょう?」
「肉と野菜が隠れるくらいですね」
正直に言おう。俺は兄貴と違い、レストランでアルバイトなどしたことなどない。
これだけの大容量の料理など作ったことなどない。だから、適当だ。
で、水で煮る理由は肉の旨味をスープに出したいから。首の肉はかなりの筋肉質で硬く、十分に煮込んだ方が柔らかくなりそうと踏んだのもある。大体が兄貴の教えなのだから、失敗しても兄貴に責任にして逃げ道は出来る。だが、兄貴はここには居ない。失敗もどこまでなら許されるのだろうか?
「水を注ぐと灰汁が出てくるので、丁寧に取ります」
「この灰色の、ですね?」
「はい」
灰汁を丁寧に取りつつ、煮込んでいく。
先刻まで喧嘩していたはずの母子に、その傾向は見られなくなった。今は仲良く、灰汁を取っている。
「芋に良い感じで火が通りました。ミルクを投入します」
「ミルクの消費のためでしたかしら?」
「バターとクリームが大人気なのも、勇者様の所為なのですけどね」
「だから、ここで大量に消費するんですよ!」
プリン作りでは全くと言っていいほど減っていないミルクの樽から、ドボドボと大量のミルクが注がれる。勿論、注いでいるのは俺ではなく、相棒だ。
この後、塩で適当に味を付けたら、サリアちゃんが練り上げたベシャメルを投入して完成だ。
本当は胡椒とかの香辛料があればいいのだけど、もう俺の手元には随分前から存在しないし、持っていそうな人物にも心当たりがない。
いいや、ミモザさんならと思わなくもないが、どこにいるのか知らないからな。




