第二百四十一話
テスモーラに逗留して早五日が経った。
今日になってようやくライアンが騎士団の仕事から解放された。
「全員の尋問がやっと終わってな。騎士団は罪状の曖昧な賊とムリアの連中を引き連れて、明日帝都に戻るとさ」
「そうか、お疲れさん」
「ところで、随分とまた旨いものを作ったようだな?」
「俺の故郷ではただのお菓子だよ。クッキーはモノによっては贈答用だったりするけど」
「やっと物の味がわかるようになったんだ。労うなら俺の分も作りやがれ!」
「無理無理、材料が色々と足りないから。そんなことより、騎士団が帝都に帰るなら見送りに行かないと」
材料さえあればライアンに作り方を教えて、丸投げするという計画もあるけれども。今、優先されるべきは騎士団の見送りだろう。
何事にも優先順位というものがあるのだ。間違えてはならない。
「勇者様の仰る通りですわ。あの堅物レウ・レルを見送るのも、我が家の婿となるライアン様の仕事ですわね」
「ぐっ」
「ですが、ライアン様の仰る通りでもありますわ。わたくしたちを除け者にして、美味しいものを召し上がってらしたのでしょう?」
「除け者にしたわけじゃない。あくまでも、試作と商談ありきだから!」
「カツトシ様、アタシも除け者となったひとりなのですよ?」
騎士団に協力していたライアンとキア・マスだけでなく、リスラまでもが参戦。
三対一では、俺には非常に分が悪い。
但し、俺はライアンとキア・マスの動向は把握していたけど、リスラがどこで何をしていたか知らない。リスラ自身の用事で何かしていたなら、俺には非は無いはずなのだが。
「アタシはミモザさんのお手伝いです。キャラバンとガフィさんたち護衛を纏めて雇った聞いたもので……」
「「は?」」
「ミモザさんが開拓団と近隣の都市間で交易をするのに都合が良いと、キャラバンと護衛を接収したのですよ。イラウの冒険者ギルドには、既に手紙を出してあるそうです。ガヌ君も知っているはずですよ?」
リスラが話した内容は寝耳に水な話だった。だけど、ガヌが既に知っていて納得しているのなら、俺がとやかく言う必要はない。
というよりも、キャラバンと護衛は開拓団に編入されたことになるのだろうか? そうなれば規模がまた大きくなるわけで……。
「姫さん。キャラバンと護衛の扱いはどうなる?」
「あくまでもミモザさんの子飼いですね。カツトシ様が冒険者稼業で獲るであろう素材を売り払うためのものらしいですよ」
「俺、冒険者引退して開拓地で様々な売り物を開発しようと考えているんだけど……」
「いや待て、魔王が何をするにも材料が要る。その材料を仕入れるにも金とキャラバンは必要になるわけだ。考えてたんだな、さすがは爺の孫といったところか」
ライアンが言うように開拓予定地に到着したとしても、すぐに農作物の収穫が出来るわけではない。開墾から本格的な畑づくりを経て、植え付けや手入れの末に収穫があるのだ。
やはり、しばらくの間は出稼ぎ労働が主流になるのはやむを得ないのかもしれない。
「ミモザさんは商人ですからね。その辺は十分に考慮されていたのでしょう」
ミモザさんが商人? 俺は聞き間違いかと思ったが、そうでもないようだ。
しかし、普通は商人が斥候を務めたりはしないだろう? あの人、本当に商人という分類で良いのかね?
「何、不思議そうな顔してんだ? 帝国の冒険者ギルドは職にあぶれた者たちへの施しと諜報の要だが、運営するには金は掛かる。勿論、帝国から助成金は出ているが足りるはずもない。素材の売買による利益こそが冒険者ギルドの運営費用となるんだ」
「まあ、売りたいと思う素材は相棒の中にたんまりとあるからいいけど。俺はのんびりと暮らしたいんだ」
「勇者様、開拓地は開拓地で闘いとなりますわ。のんびりと暮らせるようになるまでには数十年のは掛かりますわよ?」
「キア・マス殿。それは森や林でのことだろう? 開拓予定地は湿地と聞いている。何十年も掛かるとは考えにくいぞ」
「アタシはお姉ちゃんから湿地にある小高い丘と聞いていますよ? 本来の開拓予定地は川沿いであるそうですが、治水工事は先に延ばして開拓拠点を築くそうです。
まずは宿場町を築き、その上で治水を行う。ホーギュエル伯爵のお考えでは、そのような予定であるそうです」
都市計画を立てたミラさんの志を挫いた師匠の話が、確かそんな流れであったような。それも、師匠を講師とした授業であったような気もする。
「頻繁に氾濫する川の流域を開墾するなど無駄に等しいでしょう。それこそ、闘いですわ」
「丘に拠点を築き、治水のための調査に入るのではないのですか?」
「川を挟んだ先にある遺跡の探索が最優先だろ? 魔王を元の世界に返すための情報を得る必要がある。そのために開拓予定地があの場所に選ばれたんだ」
「「……」」
ライアンの言を聞いて、ハッとする。
俺もすっかり忘れていたけど、俺が日本に帰るために師匠やライアンが遺跡を調べてくれることになっていたのだった。
もし帰れるとなれば、ミラさんは付いてくる気でいるらしい。リスラはどうなのだろう? 容易に訊くことが難しい質問だ。
師匠は伯爵家の現当主で奥さんも息子さんもいる。付いて来たいと言っても断固拒否する必要があるけどな。
突然、神妙な気配を纏ったリスラとキア・マス。その両名は、俺を見つめていた。
「まだ先の話だ。まずは騎士団の見送り。その後は開拓予定地に到着することが最優先になる」
「ま、まあ、そうだよな。ムリア王国や商業都市国家ジャガルと戦争になるかもしれないんだろ? そっちの方が俺なんかよりも重要だろう?」
「ライアン様との出会いは触手様のお陰ですわ。その触手様が失われるなんて……」
「キア・マス、茶化さないで! カツトシ様はアタシを置いて、お帰りになられるのですか?」
「い、いや、その……帰れるかどうかすら分からないから。そう都合よく帰れそうな情報が得られるとは限らないし……」
キア・マスは通常通り、ではなかった。リスラの動向を窺っていた節が見られたのだ。
リスラの問いに、俺は苦し紛れの言い訳のような台詞を吐いたわけだけど、それこそが今の俺の想いでもある。
これから先に何がどうなるかなど、俺には予測できない。分からないことを断言できるほど、俺は大人ではなかった。




