第二百四十七話
「着いた、のかなぁ?」
「どうじゃろうか?」
「どうなのでしょう。アタシたちでは判断できかねます」
ライアンの戦車に乗り換えた俺たち一行は、約四日後には開拓予定地らしき丘に辿り着いた。但し、辿り着きはしたものの、ここが本当に目的地であるのか判断できないでいた。
「ウルマム殿の部下が現地を確認しておるはずじゃが」
「確か、皇帝陛下もそんなことを言っていたような……確認してみましょう。相棒、頼む」
「ニィ!」
途中、戦車がぶっ壊れた際に助力を願ったローゲンさん以外は、道程がどこまで進んでいたかも理解の外にある。第一に、相棒に『収納』された時点で時は止まっていると考えられる。
そうでなければ説明できない事柄は他にもあった。
戦車を乗り換えた日のデザートとした相棒謹製のアイスクリームが、正にそれだ。
俺と相棒が協力して作ったアイスクリームは結構な数に上る。俺は氷球を維持していただけで、実際に作っていたのは相棒になるわけだが……。
相棒が独自に作り出したアイスクリームには、なんと柑橘類が混入されていた。こんなものいつの間にと、俺は頭を抱えては捻り記憶を漁れば、思い当たることは約一年前に遡る。
俺は師匠やミラさんと共にノルデにやってきてしばらくが経ち、ミラさんのスパルタな文字教育を終え、冒険者生活を始めた頃の話。
俺の担当となったミモザさんから兎狩りを依頼され、ずんぐりむっくりとした獣の兎と小さく可愛いが恐ろしく不味いスモールラビを数頭狩った日のことだ。
布を敷いただけの露店で売っていた柑橘類。店主も旅の合間で捥いだだけの果実であるらしく、名も知らぬ果実を売る露店があった。
当時の俺は今ほどの稼ぎは無く、師匠から渡された小遣いの銅貨と鉄貨が数枚あるのみ。そこで、その日の狩りの成果である兎の毛皮と物々交換した記憶がある。
外皮は、はっさくのような明るい黄色で極薄く、中身は普通の蜜柑のような色合いを持ったネーブルオレンジのような柑橘。自生していたものとも思えぬ、酸味もそこそこで甘みの強い柑橘だったことを覚えている。
何より、地竜のようにインパクトもサイズも大きなものではないため、俺自身がその存在を綺麗に忘れ去っていた柑橘を用いたことこそが驚きに値する。
そして柑橘などのフルーツを混ぜ込むという発想は、正直なところ俺には無かった。そのような工夫を凝らした相棒の発想にも、驚きを隠せなかった。
っと話が逸れたが、師匠が以前語ったように相棒は時空間魔術というものを身に着けている可能性が高いことが証明された。更に、俺よりも賢いかもしれないという事実もまた判明したことになる。
「おお、ウルマム殿! 開拓予定地はここで合っておるのかの?」
「ッ!?」
「アグニ様、ウルマム将軍はまだ事実を把握できていませんよ。しばらく待ちましょう」
相棒は俺の言いつけ通りに、ダリ・ウルマム卿を取り出したようだ。ただ、出てきたばかりのダリ・ウルマム卿は、リスラの言うように事態を把握できていない。
それは当然だろう。相棒に『収納』された時点で時の流れが止まっているとなれば、経過した時間を体感できていないことになるのだから。
「なんと! もう着いたと申すか?」
「ええ、その通りですわ。ウルマム将軍は開拓予定地を把握していらっしゃると踏んで、確認をお願いしたのですが……如何でしょう?」
「先に臨むのは間違いなくウェンデル河であろう。しばし待て……ではなく、勇者殿! 私の部下を解放していただけぬか? 斥候として放った部下であれば、現地との相違点は確認はできぬでな」
「頼む、相棒」
「ニィ!」
俺が師匠から事前に聞かされていた開拓予定地。というよりも開拓拠点の話では、恐らくこの丘で正しいような気もしないではない。
この丘から見渡しすと約二キロメートルほど先に、とんでもない川幅の大河が流れている。あの河が氾濫するというのなら、ここまで離れた位置にある丘でないと水の脅威から身を守れないと考えられるからだ。
「これで全員ですかね?」
「うむ、揃っておる。ビラモ! 宰相閣下から仰せつかった開拓予定地はここで合っておるか?」
「ウルマム将軍、しばしの猶予が必要じゃろう」
俺ははっきり言って、ダリ・ウルマム卿の部下の皆さんが全員揃っているか判断できなかったのだが、相棒はしっかりと全員を把握していたようだ。
こういったところも踏まえると、相棒は俺よりもずっと頼りになる。
ちょっと自己嫌悪に陥りそうだ。
「将軍、申し訳ありません。陽が沈んで以降、星を確認せねば何とも……」
「ふむ、左様であるか」
「アタシたち以外は進んできた道のりが分かりませんからね。仕方がないことでしょう」
「では、あれじゃの。陽が沈んで星見が終わるまで、皆を解放するのは止した方が良いな。また移動する際に混乱してしまおうぞ」
「そうですね」
どうしたものか。今日は陽が沈むには、まだまだ時間が掛かる。
なんたって、俺たちはちょっと前に起床して朝食を食べたばかりの時間帯である。俺の体感では、朝の九時にもなっていない。そんな時間帯である。
「……将軍、周囲の探索を進言いたします!」
「ここが開拓予定地であるという確たる証がない。無駄に終わらぬか?」
「この丘は見た覚えがあります! ですが、ここまで地面が乾いていた記憶はありませんでした」
「むむむ」
混乱が収まったダリ・ウルマム卿の元部下たちからの報告。
そう、それが問題だった。
俺もリスラもアグニの爺さんも、開拓予定地は湿地と聞いていたのだ。
だが、シギュルーの先導により辿り着いた地はとても湿地と呼べるものではなく、地面が乾きひび割れた状態であった。
それはまるで、収穫を終えた後の田んぼのように。




