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第二百四十二話

 レウ・レルさん率いる騎士団は皇帝陛下の近衛であり、その名も白銀騎士団というらしい。

 皇帝陛下も自身や皇宮内を護る近衛を遠ざけ、開拓団を追跡させるなど思い切ったものである。その分、信用も信頼もおける組織であるのだろう。

 任された仕事は面倒極まりないものであったことは、ムリアの代表者との会談で判明していた。

 そんな白銀騎士団の皆さんとも、このテスモーラ南門前でお別れとなる。


「我々はこれから帝都へ帰還します。復路に於ける主な任務は使節殿の護衛と重犯罪者の護送です」


「賊の引き渡しで手間をお掛けして申し訳ありませんでした」


「罪人の取り締まりは騎士団の仕事でありますれば、御身が苦慮されることではございませぬ。それに一部の賊は勇者殿からの恩赦を受け、監視付きではありますが解放しております」


 俺はレウ・レルさんの言葉を受け、辺りを見回す。

 ウィヴと同郷である男の他、数人のエルフや人族の男女がテスモーラの衛兵に付き添われるように佇んでいた。どうやら彼らは、このテスモーラの衛兵詰所で下働きすることが解放の条件であるらしい。


「奪われた子供たちの行方は今後も引き続き捜索させます。東国連合へ移送されるにしても帝国と東国連合地域は封鎖されております。恐らくは南のヘルド王国を経由している可能性が高いが故、ヘルド王国との国境にある関所には伝令を放ちました。勿論、内通者の摘発も視野に入れて動いています」


「被害者でもあり、加害者でもある彼らの心情を思うとやり切れません」


「開拓団、開拓村にも同様のリスクがございます。勇者殿、どうかお気を付けを」


 レウ・レルさんは長くなりそうな話題を意識的に短く切り上げたようだ。出発を待つのみの各馬車には既に人員が乗り込み終えているからだろうな。

 颯爽と軍馬に跨ったレウ・レルさんが馬車列の先頭に位置し、号令を掛ける。綺麗に陣形を維持したまま、五台の馬車と二台の戦車が進み始めた。



「騎士団やムリア使節団の食料を気にせずによくなったのは助かりますが、護衛戦力が低下したのは確実です。開拓予定地までの道中は少し気を引き締める必要がありますよ?」


「減っているように見えても実際は増えていますよ、師匠。ミモザさん率いるキャラバンと護衛が……」


「彼女からはまだ正式な申し出すらされていません。食料や水は別枠で考えるべきでしょうね」


 師匠がケチ臭いことを言い出した。

 ミモザさんも正式な開拓団員ではなく、アグニの爺さんと同様にオブザーバー的な立ち位置にある。だからこそ、開拓団のお金を彼らに投じることが出来ないのだろう。


「ミラ殿にも伝えたが、馬車の修理も完了しておる。そろそろ我らも出発すべきであろう?」


「ええ、そうですね。今日中に荷や家畜の積み込みを完了させ、僕たちも明日には出発するとしましょう」


「ライス殿と勇者殿、他に魔術の使える者が戦車で先行するという案は本決まりであるか?」


「そうしなければ、戦車以外が進むには厳しいでしょう」


 テスモーラからベルホルムス間は街道が存在する。馬車や荷車、徒歩等で踏み固められた土の道でしかないがね。

 ただ、それ以外であると道ですらなく、草原が広がっているだけだ。

 道なき道である以上、通常は馬車が進める場所ではない。

 ならば、どうするか?

 答えは魔術等で草を払い除けて進めばよい。そんな阿呆なことを言い出したのは、間違っても俺ではない。

 何を隠そう、師匠がそう発案したのだ。


「魔術は使ってこそ育ちます。カットス君もそうだったでしょう?」


「まあ、確かに」


 使いながら微調整を繰り返して、今のドケチ魔術がある。だから、その理屈は否定しない。否定はしないが……。


「ミジェナちゃんには確かに魔術師の素質があるようでした。残念ながら双子であるはずのタロシェル君にその傾向が見られないのは不思議なものですが、個人の感覚である以上仕方のないことなのでしょう」


「ううむ。タロシェルが魔術を使えるようになれば、勇者殿の作る料理の再現が可能であったであろうに」


「そうなんですけど、そっちの話じゃなくて! 現在、開拓団内でまともに魔術を扱える者は師匠とライアン、俺くらいしか居ませんよね?」


 師匠の発案である草原の草を切り払いながら馬車を進めるという案。これには大いなる問題が立ち塞がっていた。

 ライアンに弟子入りしているアランの妹イレーヌさんの存在もあるが、彼女はまだ座学の段階でしかない。実際に魔術を行使している場面に立ち会ったことも無ければ、見たこともない。

 そうなると、師匠とライアンと俺しか魔術を行使できる者は存在しない。例外的な立場でいえば、相棒も魔術の行使は可能なのかもしれないが、今のところ相棒は俺のユニークスキルという扱いであるのだ。

 正味、三人プラスαで開拓予定地まで草を払い除け続けるという案には無理を感じる。ダリ・ウルマム卿もそう思っているに違いない。


「私もそれが懸念しておる。どうなさるおつもりかな、ライス殿?」


「大丈夫ですよ。ライアンは魔具やスクロールを自在に扱えますし、カットス君には相棒さんがいらっしゃる。最初は僕が大規模魔術で一気に道を確保します。そのために魔法陣の改良を日夜続けていたのですよ」


「本当に信用しても? 肉だけであれば勇者殿が確保しておるし、多少は持ち堪えられるとは思うが」


「イレーヌさんやミジェナちゃんに簡単な魔術を教えるのにも打って付けですよ」


 ミジェナちゃんは誰の弟子になるか表明していないけど、イレーヌさんはライアンの弟子ですよ? そう言いたいが、相手は師匠である。きっと何か他に考えがあるのではないだろうか?

 

「カットス君の場合は保有魔力量の問題で断念した部分が多かったのですが、彼女らであればそのような教育方法もありでしょう。それにカットス君は、僕やライアンの理解が及ばない魔術理論を持っています。一時は空間魔法をレクチャーしようかと考えてもいましたが、それも恐らくは必要がない。これから先、カットス君の魔術をさらに伸ばしていく方法は別にあります。

 基礎となる座学だけは僕が指南しますから、ミジェナちゃんを弟子に取りなさい。僕がカットス君から色々と学んだように、君もミジェナちゃんから学べるはずです」


 何を言い出すかと思えば、師匠は突拍子もないことを言い出した。

 ダリ・ウルマム卿も俺も、てっきり開拓予定地への道程での草刈り云々の答えが返されるものと思っていたのだ。だが、師匠の返答は俺にミジェナちゃんを弟子に取れと言うものだった。

 そもそも、今の俺のドケチ魔術は日本語や漢字が理解できないと意味がなく、日本での義務教育があってのもの。

 それをミジェナちゃんに教えるとなると、俺には無理難題以外の何物でもない。そんな風に思えた。

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