第二百五十四話
「カットス君。体調はどうですか?」
「あ、いえ、もう平気です。面倒を掛けてしまって、申し訳ないです」
仮拠点作りで俺が担当していた排水溝掘りの作業。初日に引き続き、二日目には終わる予定だった。
その予定であったのだが、二日目の昼前に俺はぶっ倒れてしまっていた。すぐに終わるだろうと油断し、造血剤を飲み忘れたことが倒れた原因である。
結局、俺がやり残した排水溝堀りの作業はライアンが引き継いで終わらせたらしい。
「大事にならず、何よりです。まあ話は変わるのですが、遺跡の探索が後回しになってしまうことを謝罪させてください。冬を越せるだけの拠点を先に仕上げておく必要がありますからね。あと、ウェンデル河の氾濫状況次第では、丘に拠点を築くことを諦め、ここを本格的な拠点とする案もあります。雪が解けて以降、夏の初めの雨期が訪れる前には遺跡の探索に入りたいと考えています」
「雨期もそうですけど、あの大雪を越せるだけの拠点が必要だということは納得できますし、遺跡の探索を急がなくても大丈夫です」
「僕はカットス君がそう答えると見込んではいましたけどね。それで、今日からのカットス君への仕事の割り振りですが……、クリームを取り除いたミルクの利用方法を考えてください。雨季と冬越えの間はミモザさんもキャラバンを動かせませんからね。カットス君のことですですから、信頼しています。人手が必要なら、子供たちを動員してください。大人たちは住まい造りや警備に手を割かなくてはなりませんからね」
「ああ、はい。わかりました」
俺が日本に帰るためのヒントがある可能性の高い遺跡。その探索のための拠点作りでもある。開拓団はそのついででしかなかったのだが、本末転倒とは思わない。
俺がこちらにやって来てから、既に一年以上が経過していることを踏まえれば、今更のことでしかない。そして、探索する予定の遺跡にそのヒントが存在するかどうかも博打に近いとなれば、急いだところでどうしようもない。
「最悪は相棒に『収納』するという手段でも構いませんか?」
「ワイバーン肉を保存するために作ったスクロールも、ミルクのような液体にはあまり効果がありませんでしたし、出来る限り開拓団内で消費する方向でお願いします」
「はぁ、やるだけやってみます」
「では、お願いしますね」
師匠は俺に新たな仕事を与えると、そそくさと小屋を出て行った。師匠は確か共用のトイレを作っているはず。そのトイレの出来も気になるところだが、まずは与えられた仕事をきっちりこなす方が先だろう。
とはいえ、ミルクの消費か……。ミルクに関して、兄貴は何を作っていたかを思い出そう。
「――おはようございます、カツトシ様」
「ああ、おはよう。リスラ」
「先程、ホーギュエル伯爵の後ろ姿を拝見しましたが、こちらにいらっしゃっていたのですか?」
「うん。ミルクの消費方法を考えてくれと、ね」
「なるほど! 昨今はバター作りにクリームの消費が多いのですけど、ミルクは余っていますからね」
そうなんだよ。バターのようにある程度固形になれば、師匠の作った冷蔵のスクロールでもそこそこ日持ちさせることは可能だった。その代わりに、大量のミルクが余るという結果に。
勿論、温めて飲用しているのだが、消費が全く追い付いていない。それほどに、開拓団内ではバターが大ブームとなっている。
「蟹でクリームコロッケは出来ませんか?」
「あの蟹は泥抜きをしないと、泥臭くてな。それに薄力粉は俺が個人で購入した分しかないし、主食となるパン用の強力粉もどれだけ流用が可能なのかわからない。他の案を捻り出さないとダメだろうな」
「他の案ですか?」
「クリームコロッケほど固くなく、緩めにクリームシチューにするとか……。あとは……兄貴と一緒に作ったプリンなんだけど、プリンは卵が必須だし、どうしたものか」
「試作してみたら如何ですか? お姉ちゃんさえ篭絡できれば、何とでもなりますよ。たぶん、きっと」
「じゃあ、やってみようか」
「はい!」
◇
リスラを伴って、やってきたのは初日に作られた煮炊き場。
五つの竈が並び、大甕とその傍には旧氷の剣こと給湯器もある。
「クリームコロッケはサリアちゃんが作れるから、途中までは任せた」
「は~い」
「その間に俺はプリン液を作る」
俺とリスラが煮炊き場に到着した時点で、そこには子供たちの姿が既にあった。
呼び出す手間が省けたとも言う。
「ガヌ、卵を貰ってきて」
「何個?」
「たくさん」
砂糖はテスモーラで樽買いしたものが『収納』されているから、それを使うとして。卵はガヌに取りに行かせる。
「魔王様、ミルクの樽はこれです。たんまりとありますから、言ってくだされば俺が持ってきます」
「リグダールさん、ありがとうございます」
師匠から既に根回しされていたとしか考えられないリグダールさんの動き。
っていうか、ミルクの入っている樽は一番大きな酒樽サイズ。それがまだまだあるという、恐ろしい状況。古いものとなると腐ってないか、それが心配だ。
「兄ちゃん、今度は何作るの?」
「シチューとプリンだな。シチューは殆んどサリアちゃんに任せるけど。っと、相棒。テーブルとサラダボール、ワイバーンの肉と脂を適当に出して」
「ニィ!」
相棒に頼んだテーブルはベルホルムスの小屋で使っていた、馬車の床板を用いたテーブルだ。ベルホルムスに置き去りにせず、しっかりと回収してきた。
そして俺がサラダボールと呼んでいるのは、木製の丼で調理用のボウルだと思えばいい。アイスクリーム作りでも使っていたヤツだ。
「ああ、サリアちゃん。そこまで、そこでストップ!」
「は~い」
サリアちゃんがミルクを注いで練り上げたベシャメルは、火から下ろしてテーブルの上に。竈の横に積み重ねられていた大鍋を新たに竈へと乗せて、シチューの具材を炒めていきたい。
「タロシェル、サリアちゃんと一緒に煮物にする野菜もらってきて。芋、多めで」
「うん」
最近の俺は子供たちをこき使うのも慣れた。最初の頃は何でも自分でやっていたものだが、慣れというものは恐ろしい。
だからといって、料理に向かないリスラにお願いすることはない。何事も適材適所なのだ。




