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第二百五十一話

 まだ昼間だというのに、師匠とダリ・ウルマム卿とミラさんを除いた面々は、半ば宴会のような雰囲気を醸していた。そうなると当然のように――


「真昼間から宴とは暢気なものだな、貴様ら!」


「ちょっと何しているのよ? カットスも!」


「原因は……カットス君ですか? 僕にも一口いただけますかね、アグニさん」


 轟雷と呼ぶに相応しいダリ・ウルマム卿とミラさんの雷が落ちた。師匠は諫めるでもなく、アグニの爺さんの持つ蟹の甲羅に興味津々だった。

 水の代わりにお酒を飲むことは日常であり、特に咎められることはないが……さすがに話し合いを阻害してしまうほどの騒ぎになっていたのだから、言い訳のしようもない。


 そんな騒ぎの大本となったのは、俺とアグニの爺さんである。

 アグニの爺さんは甲羅酒を随分と気に入ったようなのだが、俺には今回の甲羅酒は不味いとは言えないものの、とても美味しいと表現することのできない味だった。

 白ワインと蟹の甲羅の風味は十分にマッチしていたとは思う。ただ、そこにはどうしても泥臭さが混じり、何とも言えない嫌な味わいがあった。

 そも俺は、正月のお屠蘇以外でまともにお酒を口にしたのは、こちらの世界にやって来てからが初めてになる。日本の酒の味を全く知らずに、且つ大人の味覚を知らない俺では、お酒はそのまま飲んだ方が美味いという結論に至るのは避けられなかった。最低でも、蟹から泥臭さが無くならない限りは、俺がこの甲羅酒を美味しいと感じることはないだろう。

 だから俺は、今、師匠が口を付けている甲羅から一口に満たない量の酒しか飲んでいない。要するに、俺は酔っ払って騒ぐほどハイテンションではないのだ。


 だが、アグニの爺さんやダリ・ウルマム卿の部下の皆さんの感想は違ったようだ。

 甲羅酒という新たな飲酒方法を得た彼らは、大いにその風情と風味に感心していた。各々が身に着けた水袋に入った様々な酒を注ぎこみ、焙るまでに発展していたのだ。

 中には俺と同様に口に合わないと感じた者もいるようだが、それでもどうにかして美味しく味わおうと試行錯誤を繰り返す有様であった。

 然るに、ダリ・ウルマム卿の雷を誘発したのは部下の皆さんであると断言できる。

 そう、最初の切欠は俺であるかもしれないが、原因そのものではない。と、声を大にして言いたいが、ミラさんが怖いので言えない。


「う~ん、微妙なところですね。もう少し工夫を凝らせば、美味しくなりそうではありますが」


「そうでもないぞ、ライス殿。多少泥臭いが慣れてしまえば、十分であるぞ。ほれ、もう一杯どうじゃ、ん?」


「では、お言葉に甘えて」


 師匠の裏切りに、部下の皆さんを怒鳴りつけたダリ・ウルマム卿は顔を引きつらせてはいても、甲羅酒に対しての興味がそそられることは止められないらしい。師匠から甲羅を奪い取ると、一気に呷る。

 宴会そのものと化したこの場の雰囲気を、俺にはもう止めることはできない。それは、俺の傍に寄ってきたミラさんでも同じである様子。


「……今は開拓団員の目もないもの。護衛を務める皆さんの息抜きとして、移動は明日にしましょう」


「誰も聞いてないけどね」


「もう、またあんたが何か入れ知恵したんでしょ!」


 痛い、がそこまで痛くはない。

 ミラさんが俺を殴るときの場所も要領を得てきたものだ。肩だったり、お尻だったりと、肉の厚い部分を殴るか叩くお陰で、そこまで痛い思いはしないで済むようになった。以前は頭だろうが顔だろうが背中だろうが構わず殴っていたことを思えば、ミラさんも成長したものだと感動を覚える程だ。


「カットス、ロギンさんたちの馬車を出して。ロギンさんとローゲンさん、それとゴブリン族の御三方と丘の開拓方針をどうするか考えるわよ」


「……はい。その前に、貴重な白ワインを一樽は残すとして、もう一つは隠しましょう。相棒、樽を『収納』してからロギンさんたちの馬車を取り出そうか」


「ニィ!」


 ミラさんの意見は尤もなのだが、ロギンさんもローゲンさんもドワーフである。例外なく、無類の酒好きだ。嫌な予感しかしない。

 白ワインの樽は帝国上層部から贈られた時点で三十樽はあった中、二樽しか存在しない貴重品。そんなただでさえ数少ない樽を丸々消費されては堪らない。


「それと、ロギンさんローゲンさんとゴブリンさんたちの昼食も必要よ」


「はいはい、わかってますよ。相棒、馬車の後で食料も頼む」


「ニィ!」


 ミラさんが自然に除外してしまった御者さんの分も含め、作り置きの食料を相棒にお願いする。

 取り出された馬車の馬も御者を務める男性も、恐らく馬車の内部でも混乱をきたしているのだろう。突然、見も知らぬ場所に放り出されれば、混乱もする。

 馬に限ってはミートと部下の皆さんが乗り込んでいた指揮車両を牽いていた馬が宥めに掛かっていて問題は特に無い。御者さんも最初こそ混乱していたようだが、俺たちの姿を見て安心したようで何より。


「おう、魔王さん! なんだか酒の匂いがするんだガ!」


「妙な匂いだが、酒の匂いに間違いないゼ!」


「着いただか? ようやく儂ら仕事だべ」


 混乱から回復するには早すぎるタイミングで、馬車の後部から飛び降りてきたのはロギンさんとローゲンさんだけでなく、ゴブリンさんたちの姿もある。

 ローゲンさんの衣服に付着する木屑から考えるに、外の様子など無視して何か作業をしていたのだろう。如何に馬や御者が混乱していようとも、彼らにその傾向が一切ないことは不思議ではなかった。


「ニィ!」


「ありがとう、相棒。ゴブリンさんたち、ご飯にしましょう。ロギンさんたちは……言うまでもない、よな」


「はぁ、もうしょうがないわね。ゴブリン族の皆さん、昼食後、ここをどのように開拓するべきか、意見を聞かせてください」


「任されたべ。んだば、先に飯だでな」


 ロギンさんとローゲンさんは案の定というか、宴会に突撃していってしまった。

 ゴブリンさんたちもゴブリンさんたちでマイペースなのだが……。

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