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第二百三十九話

「街に存在する馬車を片っ端から買い漁りましてね。それで数は何とか揃ったのですが、中には壊れている物もありました。それでも数日中に修理は完了する見込みです」


「食料の買い出しも問題ないわ。道中で食すパンもカットスたちが作っているもの」


「借りている食堂の薪オーブンはそう大きくはないので、一日に五十個程度しか焼けません。三人で一つのパンを食べるとしても、まだ一食分にしかなりません」


「そこはそれ、毎食柔らかなパンにする必要もない。硬パンの在庫も消費せねばならぬであろう?」


 開拓団の代表的な面子が集っての会議。

 最初は各々が担う仕事の報告を優先していたのだが、俺の報告で意見が真っ二つに割れることになった。

 毎食柔らかいパンを食べたいミラさん。柔らかなパンはそこそこ豪華になる夕食時のみに食べ、朝と昼は硬パンを消費しようという師匠やダリ・ウルマム卿。

 俺もどちらかと言えば、柔らかいパンの方が好ましいのだが、ダリ・ウルマム卿の主張するように硬パンを死蔵してしまうのもどうかと思う。


 その理由は相棒の『収納』のみを当てにせずに、開拓団の馬車でも荷物を運搬するようになっているからだ。

 硬パンはこちらの食料にしては珍しく、湿気にさえ気を付ければ十分に日持ちする。そのため、相棒の能力が無効化している間は各馬車に分散して運搬していたくらいなのだ。


「開拓予定地への到着は大きくずれ込む要因さえなければ、遅くとも十五日というところでしょう」


「食料に関しては余裕を持たせておくべきであろうな」


「この宿の厨房を借りれれば良いのですが、パンの作り方を既に提供してあるのは粉物問屋でして……暫くは利益を独占させてあげたいのですよ」


「その粉物問屋は、定期的に小麦を開拓団に卸してもらう契約を交わした相手ですからね。利益の供与は必要でしょう」


 正式な契約は食料の買い出しを終えたミラさんとリスラを連れて行き、既に完了している。今更、他の店舗にも柔らかいパンの作り方を提供するとは言い出せない。


「カットスが他に作れるものを提供するのはどうなの? 例えば、このアイスクリームとか」


「ミラ。いくら何でもこれは不可能でしょう。何より帝国には魔術師が少ない。その少ない魔術師も軍やフリグレーデンの仕事に従事している者ばかりなのですよ」


「ミラ殿、バターとパンの種は開拓団の特産品にするのでしたな?」


「ええ、そうね。だから他に、誰でも作れそうな物を提供しましょう。そうすれば、宿の厨房にある窯を借りられるでしょう? 生地は食堂で捏ねてから持ってくればいいわ」


「カットス君、どうですか? 僕も出来れば柔らかいパンの方が嬉しいのですよ。硬パンはこの街で売り払うなり、非常時の食料と割り切ってしまえば良いのですから」


「ライス殿、私とて同じだ。否、それはもう開拓団員の総意であると言ってもいい。しかし、このテスモーラのみに勇者殿の持つ有益な情報を流すというのも問題視されかねん」


 ミラさんは、この話題になってからずっと俺の方を睨んでいる。

 師匠もダリ・ウルマム卿も硬パンを食す生活にはもう戻りたくないのだと、自らの主張を反転させた。

 ただ、ダリ・ウルマム卿の言う問題とやらは解決している。テスモーラに至る前に、俺はフェルニアルダートでブドウ酵母を用いたパンの作り方を伝授しているからだ。


「パンの製法に関しては問題はありません。開拓団がフェルニアルダートに逗留した折に、宿の厨房をお借りしたお礼にパンの製法を教えています。粉物問屋でも、噂を耳にしましたから」


