第二百四十五話
今現在、相棒の射程距離は約三十メートル。
その射程距離を生かし……てはいないが、両の触手でロワン爺さんの剣を振るっている。要は草刈り鎌よろしく草を薙ぎ払っている最中である。
相棒の振うロワン爺さんの剣は淡い光を宿す。
師匠から与えられた宿題の過程で、剣の芯材は俺の魔力でぶち抜いてはいた。その後にかなりの時間が経ち、俺の魔力が馴染んでいたとしても不思議ではない。
だからといって、相棒が俺の魔力を勝手に剣へと流し込んでいいとも限らないのだが……。
早い内に気付いたのは幸運だろう。俺の身体に少しずつだが怠くなるような感覚があることを自覚できただけでも、自身の成長と褒めてやりたいくらいだ。
そのお陰で俺は魔術を一切行使していないにも拘らず、造血剤を服用している。
ただ、今までこのようなことはなかった。俺の動体視力や肉体の再生能力が著しく向上したように、相棒にもまた何かしらの変化があるのかもしれない。
「地味だのぅ」
「仕方ないでしょう! 俺の魔力量では師匠やライアンの真似など不可能なんですよ!」
奥の手として『びぃむ』を使うという手もあるにはある。
だが、あれは有限であるのだ。
いくらワイバーン戦の獲物を大量に確保しているとはいえ、残弾がゼロとなる不安を抱えたくはない。戦闘行為以外で『びぃむ』を行使する気は俺には無かった。恐らくは相棒にも。
だから仕方なく、相棒が草を薙ぎ払っているのだ。
「禁じ手のような案はあります。でも、それを使うには開拓団の皆さんの協力が不可欠ですし……」
「ライス殿とて賊の襲撃時に一昨日の方法を使おうとしておったようじゃが、カツトシ殿が一網打尽にしてもうたからな」
そんなのは初耳だ。いや、俺が『びぃむ』で薙ぎ払わなければ、師匠が土壁の魔法陣で野盗を駆逐していても何らおかしなことはなかっただろう。
今日もミートの牽く戦車に乗り込んでいるのは昨日の同じ面子。アグニの爺さんとミジェナちゃんだ。
俺、本来の望みとしてはライアンとミジェナちゃんであったのだが、ライアンの都合によりそれは叶わなかった。
キア・マスがライアンと共にあることを強く望んだことが原因ではある。
何せ、戦車の座席は三人掛けである。幼いミジェナちゃんを居住性の悪い荷台に乗せるわけにはいかない。それに、俺が荷台に乗るという選択肢は最初から存在しないものでね。
「その禁じ手、使ってみてはどうかの?」
「いや、でも……。俺も禁じ手ではあるものの、それが一番手っ取り早いと思います。でも、心理的には結構な抵抗があると思うんですよね」
「なに、儂が協力を呼びかければ、一発じゃろう! 儂もそこそこ名が売れておるからな」
「じゃあ、お任せしてもいいですかね? 後方の馬車列を一旦停止させますよ? 本当に良いんですね?」
「儂に二言はない。カツトシ殿の思うようにやるが良い!」
禁じ手とは言ったものの、試験的な成果は確かにある。
ただ、対象が大多数であっても上手くいくかどうかについての保証がないだけ。
今までの経験則から考えれば、十二分に望みがあると、俺自身は判断している。
更にそこへアグニの爺さんの協力があるのだ。これは願ってもない機会となるだろう。
◇
「正気……ですよね、カットス君?」
「はい、師匠」
「前例は見ていますから、大丈夫だとは思いますが……。残すのはカットス君の乗る戦車だけですか」
「眼となるリスラと護衛戦力にアグニの爺さんが居れば十分です。他の方々は予定通りですが、必要となればそれこそ何時でも出てきてもらえますから」
「ライス殿、すまぬ。まさか、カツトシ殿がこのような手段に打って出るとは思わなんだのだ」
アグニの爺さんは俺が何を企んでいるとも聞かず、開拓予定地へと向かう馬車列を止めた。そして、俺に協力するようにと開拓団員に告げたのだ。
「詐欺みたいな手段だな」
「実際にそうなると思う。気が付いたら、既に目的地かもしれないし」
「兄ちゃん、マズい! 姉ちゃんが気付き掛けてる!」
「ガヌ、声が大きい!」
俺が何をしようとしているのかを察したのは師匠とライアンだった。アグニの爺さんがそこに気付いた時は最早手遅れ。
ガヌもガフィさんの何かを思い出し掛けていると、大慌てで駆け寄ってきたりもしたがな。
そう、俺がやろうとしていること。
それは開拓団そのものを相棒に『収納』してしまうこと。
戦車だけであれば、草原だろうと苦も無く走破出来ることは経験済み。鈍重で通る道を選ぶ馬車さえ存在しなければ、開拓予定地までの道程は何ら問題なく走破出来るはずである。
「ガフィさんが行方不明であった一晩とは、まさかカットス君が?」
「師匠、すみません。事後報告になりますが、ガヌを守るため致し方なかったとしか」
「兄ちゃんはボクを姉ちゃんから守るために!」
「ガヌ君が納得しているのであれば、今回は大目に見ましょうか」
「って言うか、兄ちゃん。今度はボクも入るの?」
「ああ、そうだ。穴あきクッションは幾つか作ったけど、荷台の乗り心地は最悪だぞ? それでも良いのなら別だけど」
「……大丈夫、姉ちゃんは無事に出てきたし、戦車の荷台は尻がもげる。それよりはたぶんマシ」
現在、相棒の右触手が大口を開け、開拓団員の御する馬車を次々と呑み込んでいる。相棒が強引に呑み込むことは、馬車の破損や開拓団員の心情を考慮して無しにした。
その中にはミラさんも子供たちもダリ・ウルマム卿の姿もある。ガフィさんが少々躊躇しているようだが、フェルニルさんが宥めているのが見えている。
「戦車の台数を増やそうぜ! な?」
「ライアンはシギュルーの目を借りたい時に、師匠は開拓予定地の確認に必要だから、出てきてもらう頻度は高いと思うよ」
「ライアン、このような機会はそうあるものではありません。相棒さんを解析するチャンスですよ」
「兄さんは何でそう暢気なんだよ!」
ライアンは是が非でも『収納』されたくないようだが、馬車や荷馬車は全て『収納』が完了したようで、残すは戦車のみとなっている。
ライアンが御者を務める戦車上では、キア・マスがこちらへ向けて手を振っている。手遅れだろう。
「ではアグニ殿、カットス君をよろしくお願いします」
「うむ、任された」
「カツトシ様がお姉ちゃんよりもアタシを必要としてくださるなんて!」
俺の横で小刻みに身を震わせていたリスラがやっと口を開いた。
何か、感動しているみたいなので水を差すつもりはない。戦車が走り出したら元に戻ると思うし。
いいや、戻って貰わないと困る。ミートの牽く戦車ではリスラこそが遠くを見るための目であるのだから。




