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第二百四十話

 日本の夏に比べ遥かに涼しいとはいえ、帝国も今はまだ夏の終わり頃。

 宿の一室ではバターの量産が始まっていた。

 そこそこの暑さの中、冷房もない室内で窓を閉め切って作業をしているのはダリ・ウルマム卿の部下である元軍人たちと、開拓団員からの志願者たち。

 元軍人たちはダリ・ウルマム卿の意向が働いているため、作業に従事するのは仕方ないにしても、開拓団員からの志願者も相当数が作業に従事している。


 明り取りの窓も鎧戸を閉じれば、室内は真っ暗。

 だというのに、この宿で常備されている獣油ランプは使われていない。

 ミラさんがこの作業のためだけに購入してきた高価な蝋燭を灯りに用いている。

 獣油ランプの臭いは確かに臭いが、慣れてしまえばそうでもない。でも、売り物であるバターに臭いが移ることが懸念されたようだ。


「ミラさん。ここは二階なんですし、窓を開けたらどうですか? さすがに宿の二階を覗く人も居ないと思いますよ?」


「ダメよ。バターの製法は開拓団で秘匿するのだから!」


 蝋燭の熱が籠って暑い。それに酸欠になりそうで怖い。

 だから、ミラさんからは死角となる俺の後ろ腰ではドケチ魔術『O2』を行使中だ。爆発……しないよな?

 

「魔王さん、用意した材料の分の筒は作り終えたゼ。俺たちもバター作りに参加するゾ」


「子供たちに筒の量産を頼まれてはいたけどナ。まさか、ここまで増えるとはナ!」


 隣の部屋で木工作業をしていたロギンさんとローゲンさん。

 彼らは師匠が購入した馬車の修理には携わっていない。馬車はこの街の馬車屋さんが修理しているのだとか。

 木材はまだ相棒の中にしこたま余っているけど、あれは建材だしな。それにこれ以上の筒の追加も必要ないだろう。使い廻せば良いのだ。


「おおぅ、バターだ。子供たちに分けてもらったバターと同じ色だ」


「村長! 開拓団員であれば、バターは自作しても良いのですよね?」


「ええ。でも、搾れるミルクの量は有限だからそこは調整が必要になるわ」


 ミラさんは開拓団内では村長と呼ばれていた。開拓予定地にも近付き、皆の心は早くも移動ではなく暮らしの方に傾いているらしい。


「カットス、そろそろバター作りは終了するわ。予定していた量は作り終えたもの。残りのクリームで作業に参加してくださった皆に、アイスクリームを提供してあげて」


「えっ、この人数にですか?」


「そうよ。この暑い中協力してくれたのだから、そのくらいのお礼は必要ね」


 相棒に収納してあるアイスクリームの在庫は、掌サイズの氷球にふたつだけ。どう考えても足りない。

 雑魚寝用の大部屋には元軍人と単なる開拓団員が合わせて三十二名。ロギンさんとローゲンさんを加えると三十四名。そこへ更にミラさんの分を加える必要すらある。

 

「三十五名分となるとクリームが足らないかもしれません。ミルクも混ぜちゃいますよ?」


「任せるわ。――皆、聞いて! バター作りは各々が今やっている作業で終了とします。今からカットスがお菓子を作るので、順番を決めて待っていてください」


 今の今まで筒を振るシャカシャカという音ばかりが響いていた室内に、ガヤガヤとした会話が混じり始める。

 そんな声を右から左に聴き流しながら、俺はアイスクリーム作りを始める。


 材料となるクリームが不足するため、アイスクリームもアレンジする必要がある。

 宿にクッキーの作り方を教えた際に卵黄と卵白を分けても、卵白を使わないという選択肢は無かった。そのために卵黄とバター・砂糖を泡立てたものと、卵白を泡立てたメレンゲを別に作り、最後に小麦粉と混ぜ合わせて焼き上げクッキーとした。

 今回もそれに近いものがある。

 昨日、搾られたミルクの上澄みであるクリームの多くは、先程までの人海戦術でバターになっている。遠心分離器でミルクとクリームを分けたわけでもないので、樽のミルクにもまだ脂分含まれていると思う。

 氷球に入れるクリーム二にミルクを一加え、試しに作ってみることにした。これで失敗すると更にクリーム不足を加速させてしまうのだが、今はそれを気にしている場合ではない。


「ちょっと味見。おおぅ、クリームのみのよりも、あっさりとしてるな。ミラさん、これ試作です」


「あんたや私が先に食べちゃダメでしょ?」


「配合が変わるのでどうしても味見が必要なんですよ」


「昨日のより若干すっきりとしているわね」


 そりゃ、クリームが薄まっているのだから当然なんだけどな。

 味見をしたミラさんから合格を貰うと、氷球を両手に創り出しては相棒に混ぜてもらうという量産に入った。

 量産と言っても、俺の手は二本しかない。速度は倍速が限界なのです。


「一個で四人分ね。さあ、順番よ!」


「魔王さんが魔術で作った菓子カ」


「前にも酒精無しエールを作っとったナ!」


「なんだこりゃ! 氷みたいに硬くなくて柔らかい。ああ、暑さで火照った体に沁みるぜ」


「うわぁ、バターとは違って甘いのね。あたし、こっちの方が好きかも」


 昨日の乳搾りから今日のバター作りまで、約丸一日も作業に携わっていた皆さんはアイスクリームに喜んでいるようだ。

 ただ、現状俺しか作れないというところが危うい。再度食べたくなったら、俺が作ることになりかねない。

 早い内に、師匠かライアンに作り方を教えてしまおう。柔らかくて甘いものが大好きなライアンならば、きっと喜んで覚えようとするはず。

 ミロムさんがミジェナちゃんに魔術師の素質があると言っていた件も、早めに師匠に確認を取りたい。そうすれば、タロシェルなりミジェナちゃんなりがアイスクリームを自作できる可能性も生まれることだろう。

 俺には子供たちの分くらいならば作るのに問題はないが、開拓団全員の要望に応えていける自信はない。自分が食べたいから、自分の分と子供たちの分だけを作る。そんなスタンスでいたい。


「ニィ!」


「あっ、もう出来たの? ミラさん、出来たよ!」


 実際のところ、俺は氷球を維持しているだけで、アイスクリームをかき混ぜて作り上げているのは相棒なのだけどな。


「順番、順番よ。残念ながらお替りはないわ。食べ終わったら解散よ」

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