第二十四話
寝ても覚めても移動、移動、移動の毎日にやっと終わりが見えてきた。今日が一応最終日で帝都へと到着するという話だ。
寝ているか、飯を食っているか、それとも馬車で座っているかの生活には疲れた。体を動かしたくなるのは、まだ俺が若いからだろうか? 途中何度も馬車から降りて、相棒と共に移動しようかと考えたものだ。最終的に師匠に引き留められることで諦めることにしたのだけど。
「そろそろ帝都を望める距離にあると思われるのですが、向かって左手をご覧ください」
「へぇ、アスガレムよりも大きいんじゃないかしら?」
「そうだね。間違いなく広いと思うよ」
馬車の左側にある窓に師匠親子と寄り添うように景色を眺めると、見下ろすような形で帝都の様相を眺めることが出来た。ミラさんがアスガレムと呼ぶ町がどこのことかは知らないが、相当な規模であることには間違いはないのだろう。
「ほう、オニング公国の首都よりも大きいと? 周辺国家は一度か二度訪問しておりますが、首都の規模としてはそう変わらないものと認識しております」
「まあ、比較対象が大きいですからね。分かりづらい部分もありますかね」
失礼かもしれないが、日本の都市の規模に比べるのも烏滸がましいと言わざるを得ないのだけど。でも、場所に寄りけりなのは事実だろう。
「でも、建物は国によって様々な形をしているわね」
「そうなの? 俺には似たようにしか見えないけどな」
ノルデでは高くても二階建てが精々だったし、ヘルド王国の首都の名前は忘れたが、あそこでも五階建て以上の建物を確認してはいない。田舎でも繁華街ではビルくらい建っている日本と比べること自体がおかしいのかもしれない。
「技術力という面ではカットス君の世界は、この世界を遥かに凌駕するものでしょうから、そう感じるのは仕方がありませんよ」
「どういうこと、父上?」
「マイヤ殿も事情は把握しておいでなので、ここだけの話ですが。
カットス君が召喚された折に現れた謎の金属で出来た巨大な箱には車輪がついていたのを覚えています。あのようなものを建造できる技術があるとうことだけでも、相当に高度なものだと判断できます」
「よく見ていますね。あの時、師匠は兵士に取り押さえられていたというのに」
「そんなこと一切聞いてないわよ?」
「言う必要もなかったし」
「教えなさいよ! あんたの住んでた所はどんなかんじだったのよ?」
「日本では間違いなく田舎だったけど帝都よりは広かったし、人口もたぶん多いと思うよ。日本の人口は確か一億二千万人だったかな?」
「ちょっと嘘でしょ? 一億って……」
「そのニホンというのが国の名ですか、凄まじいとしか言いようがないですね」
「ヘルドの王子は何を考えていたのか、そのような世界にまで喧嘩を売るような真似をして」
「私も、そのような国の人間の拉致に手を貸してしまったわけですか。報復されたら、この世界など滅びますね」
「……あの話が大きくなっているところ申し訳ないんですけど、普通にこの世界には来れませんからね。序に言えば、俺は帰り方すらわからないじゃないですか」
「ああ、そうでした。そうでしたね」
帝都を望むことで気が上向いたというのに、日本の話がでたことで落ち込むことになってしまった。ミラさんの質問には、お茶を濁すような話で誤魔化せばよかったなと反省する。
「でも、見てみたいわ。帰るときは私も連れて行きなさいよ」
「何言ってるんですか? そんなことしたら、師匠が泣きますよ!」
「そうだね。僕が独りになってしまうよ」
「父上も一緒に行けば解決ね」
何言ってんだ、この人。そもそも帰り方の見当すらついていないというのに。
口には出さない。絶対に殴られるから。
「ハハッ、嫁入りに父親同伴ですか」
「娘がそれを望むのであれば、カットス君は良いお相手ではありますね」
「もう! 私はこんな触手男は御免よ」
「俺もミラさんみたいな暴力女は勘弁ですよ。……痛ッくない、相棒ありがとう」
「……」
今回は学習能力の高い相棒が透明なスライム製の触手で防御してくれた。それにしてもミラさん、すぐ手を出すのはやめた方がいいと思うんだ、俺。
そうこうしている内に見下ろす形だった帝都の景色は、前方へと移り変わっていた。御者台に続く小さな窓越しに見えるのは、高い壁と巨大な門だった。
高速馬車は本当に速いなと感心するばかりだ。
「正門の通過にも手間取ることはないでしょう。乗車したままでも結構ですが、順番が来るまで少々お待ちください」
「一般の入門審査ではなく、貴族用の門を使われるのですね」
「ええ、勅命を受けた軍用馬車ですが、割り込むとうるさい輩もおりますので順番を守ろうかと」
「予定通りに到着できましたし、少々のことは気になりません。お気遣いありがとうございます」




