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第二百三十八話

「パンに使う小麦を二十樽買ったのね?」


「それと小麦を挽くための石臼を五個と、砂糖を買いました」


「あの柔らかなパンに慣れてしまうと、従来の硬いパンには戻れないもの。石臼と砂糖の購入代金も清算するわね」


 昨日、ブドウ酵母パンを粉物問屋店主の目の前で焼き上げることができた。

 余った酵母種を分け与えることと引き換えに、粉物問屋の店主は開拓団へ小麦を定期的に卸すことを約束してくれた。

 また、店主は取引する小麦の数が多くなることから、かなりの額を値引きしてくれた。今後とも良いお付き合いが出来れば、と俺は思う。

 今はそこのところを含めてミラさんに話し、パン用の小麦と石臼の購入費用を清算してもらっている最中だ。

 尚、薄力粉の代金は清算対象ではない。あれは俺や子供たちのおやつ用であって、開拓団員のために購入したものではないからだ。


「それにしてもこんな菓子まで作れるなんて、カットスも中々やるわね」


「バターがあったから作れたんですよ。ガヌのお陰です」


 それと、高級品である卵を家畜用の荷馬車から持ち出した件は不問とされた。

 お詫びの品としてクッキーを進呈したことが功を奏したとも言える。

 但し、今後は持ち出す場合は開拓団員内の家畜の管理者に一言申し付けるように、と小言がプラスされたが……。


「酵母種だったかしら? あの泡とバターは開拓地の特産品になるわね。問題は保存方法だけど、どうにかなりそう?」


「師匠がワイバーン肉の保存用に作っていた冷蔵スクロールを用いれば、なんとか……」


「それは今後の課題ね。ライアン君にも相談して頂戴な」


 いやぁ、ミラさん。そのライアン君、実はミラさんの叔父さんなんですよ? それを俺の口から伝える気は毛頭ないですけど。

 そのライアンは今日も早朝からレウ・レルさんに連れていかれた。勿論、キア・マスも一緒だ。


「それじゃ、私はル・リスラと食材の買い出しに向かうわね。子供たちの面倒は頼んだわよ?」


「タロシェルはパン作り、ガヌも乳絞りとバター作り。ミジェナちゃんはミロムさんに懐いていますし、油断できないのはサリアちゃんだけです。大丈夫ですよ」


 タロシェルもガヌも元々そこまで活発ではない。ミジェナちゃんはサリアちゃんに振り回されていただけで、この子もかなり大人しい。

 天真爛漫で自由奔放なサリアちゃんもミラさんが怪我負って以来、慎重さを身に着け始めている。問題を起こすようなことはないだろう。

 それでもミラさんは心配なのだろうけどな。


「ではカツトシ様、いってきます」


「いってくるわね」


「いってらっしゃい」



「兄ちゃん、こんな感じ?」


「もっとだ、もっと練らないと」


「腕が疲れた……」


 粉物問屋の裏にある食堂の厨房をお借りして、タロシェルは開拓団員向けのパンを作っていた。ガヌは昨日いつの間にか絞っていたミルクからクリームを取り出し、バターを作っていた。


 そう、作っていた。

 だが、今は飽きて別の作業をしている。


 俺とミロムさんは監督しているだけなので、食堂のカウンター席から厨房を眺めているだけ。食堂の店主の好意で料理が出てくるのため、それを二人して摘まんでいる。

 ちなみに厨房の中にはリグダールさんの姿もある。


「将軍に売られた時はどうなるかと思いましたけど、素直な子供たちを相手にするのも良いものです」


「そうですか」


 ミロムさんは師匠もダリ・ウルマム卿も獲得できるとは想定していなかった人材だ。だから、今宛がわれている孤児たちの教師という仕事も、師匠たちにしてみれば適当な采配でしかない。だというのに、ミロムさんは笑顔で俺に語り掛けてくる。

