第二百五十二話
「宅地はここまで、ここから先は開拓だけでも済ませておきましょうか」
「本当に建てていいのだナ?」
「ええ、構いません。手の空いている開拓団員は好きに動員してくださって結構です。ゴブリン族のお三方も同様ですね」
河の氾濫する領域内では砂地だらけで、例え開墾したとしても植えられる作物が限定されてしまう。限定される作物も今でこそ主食に絡んできてはいるものの、実験的に育てるならまだしも、それを主力とするには博打に過ぎた。
師匠が示した方針は、開拓団員の腹を確実に満たせるであろう小麦の生産を第一とするものである。故に、開拓団は草原への後退を余儀なくされた。
「ベルホルムスに投じた資材は結構な数に及ぶゾ。雨期が来る前に足りなくなるのではないカ?」
「その点は……木材に関してのみ、問題にはなりません。テスモーラの材木問屋に掛け合い、私の資金が許す範囲で手配してあります。雨季が訪れる前に一度は輸送できるでしょう。ただ、フリグレーデンの鉄材に関しましては、私は正規の注文を出せる立場にありません。故に、そこはご了承いただきたく」
「なるほど、それは大いに助かります。後ほど、開拓団の資金からミモザさんが確保した木材を買い上げるとしましょう」
「はい、お願いします」
相棒が『収納』していた開拓団員は全員放出している。
一人一人選んで取り出すではなく、相棒の触手に乗り込んでいった開拓団員をそのまま放出したに過ぎない。ガフィーさんを放り出した時と似た形だ。
「土地はどこまで耕すだか?」
「出来る限り、ですね。建物も同様に多めに建ててください。切り拓いた土地の表層にある地面と、建物はカットス君にお願いして運んでもらいます。それはあくまでも、雪解け後の話になりますが、ね」
「わかっただ。はりきって耕すだよ」
「ナンダ、魔王さんに運ばせるのカ? なら納得ダ」
俺が、というより相棒に『収納』して、本来の開拓地に運ぶということだ。
師匠の思惑が上手くいくかどうかは謎だが、俺と相棒に課せられる仕事自体は不可能ではない。
「井戸はどうスル? 俺らは掘れないゾ。水脈がどこを走っているかも分からン」
「井戸は保留とします。井戸掘りノッカーさんを手配するには時期的にギリギリですからね。次の春に、本来の開拓予定地である丘と共に作業していただくのが妥当でしょう。その代わり、飲み水にも使える給湯器をライアンに増産してもらうつもりです」
「アレに使うくらいの鉄材は残っているナ」
「各建物にひとつの給湯器。それと以前相談していた排水に関する魔具を完成を急いでください」
「……一応、完成させてはある。下水道とまでは言わないが、溝くらいは作って欲しい。排水はまとめて処理したい」
「給湯器に関しちゃ、スクロール以外の部分は俺らの領分ダ。俺は給湯器に回る、ローゲンには建物を任せるゼ」
「了解シタ」
何が酷いって、ライアンへの無茶ぶりが酷い。俺というか相棒は完成品を『収納』するだけで済むのに対して、ライアンは造らなければならない物が多すぎる。
それを言い出せば、ロギンさんとローゲンさんも大概だし、ゴブリンさんたちも似たようなものではある。だが、ライアンが行う作業は他の誰もが手伝うことができない専門分野が大半を占める。
「に……伯爵の方はトイレ問題はどうなっている?」
「水源の汚染を考えて、高火力で全てを焼却する形の大型魔具を設計しています。ライアンにも手伝ってもらいますよ?」
「俺の仕事量が半端ないんだが……」
「そうよ、ライアン君の作業量は異常だわ! 父上も子供に無理強いするくらいなら、もっと頑張って欲しいわね」
俺が考えるようなことは、ライアンを子供だと思っているミラさんであっても同様であったらしい。いや、俺よりも遥かにライアンの身を気遣っているかのようだ。
「そこはカットス君やイレーヌさんを上手く使ってもらうしかありませんね。カットス君に弟子入りしたミジェナちゃんの教育も兼ねて、何とかしてください」
「父上、それは子供にものを頼む台詞ではないわ!」
「「「……」」」
ミラさん以外の全員が沈黙する。各々、明後日の方向を向いて。問題となっているライアンまでもが……。
ミラさんの言うことは正しい。正しすぎる。
でも適材適所とするならば、ライアンと師匠に比重が傾くのは仕方のないことだ。その点でいえば、警備を担当するダリ・ウルマム卿らも似たようなものだ。
求められる仕事内容が、個人の能力に左右されるのだからどうしようもない。
そも、ライアンの見た目こそ子供ではあれど、中身は別物なのだが。
「ミラ様、あちらが大変な様子です。村長が指示しなければ回りませんよ?」
「どこ?」
「あの子たち、自分たちも何か手伝えると張り切って仕事を探しているようなのです。怪我をする恐れのある作業は子供たちに割り振る訳にもいかず、作業主任も困惑しているようですね」
「はぁ、もうあの子たちってば! 大人しくパンでも捏ねていれば良いものを」
「ミラ様は作業を円滑に進むように、手配する方が向いています。行きましょう」
誰も口にはしないが、ミラさんに居座られると話が進まないのは厳然たる事実である。その主たる原因はライアンが正体を隠していることにあり、ミラさんは全面的に悪くはないのだが。
それでもあまり話が進まないとなると、仕事の割り振りがいつまで経っても終わらない。そして、細かな技術的な相談もできないままなのだ。
ミモザさんはその辺りを察してミラさんを連れ出そうとしていた。よく気が付く、というは商人には必要な才能なのだろう。まあ、ミモザさんはまず商人には見えないけどな。
「木材のことも、ミラの扱いに関しても、ミモザさんには頭が上がりませんね」
「木材は完全に商売だろ? 多少の上前は撥ねる気だぞ、あいつ」
「それは仕方ありませんよ。僕たちが気付かなかったことが問題なのですから、フォローしてくれているだけで十分です」
「もう耕していいだか?」
「いえ、その前に建物を建てるためにも、区切った内側の範囲を整地していただけますか?」
「ん、お安い御用だでな」
中央部に住宅を建て、その周囲に畑ように切り拓くという計画。
どこの街や村でも大体はこの形になっている。直近ではベルホルムスが特に似たような感じではあった。
大きな街の場合は中央の宅地とその周囲の農地があることが普通だが、更に拓いた先に環状の宅地があったりする場合もある。そしてその外周に農地があるのも必然。人口の増大と共に街を広げると、どうしても内側から広げていく形となるらしい。




