第二百三十七話
「向井さんが中央で次元振を感知したから来てみたけど、早々に逃げ出しているなんて予想外も甚だしいわ」
クーデターを起こした第一王子とかいうサンプルが、今回鹵獲器を起動した主犯であるらしい。
情報収集を開始して直ぐ得られたのは、鹵獲された地球人の姿が黒髪黒目の青年であったということ。恐らくは日本人、若しくは日本に滞在していたアジア圏の人間であると推測できる。
鹵獲器は奴らが創り出した装置。私のように鹵獲された地球人にしてみれば、忌まわしき機械群。
その鹵獲器は元々、奴らがこの毒の満ちる惑星から逃げ出すために創り出した世界を渡るための装置、その失敗作が流用されている。
先遣隊は現地生命体が持つ毒を中和する臓器を安全に取り込むべく、遺伝子を弄った上でクローンを野に放ち、クローンの臓器をサンプリングすることで拒絶反応を抑え込むことに成功していた。
しかし予期せずして堕ちてきた奴らには、クローンを産み出すための『揺籠』と呼ばれるシステムが利用できない理由があった。システムのある中枢への道が閉ざされ、堕ちてきた衝撃でシステム自体もまた無事であるのか判らない状況であったからだ。
毒の満ちる惑星から逃げ出すことが叶わないと知った奴らは、この惑星の毒とこの惑星そのものを制する研究にシフトした。
そして失敗作を用い、日本から人間を含むあらゆるものを鹵獲し始める。
私たちが調べた限りでは、鹵獲器が繋げられるポイントは日本の関東から東北までの海を含む範囲まで。最初期に鹵獲されたのは密漁船とその乗組員のロシア人たちであると思われる。
年代は最も古いもので2008年から鹵獲された被害者、最も新しいものでも2019年から鹵獲されていることが判明している。
但しそれらは、こちらの世界でも一万年程過去に得られたデータでしかない。
鹵獲されて以降、奴らの実験材料と化した私たちは人間の体を失って久しい。
この星の現地生命体や奴らと同様に堕ちてきた王竜と呼ばれるドラゴンらに、体の一部と魂を移植されたからだ。
しかし、魔物型に移植された同胞の多くは拒絶反応の末に命を落としている。
逆に、この星の現生人類と目される青緑色の肌をした小型の人類に移植された同胞は拒絶反応が少なかった。その代償に寿命が著しく短いという欠点を抱えた。
一定数の成功を収めると、奴らは魔物と化した私たちを利用し、この惑星の覇権を握ろうと試みる。
だが、それは失敗に終わる。
同胞を蔑ろにされた王竜の逆鱗に触れてしまったのだ。そして私たちもそれに同調した。
王竜と私たちで奴らに戦争を仕掛けたのだ。
奴らは身体的には脆弱で戦いは一方的なものとなった。堕ちてきたこの大地を破壊し尽くす程の戦禍を撒き散らした。
ただ、私たちも王竜たちも無傷ではない。身体的に脆弱であっても、多くの兵器を有する奴らにはやはり手を焼いた。
それでも各々が出来ることを懸命にこなし、遂には奴らを滅ぼすことが出来た。忌まわしき施設や装置の多くも、現生人類と変わった同胞たちの手で駆逐された。
――はず、だった。
私たちや王竜が把握していなかった施設からサンプルたいが持ち出し、再び悪夢を撒き散らすこととなる。
都度、大亀となった向井さんが振動を感知し、私が情報を集める。その後、実行部隊を派遣し、施設や装置を破壊するという鼬ごっこが繰り返されることになった。
しかし受け身である以上、新たな被害者が生み出されてしまうのは道理。
今回もまた日本人の青年と思しき者が被害に遭った。
その彼を私は探している。
「森で大人しく待ってなさいと言ったけど、寝てろとは言ってないわよ? プラチナ!」
「……おはよう、ムツミ」
「新しい子は南のサンプルに保護されたと聞いたわ。だから、一旦出直すわ。郷に帰るわよ」
「叔父さん、早く目覚めないかな? ムツミの世話は嫌だよ」
「正吾が目覚めるまでは、あと百年は掛かるわよ。その間は私があんたの親代わりなんだからね! ほら、さっさと飛ぶ準備しなさいな」
奴らに協力しながら情報収集を続けていた鳴海正吾が齎した魔術のお陰で、私たちは施設と装置を駆逐し続けるという鼬ごっこを延々と繰り返すことが出来ている。
彼の齎した魔術もまた奴らにとっての失敗作ではあるけれども、私たちにとっては福音か、或いは呪いであるのか?
この大地に眠る忌まわしき遺物を全て葬り去るまでは、安心して眠ることなどできはしない。それは過去に散っていった同胞との約束でもあるのだから……。
「――ムツミ、下で戦ってる」
「あら? そうね。派手にドンパチやっているわ」
「やらないの?」
「買い出しに行かせている子たちの確認もしたいし、道草食っている場合じゃないわ。早く帰りましょ」
血のような赤黒い光が現地生命体を駆逐していく。
あれはサンプルたちがユニークスキルと呼ぶ、忌まわしき遺物のひとつ。
でも、私たちに危害を加えない限りは放置していても問題は無い。但し、私の可愛い子供たちを傷付けようものなら、一撃のもとに葬り去るまでよ?