 でもね、重い話題を振られても返答に困るのですよ。


「ミロムさん、クッキーは如何でした?」


「ええ、頂いています。とても美味しいですよ。どうやらリグダールもまた天職を見付けたようですね」


「ええ、ゆう……魔王様のお陰ですよ」


 危ないな! 食堂には俺たち以外にも客がいる。

 勇者贔屓な帝国で、勇者の存在を明かすことは危険なのだ。誰とも知れない人々に囲まれ、集られてしまう。


 リグダールさんを俺が勝手にタロシェルの補佐に任命したことは、師匠にとっては寝耳に水であったらしい。いや、まあ、そうだよね。

 師匠やダリ・ウルマム卿は隊長さん、ええとフェルニルさんを警察組織の幹部に就かせたいらしいのだ。以前にも聞いた覚えがあるような、ないような。

 暫くはダリ・ウルマム卿の下で色々と鍛えると聞いているけどな。


「ガヌ、クリームは全部バターにしちゃったのか?」


「まだあるよ! みんなで絞ったからミルクはたくさんあるんだ」


「……みんな?」


「開拓団のみんな。バターは大人気なんだよ!」


 そうなの? 俺は自分の見える範囲しか把握してないからな。他の開拓団員の好みとか全く気にしてなかった。


「クリームをこの器に入れてもらえるかな?」


「タロシェル! 兄ちゃんがまた何かするぞ」


「何作るの?」


 ガヌに呼ばれ、パン作りに飽きクッキーを作っていたタロシェルがやってくる。サリアちゃんとミジェナちゃんは、食堂の店主の手伝いを続けている。料理を教わっているらしい。


「砂糖をたっぷりと入れたら『水球』、そして『氷結』」


「兄ちゃん、魔術はズルいよ!」


 今日のドケチ魔術『水球』は投げるためのものではないから、土は混ぜない。土を混ぜたら、折角の生クリームが台無しだ。

 タロシェルはズルいと言うが……いいや、ガヌもか。熱気が顔に打ち付けられるカウンター席にいると冷たいものが食べたくなるんだよ!


 中空にした水球を凍らせて大きめの穴を開けたら、砂糖をたっぷりと入れた生クリームを静かに注ぐ。相棒作の泡立て器を穴から差し込んだら、相棒にくるくると軸を回してもらう。

 最初は早めに、徐々にゆっくりと。


「おっ、良い感じじゃん」


「ニィ!」


 他人様のお店で相棒が鳴くのはちょっと頂けないけど、今回はしょうがないか。

 泡立て器を引き抜いて、水球から再び器へと戻す。


「ガヌ、スプーンをもってきて」


「はい、これでいい?」


「ちょっと大きいけど、まあいいか。ほら、口を開けろ。あーん」


「あーん。――冷たっ!」


「タロシェルも、ほら」


「冷たい、けど甘くておいしー」


 ガヌとタロシェルの唾液付きだが気にせず、俺も試食してみる。

 想像よりも、見た目よりも、遥かに硬いがアイスクリームではあるようだ。まるで、冷凍庫でカチコチに凍ったアイスのよう。


「魔王様は魔術も使えるんですか? それも料理に魔術を用いるとは、素晴らしい発想です」


 フードプロセッサーや冷蔵・冷凍庫の代わりに魔術を利用するのは、俺の感覚だと何も不思議ではないのだが……リグダールさんは家電の便利さを知らないからなぁ。

 ソーダ水を作った時もドケチ魔術を駆使しているし、今更なんだよな。


「そういえば、ミジェナちゃんはエルフにしては珍しく魔術師の素質があるようです。双子なのですから、タロシェル君にも魔術師の素質がある可能性は高い。一度、ホーギュエル伯爵に診てもらっては如何でしょう?」


「ほんとうに?」


「タロシェル。師匠の手が空いたら、一度診てもらおうか?」


 タロシェルとミジェナちゃんは見た目こそエルフではあるものの、ガヌやサリアちゃんとは異なり、出生時の情報が欠如していて純血なのか混血なのか判明していないと聞いている。ミロムさんはそこら辺りを聞き及んでいないため、二人を純血エルフだと認識しているのだろう。

 純血混血を問わず、エルフたちは魔術師の素質を持つことは稀であると以前リスラに教わっているけどな。


「ガヌ、全部食ったな?」


「あー! ガヌゥ~」


「へへっ」


 ミロムさんの話を聞き、タロシェルとミジェナちゃんを師匠に診てもらおうと考えている間に、試作アイスクリームはガヌのお腹の中に消え去った。

 サリアちゃんとミジェナちゃんの分、俺とミロムさんとリグダールさんの分、一口しか食べていないタロシェルの分を新たに作るつもりであるから構わないけどな!

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