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第二百四十八話

 ダリ・ウルマム卿率いる部下の皆さんで、周囲の安全確認やら何やらを確認するという。

 安全確認以外では確認する内容の基準となるものが、俺の中に存在しない。

 そのような面倒な作業はダリ・ウルマム卿にお任せするとして、俺とリスラは河へと散策にやってきた。アグニの爺さんも俺たち二人の護衛という名目で、付き添うことになった。


 草原と比べ、丘から河辺までは背の低い草こそ生えてはいても、地面を覆い尽くしてはいない。乾いてひび割れた地面が見えているのだから当然だろう。

 そしてやってきた河辺には、野山を駆けまわって遊んでいた頃に見たことのある草や、こちらにやって来てからも全く見た覚えすらない草木が生い茂っていた。

 俺が見て判別できるのは、蒲焼きの語源である蒲の花、すすき、葦のような草。麻っぽい何かは日本でも川原に行くと稀に生えていた覚えがある。この臭い草は間違いなく薬師のライアン向けだな。


 シギュルーとそう大差ない体躯の鷺っぽい鳥、カワセミと呼ぶにはやや大きい綺麗な鳥の姿もある。

 鷺っぽい鳥の大きさからして、水深は凡そ俺の膝したくらいだろうか。まあ、川は突然深くなったりするので、あくまでも参考程度でしかないが。


 水の中に落ちないよう、手を切らないタイプの草を掴みつつ、水辺を漁る。

 ナマズっぽい魚や小魚が草の根本から逃げていくのを眺めつつ、更に草の根をかき分けていく。


「相棒、それだ、捕まえて!」


「ニィ!」


「ほほう、これはまたご馳走じゃのう」


 俺が見つけて相棒が捕まえたのはカニだ。こちらの摂理で考えるとこの大きさで正しいのだろうが、俺としては初めて見る一メートルクラスの藻屑蟹だ。

 立派な爪には毛が生えている。この毛にはヤバい菌がたくさん棲んでいるはず、しかも日本のものより遥かに強力である可能性は高い。


「相棒。その大きな鋏は勿体ないけど、折って捨てよう」


「毛が邪魔で熱が通りにくいからの。それが無難じゃろうな」


 俺とアグニの爺さんは、既にこの蟹を食べる気満々だった。

 しかし――


「まさか、その生き物を召し上がるつもりなのですか?」


「リスラ、蟹だよ? 蟹」


「そう申されましても、そのような不気味な生き物は食べても平気なのですか?」  

 

「リンゲニオンには目立った川や沢の類は存在せぬからの。儂のように旅慣れておれば別じゃが」


 それこそ一メートル以上あるタランチュラ似の剛毛な蜘蛛を平然と食べているというのに、蟹をゲテモノのように評価するのはおかしな感覚だった。

 というよりも、アグニの爺さんの話から推測するに、蟹という生物を知らないのかもしれない。


「川の蟹は旨味が強いのはこっちで変わらないと思うんだけど、どうなの? 爺さん」


「カツトシ殿の言う通りじゃの。蜘蛛にもよう似ておるが、蟹の方が断然旨いぞ」


「リスラは要らないそうなので、二人で分けましょうか?」


「探れば、まだ数匹居るじゃろ。ウルマム殿たちにも分けようぞ」


「お二人がそう仰るなら、アタシも食べてみたいです! 除け者になさらないで下さい」


 俺はアグニの爺さんの意見に賛同し、改めて蟹を探し始める。勿論、リスラも。

 挟まれたら洒落にならない鋏を持っているため、俺とリスラは探索専門。アグニの爺さんと相棒が捕まえる。捕まえた蟹は鋏を捨ててから相棒が『収納』した。

 そして、蟹を探索していた最中に小岩の上で甲羅干しをする亀を発見。五匹の亀と並ぶように、二匹のすっぽんもまた甲羅干しの最中であった。

 すっぽんだ。高級食材だ!

 これがまた日本に生息するサイズではなく、甲羅のみでも一メートル近くある。泥を吐かせるプールを作る必要も考え、相棒に預けておくことにした。

 夜にダリ・ウルマム卿の部下の方が星を見て、あの丘が開拓予定地であると確定するまでは蟹で空腹を紛らわせることはできる。もし開拓地でなかったとしても、本来の開拓予定地まではそう距離があるとも思えない。

 相棒に預けてある以上は、いつからでも泥を吐かせて食べることができるようになるのだ。ここは我慢しよう。


「追加で五匹、全部で六匹十分でしょう」


「獲り過ぎて、少なくなっても今後困るのでな。適度に捕まえるのが良かろう。しかし蟹は百年ぶりと久しい、楽しみじゃのう」


 アグニの爺さんの久しぶりと表現するスパンがおかしいが、気にしない。長寿であるのだから、仕方がないのだ。


「カツトシ様。それはどのように召し上がるのですか?」


「嫌なら無理しなくてもいいよ。食料はまだたくさんあるからね」


「これこれ、カツトシ殿。殿下も興味を示しておるのだ。旨いものは大勢で食うと尚旨いというであろう?」


「アグニ様が蜘蛛に似ていると仰るので、あのクリームコロッケになさるのかと思ったのですよ!」


「いや、シンプルに塩茹でするだけなんだけど……」


 師匠がテスモーラに卸したミルクとは別に、相棒に『収納』したミルクもある。だが、蟹は塩茹でが最も美味しいと思うのだ。しかも淡水の蟹だから、中途半端な火の通し方では駄目だし。クリームコロッケという選択肢もないではないが、人数がそれなりに居る以上、手間を考えると今回は却下させてもらいたい。


「では、儂が茹でよう。カツトシ殿は塩と水を用意してくだされ」


「似たような蟹は故郷で食べたことはありますけど、こちらでは初めてなのでお任せしますよ。水は魔術で用意するとして、塩は俺の手持ちで足りるかな?」


「塩でしたら、開拓団の物資をお使いになればよろしいでしょう。ウルマム将軍や部下の方たちもいらっしゃいます。お姉ちゃんもそこまでケチではないと思いますよ」


 リスラもなんやかんやとミラさんのことをケチだと思っていたらしい。

 ミートはここまでの道中で酷使しているため、丘で休ませている。徒歩で河辺までやってきたのだ。帰りも徒歩になるのは当たり前だが、その足取りはとても軽い。

 蟹を手に入れたという喜びが、旅の疲れを一掃してしまったかのようだ。

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