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第二百五十七話

「勇者様。ライアン様がどちらにいらっしゃるか、ご存じありませんか?」


「え、ライアンなの?」


 慌てた様子を見せるキア・マスから問われた内容は意外なものだった。俺はてっきり、帰りの遅いサリアちゃんとタロシェルに何かあったのではと考えてしまったのだ。

 しかし、ライアンの行方と言われても俺には答えようがない。

 俺が目覚めてから師匠に聞かされた話でも、昨日俺が倒れた後の作業をライアンが引き継いで片付けたことくらいしか分からないからだ。


「ごめん、わからない」


「そうですか……」


「婿殿なら早朝にアグニ様を伴われ、薬草を摘みに戦車でお出掛けなされましたわよ」


「母さま? なぜ母さまがこんな所に? 母さまは周辺の哨戒を言い付けられていたはずでは?」


「哨戒任務は夜が明け次第、交代しましたの。その後に、殿下の指名で勇者様のお役に立っていますもの」


「哨戒任務を交代したのは良いとしても、その奇妙な口調は何ですか?」


「わたくしの口調が妙とは、我が娘ながら可笑しなことを」


 キア・マスはいつも通りだ。だが、パム・ゼッタ夫人はキア・マスと目を合わそうとはせず、俺の方に如何にも『困ってます!』という視線を注いでいる。

 俺は、そんな母子の漫才には付き合うつもりは毛頭ない。ややこしそうな問題の渦中に身を投じる程、馬鹿ではない。見なかったことにする。


「パム様と言えば、帝都でアグニ様に次ぐ冒険者であったそうです。中でも男勝りな性格と口調は特に有名だそうで、剣の腕ではウルマム将軍すらも凌駕するとか」


「で、殿下。そのようなこと、誰の口からお聞きになられたのですか?」


「キア・マスですけど?」


 俺が折角スルーしたというのに、リスラが火に油を注ぐ。空気が読めないのではなく、敢えて読まなかったような台詞を吐いた。

 その言葉とキア・マスの態度から俺は、パム・ゼッタ夫人が猫を被っているのだと知る。

 夫人の鋭利な視線がキア・マスを貫くも、今度はキア・マスが夫人から目を逸らしている。

 リグダールさんもこの件には関知する気がないようだ。俺としても引き続きスルーとしたい。


 そうこうしている間に、サリアちゃんとタロシェルを迎えに行ったガヌが戻ってきた。絶好のタイミングだ。

 先行して歩くガヌの後ろには何故かミートの姿があり、その背の上に大きな袋を抱いたサリアちゃんとタロシェルの姿があった。


「お野菜をたくさんもらったみたいで、重くて運べないからお肉に乗ってきたんだってさ!」


 ガヌがそう説明するとリグダールさんはすぐさまミートに駆け寄り、サリアちゃんから袋を受け取った。それに続けとばかりに俺も、タロシェルから袋を受け取った。

 正直、親子喧嘩に巻き込まれたくなかったのだ。


「それじゃ早速、シチュー作りに入ろうか」


「ええ、そうしましょう」


「兄ちゃん待って、先に手を洗うから!」


 ミートを降りたタロシェルとサリアちゃん。迎えに行ったガヌが給湯器の水で手を洗い終えるのを待つ。

 料理をする際、俺が手を洗うことを見ていたタロシェルは真似するようになっていた。当然それはリグダールさんにも伝わっているようである。


 袋の中身をテーブルにぶちまけると、片方の袋からは大量の里芋が出てきた。俺の感覚ではどう見ても親芋なのだが、これが畑で取れる標準サイズらしい。

 もう片方の袋には玉葱と人参といった、こちらも根菜が詰め込まれていた。

 青菜の類は無い。これは流通の問題でも保存の問題でもなく、青菜は草原で採取した方が手っ取り早いからだ。そもそも生で食えるような青菜はなく、火を通すことが大前提というのもある。

 青菜っぽくて生で食えるものは大概が薬草なので、ライアンの領分となる。現在ライアンが不在である以上、望むべくもない。


「材料を切ろう。まずは玉葱を細かくな」


 皮を剥いて半割にした後、切り離さないように切れ目を入れる。縦にも横にも。

 あとは普通に切るだけで、みじん切りの出来上がり。言うまでも無く、兄貴に教わった手法だ。

 でも、ナイフで切るには難しい。ロギンさんの鍛冶場の作業が一段落したら、鉈よりも先に包丁を打って貰おうかな。

 ちなみにこの玉葱。目が痛くなることがない代わりに、鼻水がもの凄く垂れてくる。まるで花粉症の時期でも迎えたかのように。

 だから、ズーズーと鼻を啜るような音を立てながらの作業となった。


「兄ちゃん、次は?」


「芋と人参の皮剥きと切り分け、肉を食べやすい大きさに切り分けること。分担しようか」


「では私とサリアちゃんで皮剥きを、タロシェルは魔王様と肉をお願いします」


 頻繁に料理に携わるサリアちゃんと猟師でもあるらしいリグダールさんはナイフの扱いが上手い。俺やタロシェルよりは遥かに巧いと言える。


「相棒。これ、どこの肉だ?」


「ニィィ」


「ほう、首の肉か」


 相棒に肉を頼むと骨は取り除いたものが出てくることが多いのだが、今回は俺が握った拳サイズの骨が幾つも連なって付いてきていた。脊椎であることは分かっても、どこの部位かが判然としなかったのだ。

 それでも一応は筒の状態ではなく、開かれた状態の肉であるが。


「タロシェル。骨を外して、このくらいの大きさに切っていこう」


「うん」


「……この骨、何かに使えるか?」


「兄ちゃん?」


「いや、何でもない」


 肉を剥ぎ取った骨を見つめ思う。

 クリームシチューでは大量にミルクの消費は出来る。だが、プリンに関しては卵を大量に消費することになるため、どうしても数に限りがある。それを解消できるような手段が……この骨でできるかどうか。

 考えるのはシチューを作り終えてからでも遅くはないだろう。


「皮を剥いたら、適当に切ってください。あまり小さいと溶けてしまうと思うので、若干大きめにですね」


「はい、わかりました」


「は~い」


 大量にある芋と人参の皮剥き。肉を切り分ける作業だけで昼を過ぎてしまうのはもう確定だ。

 もう少し作業が進んだら、相棒に『収納』してある食事を取り出して昼食としよう。それにしてもやたら腹が減るなと思えば、今日は俺、朝飯食ってねえわ!

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