「なんと! 真であろうな勇者殿」


「しかしパンの利益は、この街では粉物問屋と食堂に限定すべきでしょうね」


「だからカットス、何か良い案は無いの?」


「……無くはない。例えば、これです」


 ミラさんたちが今食べているアイスクリームは、昨日俺が作って相棒の中に『収納』しておいたものだ。

 何度も繰り返し作っている内にあまり硬くなり過ぎず、空気を含んでふんわりとしたアイスクリームに仕上げる方法を見出した。その完成度の高さには俺も満足している。

 そして、今相棒から受け取った小包。

 これには子供たちと分けたクッキーが包まれている。これは俺の分であって、ミラさんたちには秘密にしていたものだ。


「まず食べてみてください」


「ほんのり甘くて、サクサクして、凄く美味しいわ」


「これはバターの風味ですね」


「……」


 初見の三名はクッキーが勿体ないのか、チビチビと齧っている。

 俺は一つを手に取ると、アイスクリームをつけて丸ごと口に放り込んだ。

 クッキー自体はシンプルなものだが、濃厚なアイスクリームとバターの風味の調和が楽しめる。これは大いにアリだな。


「ちょっと、もう無いじゃない!」


「いや、これは元々俺の分ですし……」


「で、カットス君。これはどのようなものなのですか?」


「これはクッキーというお菓子です。パンには用いない粘りの弱い小麦粉と卵、そしてバターをたっぷりと練り込んで焼き上げたものです」


「それはまた贅沢な! しかしこれは実に旨い。妻への土産に一包み頂けぬものか?」


 無言でクッキーを齧っていたダリ・ウルマム卿は、随分と気に入ったようである。それはダリ・ウルマム卿に限らず、ミラさんや師匠も同様ではあるようなのだが。


「その粘りの弱い小麦は、粉物問屋で入手されたのですか?」


「流石は師匠ですね。その通りです」


「製法は?」


「俺が作っていたところは見られていませんけど、タロシェルに教えていた時には見ていたかもしれませんね。でも、食堂の店主には直接教えてはいませんし、タロシェルも上手く作れてはいませんから」


「一度、ミラと僕とで粉物問屋へ向かいましょう。新たな契約を結ぶ必要がありそうです。その契約が成れば、粘りの弱い小麦を粉物問屋から仕入れた上で、宿にこのクッキーの製法を提供できるでしょうか」


「父上、バターの製法は秘密よ!」


「ええ、わかっています。粉物問屋はパンだけでなく、クッキーに使われる小麦の売上も利益として十分に見込める。開拓団もバターの独占で大きく儲けることが可能です。勿論、柔らかいパンもクッキーもカットス君が齎したものですから、開拓団の特産品に加えても彼らは文句の付けようがありません」


 そこまでの儲けが見込めるのなら、俺は出稼ぎに行かなくても良くなる?

 冒険者家業は食うために仕方なくやっていただけで、俺もまだ見ぬ開拓予定地でゆっくりのんびりと暮らしたい。

 殺伐とした生活にも慣れてはきたのだが、やはり俺は日本人なのだ。


「それで勇者殿。このクッキーはもう無いのかね?」


「はい、俺の手持ちはこれが最後です。タロシェルが作ったものも、子供たち全員で分けてしまいましたからね。もう食べてしまったのではないでしょうか」


「バターと卵があれば、作れますけど……そんなに気に入ったのですか?」


「うむ。そう多くは望まん。勇者殿が持っておった包み程度で構わぬ、是非作って欲しい」


「クリームを取り除いたミルクは街に卸しましょう。そして開拓団員の一部には、新たに乳絞りをお願いしますか」


「うむ。私の部下を使っても構わぬ。ライス殿、お願いできるかな?」


「ええ、引き受けましょう。僕もこのクッキーとアイスクリームは再び味わいたいですからね。それにカット君は先程、クッキーにアイスクリームをつけて食べていましたよね? クッキーが無ければ、それを試すことも出来ません」


 よく見ているな、師匠。クッキーを齧りながら横目で見ていたのか?

 何はともあれ、ミラさんの望んだ通りに道中での食事のパンは確保できるようになるだろう。宿の主人の対応如何ではあるけども。

 しかし、食べ物というのは大事なのだな。日本に居た時は、ここまで重要なこととは考えもしなかった。

 こちらでは何をするにも、食べることが一番大事。食べるために働き、食べるために戦い、殺す。

 いや、日本でも根本的なところは恐らくは一緒なのだろう。但し俺は、日本ではただの子供で養われていた側だから気付かなかったのかもしれない。

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