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第二百四十六話

 道作りの担当が俺に回ってきてから三日目の昼。テスモーラを出発してから数えれば、通しで五日目の昼となる。

 本来は一日ごとに交代する役回りであった道作りの担当も、ずっと俺のターンのまま開拓予定地へと到着してしまいそうな雰囲気であった。


 道のりは恐らく順調である。その理由はシギュルーやラビ二匹の協力によるものが大きい。

 颯爽と草原を駆ける戦車の荷台にラビを投下したのはシギュルー。

 その後、遥か高空に位置しては時折涼やかな鳴き声を放ち、聞き取ったラビがミートへと伝えていた。進行方向に魔物の存在を察知すれば迂回するように示し、ミートは指示通りに進むというように。

 シギュルーが偵察機を、ラビがそのオペレーターを務めているかのようである。


 そのように、俺たちは順調に開拓予定地を目指していた。

 ところが、つい先刻問題が発生してミートと戦車は停止を余儀なくされている。


「魔王さん、こりゃどうにもならねえヨ。乗り換えるしかないナ」


「アグニ様が重すぎたのでしょうか?」


「リスラ、爺さんの体重だけが原因ではないよ。一因ではあるかもしれないけど」


「殿下、儂だけが悪いわけではあるまい」


 アグニの爺さんが座っている側の車軸受けが壊れてしまったのだ。

 この戦車は言ってみればプロトタイプ。

 部品の類は馬車からの流用品と、ベルホルムスの農具に手を加えたもので作られている。何もかもが中古品である以上、いつ壊れても不思議ではなかった。


 戦車を牽いているミートが異変を感じたのか、減速した際にバリンという音と共に片方の車軸が外れた。片方が外れたことで、反対側の車軸受けも余計な力が加わりひん曲がってしまっている。

 そんな状態であるからして俺たちの応急修理ではどうにも出来ず、急遽ローゲンさんを『収納』から取り出した。

 普通、人物に対して取り出すという表現は使うべきではないが、相棒に選別してもらう都合を含め、この表現が最も適切だろう。


 取り出されたばかりのローゲンさんが混乱を極めたのも予想通り。野盗の指揮官然り、ガフィさん然りである。

 その混乱も俺たち三名の顔と戦車の惨状を見て、すぐに立ち直ってもらえたのは幸いだった。


「伯爵の戦車は仕様が異なるからナ。ライアンの戦車か、将軍や部下の戦車を使うことを勧めるゾ」


「師匠の戦車は何が違うんです?」


「あれは外装こそ木材で化粧しているが、ほぼ鉄製ダ。その分、頑丈ではあっても結構な重量があるンダ」


 師匠とアランが乗っていた戦車には、俺の戦車の荷台部分に楽譜置きのようなものが据え付けてあった。スクロール代わりの石板か土塊を置くためのものであったはずだ。

 そこそこ高い位置に石板や土塊を置く必要がある以上、横転を防ぐためには戦車の躯体をそれ以上の重量にする必要があったのだろう。

 そんなことを考えつつ、アグニの爺さんと一緒にミートを戦車に固定している部品を外していく。


「戦車を替えてもミートには頑張ってもらうよ。速度はミートが疲れない範囲で構わない。無理をさせて潰れられては、他の馬を御せない俺たちが困る」


「そうですよ、お肉。あなたが無理をせずとも、戦車は十分に早いのです」


「儂も戦車同様に小僧と交代した方がええか?」


「いえ、継続で。年長者の判断というものは必要ですから」


「そのようなもの、必要になった試しがなかろうに」


 正直に言うと、俺とライアンが揃うとノリが妙な方向に向かう可能性が否定できない。それをリスラが抑えきれるとも限らないため、アグニの爺さんには残ってもらう必要がある。

 アグニの爺さんが疲れたというのなら、師匠かダリ・ウルマム卿と交代してもらう方が妥当だろうか。


「相棒、ライアンの戦車だけを取り出すことは可能か? 馬とライアンたちを無駄に混乱させる必要はないからな」


「ニィ!」


「そりゃそうダ!」


 欲しいのは戦車のみ、混乱するであろう馬や人物たちではない。緊急事態の対処を検討するために出てきてもらったローゲンさんとは事情が異なる。

 まして、混乱が醒めぬうちに再び『収納』するのは忍びない。というか、最終的に全員が出てきた時に混乱に拍車を掛けそうで怖い。

 軽快な相棒の返事を聞く限りでは、馬を固定している部品の解除も問題が無いようではある。どのように解除するつもりか、果てしなく謎だが。


「少し早いけど、キリが良いので昼食にしましょう。とっておきを出しますから、ローゲンさんも」


「とっておき、ですか?」


 とっておきと言っても卵黄抜きのアイスクリームである。俺は元より、ローゲンさんもバター量産時に口にしているものだ。

 クリームは水分を飛ばすのと殺菌のために沸き立たないぎりぎりで熱を通しているが、卵は火を通すと凝固してしまうからそれは出来ない。そのため、生食できない卵を俺はアイスクリームから除外した。

 兄貴が昔作ってくれたホイップしたクリームを型に入れて凍らせたものを、暫定的にアイスクリームと呼んだに過ぎない。正直なところ、味と作り方は覚えていても正式名称が全く思い出せなかったという言い訳である。

 そして、これから提供する予定のアイスクリームは俺が作ったものではない。

 相棒に任せて作らせたものであるため、どのような出来上がりであるのか、俺自身も興味がある。


「先日、ようやく味覚が元に戻ったのですよ? 聞いていますか、カツトシ様!」


「昨日も今朝も聞いた」


「テスモーラではカツトシ殿が何か新たなものを作っておるとは聞いてはおったが、儂もあの街では本業の絡みで忙しかったのでな。とっておきとやらには期待しておるよ」


「魔王さんが作るもんは珍しいからナ! 期待してるゼ」


 相棒が静かに取り出した戦車にミートを繋ぎ、壊れた戦車を『収納』してもらう。次いで、フェルニアルダートで作られた食事を戦車の荷台上に置いてもらうことだ。

 期待のアイスクリームはデザートなので、食後にお願いするとしよう。

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