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第二百四十三話

 昨日に開拓団員が個々に持つ荷物や家畜は、各馬車に積み込まれた。

 そうして本日、旧都市国家テスモーラを開拓団は発つ。

 テスモーラの北門から出て、街道に沿い北へ迎えへばベルホルムス。しかし、開拓団が目指すのは街道ではなく、草原が広がるのみの西方面となる。


 北門に出揃った開拓団の馬車列前方には、野盗の襲撃を防ぐために築かれた土壁を彷彿とさせる光景が広がっていた。師匠が作り上げた土壁には数多の魔法陣が描かれていた。

 その土壁は、たった一回きりしか使えないスクロールの役目を果たすという。

 これこそが、昨日師匠が語った改良の施された魔法陣であるらしい。


「始めましょう」


 そう宣言した師匠は、立ち並ぶ土壁に両手で触れる。

 そのまま集中するように、口を噤む。


 次の瞬間に、俺が目にしたものは暴風だった。

 本来、眼で追えるものではない風が可視化されている。勿論、それだけ済むはずもなく、台風の日に聞いたことのある暴風の音が辺りを埋め尽くした。

 土壁から放たれているのは横向きの竜巻であった。


「過去に、俺と共に遺跡で発見した魔法陣を兄さんなりに改良したものだ。大規模魔術は兄さんの真骨頂とも言えるからな」


 ライアンの言葉を聞きながらも、俺は呆気に取られていた。

 相棒の『びぃむI』を凌ぐ程の射程を持つ竜巻に煽られた草原の草々は刈り取られるどころか、竜巻の一部となり果て共に吹き飛んでいく。

 多くの草に覆われ、見えていなかった地面が剥き出しとなってしまってもいる。

 師匠の講義でも理論のみしか語られなかった大規模魔術というものを、俺が初めて目にする機会となった。


「一瞬にして道を造り上げるとは、流石は大魔術師! 素晴らしい!」


 俺と共に、昨日の師匠の発言に首を傾げていたダリ・ウルマム卿も大いに師匠を讃えている。勿論、俺だってそうだ。

 だが、これではハードルが上がり過ぎだ。

 元より魔力量が少ない俺では師匠の真似など、夢のまた夢。

 俺は相棒にお任せするとしても、やり方は考えておくべきかもしれない。師匠のように開拓団員の度肝を抜く、という意味で。


「さあ、道は出来ましたよ。進みましょう」


 スクロールの代わりを務めた土壁は、師匠のその宣言と共に崩れ去った。最早、開拓団の進路上に障害となる物は存在しない。


「順次、進行を開始せよ!」


 ダリ・ウルマム卿の叫びが轟き、開拓団の馬車列が前方から徐々に発車していく。俺もミートのお尻を軽く叩き、合図を送る。

 俺が乗る戦車の位置は馬車列の最後尾となる。今日乗り合わせているのは、いつもの面子ではない。

 三名掛けの座席の中央にには俺が。左側にはライアンが座り、右側にはなんとミジェナちゃんが座る。


「兄さんが魔王の弟子にミジェナを、と言っていたが本気か?」


「師匠の話では、それが最良らしいし」


「ミジェナ自身に選ばせるのが一番早いか。どうする?」


「……」


 ミジェナちゃんは迷っている、のだと思う。

 そりゃそうだ。つい先刻まで師匠の圧倒的な魔術が炸裂していたのだ。

 俺だって同じような状況に置けれれば、迷うに決まっている!


「師匠だと純粋に魔術のみになる。ライアンに教わるのが一番潰しが利くだろう? 何せ、ライアンは薬師も錬金術師も魔術師も熟せるからな」


「俺に押し付ける気、満々だな! まあ、あれだ。俺も本人が望むのなら、俺の知る限りは教えてやりたいとも思うが、どうしても向き不向きはあるからなぁ」


「……」


 俺にとって魔術は完全な付け焼刃でしかない。それ以外に何があるのかと聞かれても困るけど。

 だから、俺が教えるというのは無しだ。教えられる気がしないからな。


「ミジェナはまだ幼い。まだ幾らでも猶予はある。ゆっくり考えて決めればいい。但し兄さんは領地に帰らせるから、選択肢は俺か魔王のどちらかだな」


「……」


 ミジェナちゃんはあまり声を発することがない。タロシェルよりも更に大人しい。

 いや、活発なのはサリアちゃんとガヌくらいなものなのだ。見た目こそ子供枠のライアンは除くが……。


「……なりたくない」


「なんだって?」


「やらなきゃダメなの?」


「ああ、第三の選択肢があったな。魔術は覚えれば便利だけど、無理にやる必要はないね。俺も主力は相棒で、魔術は……趣味にしか役に立ってないし。ミジェナちゃんの選択を尊重するよ」


 魔術師というのはミジェナちゃんに示された選択肢でしかない。ライアンか俺か、以前に魔術師に絶対にならねばならない選択は存在しない。

 俺は師匠の言葉から、その選択肢を最初から排除してしまっていたことに気付いた。


「それも確かにアリだが、よ~く考えろよ。魔王は料理に魔術を使うと聞く。魔王と同じ魔術を覚えれば、珍しく美味い菓子を作れるようになるんだぞ!」


「ッ!」


「ライアン、趣味全開でミジェナちゃんを煽るな! ミジェナちゃんの選択を尊重しろよ」


 魔術師にならないという結論でミジェナちゃんは落ち着いたかに思えたのだが、ライアンの一言で状況が一変した。ミジェナちゃんは瞳を輝かせて、俺を凝視している。

 その瞳にあるのは期待。そして希望か。


「……お兄ちゃんにする」


「よし、よく言った!」


「……」


 ミジェナちゃんに変わり、黙するのは俺の番となった。


 俺が想定したドケチ魔術のデメリットを考慮すれば、漢字は最悪でも記号にしてしまえばいい。だけど、師匠が俺の魔術理論と呼ぶものは日本の義務教育課程で得た知識や短いながらも高校の授業で得た知識が多くを占める。更に、兄貴に強制された実験の末に得た教訓なども、その元となっていると言える。

 そのようなものを俺が教える? 無理だろ……。

 それでもやらねばならないとすれば、小学校の理科の実験でも思い出しながら教えるしかない。但し、教材となるものを自力で確保できるのかも不明だ。


 いずれにしろ、ライアンに押し付けることに失敗した以上は俺が何とかするほかないのだが……。前途多難としか表現のしようもないな。

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